放課後 3
僕達二人は学校の外へと出た。大通りを歩く。
校内での視線の鋭さは相当のものだった。学校の外でもそれはまだ続いている。主に、帰宅途中の生徒からだ。
僕の先を行く天月葵は、僕の家とは逆方向へと向かっていた。
その方角にあるのはお洒落なカフェや値段の張る料理屋、そして高級住宅街だ。
天月葵は何も喋らず先を行く。
何か話題を切り出そうかと考えるが、よく考えれば僕は天月葵の興味のありそうなことを何も知らない。
転校初日の生徒について、知っている事がある方がおかしい。
そもそも、僕と天月葵がこうして並んで歩いている事自体が間違ってる。
そうして無言のまま歩いている内に、カフェや料理屋を通り過ぎていった。この先にあるのは、高級住宅街くらいだ。
「あの、天月さん?」
僕はあたりまえの、というかもっと早くに切り出しておくべき話題を口にした。
「何」
彼女の返事はそっけない。
遠藤曰く、クールで手厳しい。そういうことなのだろうか。
「僕達、何所に向かってるんでしょうか」
「私の家」
僕は立ち止まってしまった。
僕の聞き間違いじゃなければ、家、と言ったと思う。
いや、でも、そんあことあるわけないし。
「どうしたの?」
彼女が不思議そうに問いかけてきた。
驚くほどのことでもないじゃないか、と言っているように。
「いや、ごめん。なんでもない」
もう、わけがわからない。
僕は考えるのも面倒くさくなって、歩き出した。
どうせ、彼女はなんとも思ってはいないんだ。僕だけ振り回されてるみたいで、馬鹿らしい。
昨日からこんなことばっかりだ。気がついたら変な所にいて、変な怪物に殺されかけて、ヒーローに助けられて。転校生が来て、いきなり話しかけてきて、何故か約束をさせられて。誰かが故意にいろんなことを僕にぶつけているんじゃないか、って思うほどだ。
「私の家、もうすぐで着くから」
ここの住宅街は、僕みたいな庶民には夢のような場所だ。幅の広い道の横には、手入れの行き届いた街路樹。デザインのよい街頭がいくつも並び、夜になると木にくくりつけられた電球がライトアップされる。ここにはいくつもの高層マンションが立ち並び、二十階なんてざらだ。この街の中で、異様に浮いている。この場所だけ、建物が高すぎるのだ。
僕らの街は、都心ほど栄えているわけでもないし、マンションが大量に建造されて得いるわけでもない。というか、マンションなんてここの高級住宅街くらいのものだ。安アパートならば、何軒かあるけれど。
駅から近く、都心へも近いというこの住宅街は、いくつものセキュリティによって守られている。聞いた話では、事前に頼みさえすれば衣類のクリーニングや、部屋の掃除までしてくれるサービスがあるらしい。夜景の面では少々物足りないのかもしれないが、その分、サービスを売りにしている。
もしかして、天月葵はそんなところに住んでいるのだろうか。家が金持ちで、お嬢様、という事なのだろうか。ありえない話じゃない。
だがそれは僕の勘違いだったようだ。彼女は高級住宅街を過ぎても歩みを止めなかった。
この先には人が住めそうな、家と呼べそうなものは無い。川を越えた先に廃工場がたくさんあるくらいだ。
「ここ、降りて」
そう言って彼女は川原の土手を下っていった。
一体、彼女の家は何所にあるのだろう。
僕は彼女についていった。
ここに来るのは久しぶりだ。中学二年生以来だろうか。
川原にはいくつかのビニールシートで作られた家と、ダンボールが捨てられている。雑草がこれでもか、というくらい生えている。地面はぬかるんでいて、靴には大量に泥がついた。
そんな場所に、黒いキャンピングカーが留めてあったあった。窓はカーテンに覆われていて、上には巨大なアンテナみたいな物が付いている。不気味だ。誰が住んでいるのだろう。
「着いたわ」
そう言って彼女が止まったのは、黒いキャンピングカーの前だった。