放課後 4
――このキャンピングカーが家? いや、確かに人は住めるかもしれないけど。
そんなことを信じられるわけが無い。
常人には理解できない、高度なギャグの類なのかもしれない。
彼女は制服であるブレザーの裏ポケットから黒いカードを取り出すと、それをドアの近くにあった差込口に入れた。
少しすると、パネルと小型のカメラが出てきた。
天月葵は慣れた手つきでそれを操作し、そして顔をカメラに近づける。
一体何をしているのだろう。
ただ、これだけはわかる。
この車も、天月葵も、普通じゃない。
カチャリ、とドアの開く音が聞こえた。
直後、差込口から黒いカードが排出される。天月葵はそれをを差込口から取り出し、ブレザーの裏ポケットへしまった。
「こっち」
そう言って、天月葵はキャンピングカーの後ろの方へ行ってしまった。
僕は無言でついていく。それ以外にどうしたらいいかわからない。
彼女はここでも何か捜査をし、そしてドアを開けた。
中には確かに人が住めるだけの空間があった。
ベットがあり、机があり、ソファーがある。机の上にはノートパソコンが置いてあった。
奥のほうにはトイレだと思われる個室もあった。
台所は無かった。普通は付いているものだと思っていたが、必ずしもそうじゃないのかもしれない。
代わりに、巨大なサーバーと思われるものがある。
運転席はここからだと見えない。黒いカーテンがさえぎってしまっている。
「上がって」
彼女は土足のままで車の中に入った。
僕もそれに続く。
この車を家と呼んでいいのなら、女子の家に入ったのは幼稚園以来だ。
キャンピングカーの中は、普通の部屋のようだった。
少し狭い気はするが、確かに生活できなくはないだろう。
けれど、ここに天月葵が住んでいるというのはかなり違和感がある。
音を立てて、入ってきたドアが閉まった。天月葵が閉めたのだろうか。
彼女は何もしていなかった。ただ部屋の中で立っていただけだ。
すると。
「やあ、君。よく来てくれたね。名前は久坂英志、だったっけ?」
黒いカーテンの向こうから男の声が聞こえてきた。
天月葵の父親だろうか。
車を高校生一人では運転できないだろうし、もし本当に彼女がここに住んでいるなら、一人で、というのは物騒だ。
でも、今はまだ学校が終わったばっかりだ。備え付けられていた時計を見ると、三時五十分だった。
こんな時間から家に帰っている親がいるだろうか。
いや、それより前に、なんで声の主は僕の名前を知っているんだろう。
「はじめまして、か。僕の名前は一ノ宮。よろしく」
そう言って出てきたのは、髪とひげを無造作に伸ばして白衣を着た男だった。
少なくとも、一般人の類ではない。あまり関わってはいけない香りがする。
それに、一ノ宮、と言う名前が苗字だとするなら、天月葵は血縁関係ではないということになる。
「あの、あなたは……」
「まあ、立ち話もなんだし、座りなよ」
僕の言葉をさえぎって、一ノ宮と言う男はソファーに座り込んだ。
僕は机を挟み、もう一方にあった椅子に腰掛ける。
「じゃ、ちょっと失礼」
そういうと、一ノ宮という男は僕の腕に何かを刺してきた。
あまりにも突然のことで、何が起こったか最初は理解できなかった。
刺されたものが注射だと気がついた時には、もう僕の腕からそれは抜かれていた。
「え、あの、これは一体」
「悪いんだけどさ、髪も五本くらい、くれないかな。なるべく新鮮なやつがいいんだけど」
一ノ宮という男は、僕の質問に全く答えてくれない。
しかも、何故か僕の髪の毛を要求してきた。
この男がとても危険な人間だという事はなんとなくわかった。
正直逃げ出したい。けど、出口は閉まっている。
「君は昨日仮想空間に間違って転送されただろう? まあ、システムの誤動作だと思うんだけど、一応君も調べとかなくちゃいけないんだよね。血液サンプルだけじゃ足りないから、身体の一部を貰いたいんだけど、髪の毛が一番無難だろう? だから、髪を頂戴」
一ノ宮と言う男は、半分以上理解不能な事を喋った。
何かの調査で僕の血と髪の毛が必要だと言うことはわかった。
でも、仮想空間とか、転送とか、システムの誤動作とか、全然意味がわからない。
「あれ? もしかして、天月君は事情を説明してないの?」
困惑した僕の表情を読み取ってか、一ノ宮という男が天月葵に聞いた。
「はい。一般人に私達の事をむやみに公表すべきではないと判断したので」
当然のように、淡々とした口調だ。今はその冷静さが怖い。
それを聞いた一ノ宮という男は、ため息をついた。そして、胸ポケットから一枚の名詞を取り出す。
「いや、ごめんね。説明が無くて」
何回か質問はしたのだが、それはすべて無視されていた。一ノ宮という男は、そういう人のようだ。
「じゃあ、改めて。僕は一ノ宮敦。政府管轄の、対変異種第三実動隊の現場指揮官を任されているんだ」