天月葵 3
昼休みになった。教室の中では弁当の匂いが充満している。僕も、父さんの作ってくれた弁当を食べていた。
ホームルームが終わってから何人かの人に声をかけたが、結局、誰一人として同好会に入ってくれなかった。
例の「帰宅同好会」の生徒にも声をかけえたが、あまり言い返事は返ってこなかった。どうやら、「ヒーロー同好会」というステータスを得たくないようだ。
――評判が悪いと他の人が入ってくれないしなぁ。どうしよう。
「手ごわいぜ、彼女。俺、全然相手にされてない」
そう言ってきたのは遠藤だ。僕の後ろで購買で買ってきたパンを食べている。
「そいやあ知ってるか? 天月葵って、バレーの時間の時、すごかったらしいぞ」
「ああ、知ってる。運動神経抜群なんだって?」
聞いた話によると、天月葵は体育で行ったバレーボールで、類まれなる運動センスを見せ付けたらしい。バレー部を凌駕するほどの腕前だったと言う。
「お陰で運動部という強大な敵を作ってしまった。それにあいつ、スタイルもいいからな。下心丸出しの野郎どもが沸いてる。特に水泳部とか水泳部とか水泳部とか」
「遠藤も下心丸出しだろう? 遠まわしに付き合ってくださいって言ってるようなもんじゃないか」
ホームルーム中からの言動の数々は、そうとしか言いようが無い。
元々女子にちょっかいを出すような奴ではなかったのだが、天月葵に対しては驚くほどに積極的だ。
「いや、それは違う。俺はお前の為を思って行動してるんだぜ? それに、人はいつ死ぬかわからないんだ。もしその時彼女がいたら、可愛そうだろう? だから俺は彼女はつくらん」
信憑性が全く無い。
とにかく、遠藤を当てにできないことが確定したということは確かだ。
正直、一日目で新しい同好会のメンバーの獲得ができなかったら、次の日からも空振りに終わってしまう気がしてならない。
こうなったら、中学の時に同好会のメンバーだった人たちに頼むしかないかもしれない。
泣き落としなんて事はしたくないが、そうするしかない気がする。
「つーかよ、何で英志はそこまで『ヒーロー同好会』に拘るんだ? 話題の合いそうな奴を見つけて、そいつと家とか店とかで話すだけなら、同好会の必要ないぜ?」
「それはそうなんだけどさ」
確かにそれはそうだ。
他人にそういった趣味を知られたら嫌な顔をする人はいるだろう。田上君みたいに、「ヒーロー同好会」という肩書のせいで肩身の狭い思いをする人もいるかもしれない。でも。
「なんていうか、誰かに隠れてやるより、堂々としてた方がきっと楽しいと思うんだよね」
僕はそう思う。他の人は違うかもしれないけど、僕はそう思ってる。
「お前の考えてる事は、イマイチよくわからん」
僕だって遠藤の考えていることがわからないことは沢山ある。
「僕は弁当を食べ終わったら勧誘にいくよ。遠藤は?」
「言わせるなよ、恥ずかしい」
遠藤はなぜか頬を赤らめて言った。
どうせ天月葵に勧誘という名のちょっかいを出しにいくのだろう。
十分恥ずかしいことをしてると言うのに、口に出すことを恥じらう必要ないと思う。
「クールで手厳しく運動神経抜群でスタイルもよく、おまけに美人ときたもんだ。なんかのギャグだろ、あいつは。もう少しこう、隙っていうもんがあってもよさそうだけどな」
「ギャグとか言うなよ。失礼にもほどがある。それに、天月さん来てるよ」
噂をすればなんとやら、だ。
天月葵が数人の女子と一緒に教室に入ってきた。その中には笹倉さんもいた。転校生を放っておけなかったのだろう。購買に行ってたのだろうか。それぞれの女子の手にはパンや飲み物が握られている。
天月葵が持っていたのは、天然水と固定系のカロリー補給食だった。女子らしさが全く無い。
「つうか彼女、こっちに来てるぞ。俺の積極的なアプローチが実を結んだんだな!」
パン、と遠藤が手を叩いた。
「いや、笹倉さんの席に行きたいだけじゃないの? いつも女子はこの辺で固まってるし」
というか、それしか考えられない。天月葵からしてみれば、遠藤は鬱陶しいことこの上ないだろう。
入る気も無い同好会の勧誘ひたすら続け、纏わり付いて来るんだから。
そんな相手に好印象を持っているわけが無い。ずっと無視を続けてるってことは、きっとそうなんだと思う。
「まあまあ、見てなって」
例のごとく、遠藤にはよくわからない自身が満ち溢れている。