天月葵 4
笹倉さんが自分の席に座った。そのほかの女子も、自分の椅子を持ってきてその周りに座った。天月葵もそうしていた。
「どう? 俺と一緒に同好会に入ってくれる気になった?」
そこに遠藤が話しかけに言った。見てるこっちが恥ずかしくなってくる。
「遠藤君、もう止めたほうがいいわよ。天月さん、困ってるじゃない」
笹倉さんが立ち上がった。
他の女子も口には出さないが笹倉さんと同じ事を思っているのだろう。その目には敵意があった。
その一方で天月葵は別のところを見ている。辺りを見回し、何かを探しているようだ。
「あのなあ、こっちは廃部の危機なんだよ。いや、同好会だから廃会か。まあ、そんな事はどうでもいいんだ」
「なんで関係の無いことで自己完結してんのよ。気持ち悪い」
僕も全くその通りだと思う。
「うん、まあ、今回は俺が悪かった。ともかくさ、俺は天月葵に同好会に入ってほしいの。合唱部の美由紀はお呼びじゃないの。お前が代わりに入ってくれるって言うなら別だけど」
美由紀、というのは笹倉さんのことだ。
「うっさいバカ。なんで私がアンタのよくわからない同好会に入らなきゃいけないのよ」
笹倉さんの頬が赤くなったのは気のせいだろうか。
「言っとくけど、そのよくわからない同好会を設立したのはそこにいる英志だからな。お前の言葉はすべて英志の胸に突き刺さったぜ」
遠藤が僕を指差した。僕を話題の中に盛り込むのは止めてほしい。遠藤と笹倉さんの口喧嘩は、今、いろんな人からの注目を浴びかけているのに。
笹倉さんは僕がいることに気がついていなかったか僕がいることを忘れていたのか、僕を見ると早口で誤ってきた。
「久坂君、いるってわからなくて、いや、えっと、そういう意味じゃなくて、このバカがよくわからないって事で、同好会のことがおかしいって意味じゃなくて、いや、うんと、ゴメン……」
「いや、いいよ。気にしてないし」
本当は笹倉さんの言葉はかなり心に刺さった。目の前であんなにハッキリ言われたら、さすがに傷つく。
それに、隣の席なのに僕の存在に気がついてなかったという事も少なからず僕の心にダメージを負わせていた。
「アンタのせいだからね!」
笹倉さんが遠藤を睨みつけた。
声を大きくしたせいで、余計に注目が集まってしまった。
「落ち着けよ、美由紀」
「何よ!」
笹倉さんと遠藤の言い合いはヒートアップしてしまった。
顔を真っ赤にして詰め寄ってくる笹倉さんを、なぜか遠藤がなだめている。
「どうどう」
「バカにしてるの!?」
笹倉さんが怒るのも、わからなくは無い。
「一体、何やってるんだろう……」
ため息が出た。天月葵にひたすら話しかける遠藤を見ているのは恥ずかしいが、笹倉さんと痴話喧嘩もどきをしている遠藤を見るのも、違う意味で恥ずかしい。
どうせなら、まだ勧誘を名目にしている方がマシだ。
遠藤のターゲットだった天月葵はというと――
「いた」
天月葵が声を発した。
声というよりは、呟きと言った方が正しいかもしれない。
そんなに大きな声じゃなかったし、遠藤や笹倉さんの声にかき消されそうなのに、なぜか僕にはハッキリ聞こえた気がした。気のせいだろうか。
そして気のせいじゃなければ、天月葵は僕を見ている。
天月葵が立ち上がった。殆どの生徒は遠藤と笹倉さんの痴話喧嘩を見ていた。
だから、多分、彼女の行動には気がついていないと思う。
天月葵は僕のほうに向かって来た。
無言で、無表情で。
今朝のホームルームの時のように、遠藤の言葉を無視し続ける時のように、歩いている。
「久坂君」
「は、はい」
天月葵が発した言葉に反応し、僕は反射的に返事をした。
なんで天月葵が僕のところにきたのかが解らなかった。
それに、天月葵は僕の名前を呼んだ。僕は自己紹介なんてした覚えはないし、先程の様子から察するに、彼女が遠藤と笹倉さんの痴話喧嘩を聞いていたとは思えない。
どうやって僕の名前を知ったのだろう。
そんな疑問は、次の言葉で吹き飛んだ。
「今日の放課後、時間ある?」
そんな言葉を、天月葵は表情一つ変えずに喋るのだ。
「着いてきてほしい場所があるんだけど」
僕は驚いて言葉を失ってしまった。
そんな事を言われるだなんて、思いもしなかったから。
それでもなんとか「別に無いけど」という一言をひねり出した。
「そう。よかった」
そう言って、天月葵は踵を返した。
それを見た僕は、何故か何も考えず、次の言葉を発していた。
「あのさ、入る部活って決めてるの?」
天月葵を引き止めるような形になってしまった。彼女は席へ戻ろうとするのを止め、僕の方へと顔を向ける。
何でそんなことを言ったのかはよく解らない。
ただ、色々と混乱していたせいだと思う。そうだと思いたい。
「決めてないならさ、僕達の同好会に入らない? 遠藤が、えっと、遠藤って言うのはあのうるさい奴の事ね。その遠藤が何回も言ってると思うんだけど、僕達の同好会は人数が足りないんだ。もしよかったらどう?」
僕はそれを一気にろくに息継ぎもせず喋っていたような気がする。
息が苦しいはずなのに、頭の中が真っ白になっていて、そんことも考えられなかった。
僕の話を聞くと、天月葵は考え込むように瞼を閉じた。
ほんの少し、間が空く。その時の僕の心臓は、とにかく暴れまくっていた。
そして、目を開くのと同時に天月葵はこう言った。
「いいわ」
それだけを言うと、天月葵は女子たちの固まっていた場所へ戻っていった。
天月葵が去ってから、僕は座ったままだった事に気がついた。
せめて、目線ぐらいは合わせるべきだったかもしれない。
僕と天月葵のやり取りを遠目から見ていたのか、遠藤は皆に聞こえるような声でこんなことを言っていた。
「なあ、美由紀」
「何よ!」
「俺はモテないと思うんだ」
「は?」
「好き放題やってるし、正直うざったいだろうし、俺が女子にモテないのはわかるんだ」
「遠藤君、アンタ、何言ってるの?」
「それでもさ、俺があんなにひたすら話しかけても完全にシカト決めてた天月葵が、何故か英志に自ら話しかけて、さらには何であんなに好意的なのか、俺は理解ができないんだ。あいつだってモテるわけではないのに、どうしてこうも差がつくのか、俺には納得できないんだ。これが月を見るスッポンの気持ちか。雲泥の差って奴か。うわ、なんだこれ。悲しくなってきた。なあ、どう思うよ、美由紀」
「わ、私は知らないわよ」
「英志、後で屋上に行こうぜ。いや、つうか来いよ。必ずだぞ。のしてやるからな」
最後に遠藤が何を言っていたが、そんなことは僕にはどうでもよかった。
ともかく、僕は何故か天月葵と放課後に何処かへ行く約束をし、彼女を「ヒーロー同好会」へと誘うことに成功していた。