天月葵 2
ホームルームの時間が来た。
遠藤は「俺に任せろ」と言ったきり、何処かへ行ってしまった。学校内にいるのは確かだが、一体何所へいったのだろう。
僕の後ろの席には、遠藤の鞄が置いてある。
「ねぇ、遠藤君何かあったの? 鞄はあるけど、教室にいないし」
隣の席の笹倉さんが尋ねてきた。髪は短く、目が大きい。面倒見のいい人で、遠藤はよく笹倉さんにノートを借りていた。曰く、「笹倉のノートが一番わかりやすい」だそうだ。
笹倉さんは合唱部に所属している。部員の数は中学高校合わせて二十人以上。ヒーロー同好会とは雲泥の差だ。
「野暮用があるっていってたよ。心配しなくても大丈夫だと思う」
「ふぅん、そうなんだ」
「それじゃあ、ホームルームを始めるぞ」
ジャージを着た担任教室に入ってきた。生徒は喋りながらも席に座っていく。
遠藤以外は全員出席だった。そして、誰も座っていない席は二つある。
――本当に転校生がくるのか。
「そこの空いてる席は……遠藤がないのか。しょうがないヤツだな」
担任が座席表と照らし合わせながら言った。
僕たちがこのクラスになってたから一ヶ月と少しが経過したが、まだ担任の山崎先生は座席と名前が一致していないらしい。
山崎先生はコホン、と咳払いをした。山崎先生は若い。受け持っている教科は体育。体格がよくて、もちろん運動神経もいい。けれど、仕草がいちいち古臭い。
「今日は皆に転校生を紹介する」
教室がざわついた。それはそうだろう。僕だって、朝に遠藤に聞かされていなければ、声の一つくらい上げていたと思う。
転校生なんて言葉は日常ではまず出てこない。そんな事は普通には無い。小学校のころならともかく、進学校の中学と高校では、まずありえない言葉だ。
「それじゃあ、天月、入ってくれ」
ドアが音を立てて開けられた。みんなの視線がそこに注目する。
けれど、そこにいたのは。
「――だからさ、入ってみようぜ。俺達の同好会に。活動なんてしなくたっていいんだ。そんなのは、有って無い様なものなんだから。君はいてくれるだけでいい。もう、君なんかと同じ同好会にいられたらそれだけで幸せだよ」
など抜かす、遠藤だった。
後ろ向きに歩きながら、誰かに向かって話を続けている。その相手はどうやら転校生、だと思う。僕は窓際の方の席なので、僕の位置からだと遠藤が邪魔になってその人物が見えない。
「何をしてるんだ、お前」
山崎先生が遠藤に向かって言った。怒っているのではなくて、呆れたような口調だ。
「あ、先生。今日もいい天気ですね。僕は元気ですよ。それじゃあ、後で。話が逸れたね。とにかくだ、僕は君と一緒の同好会にいたいんだ。だから頼むよ。よろしく!」
遠藤が転校生に手を差し出したらしい。しかし。
「私は何所に座ればよろしいですか?」
転校生の口から出てきたのは、遠藤に対する返事ではなく、山崎先生に対する質問だった。
「ちくしょう、失敗した」
そう言いながら、遠藤は自分の席に座った。
「何やってたの、遠藤君」
笹倉さんが質問した。それはきっとクラスの誰もが抱いている疑問だろう。
「勧誘だよ、勧誘。同好会が人数減っててヤバいから、あの女子を誘ってたんだよ」
悪い予感が当たったみたいだ。
「出会いは早いもの順、第一印象が命というからな。俺の精一杯の誠意を伝えたんだが、駄目だった。敵は強大、俺はあえなく撃沈。いい作戦だと思ったんだけどなぁ」
「あのさ、遠藤。僕は確実に第一印象が最悪になったと思うんだけど」
笹倉さんも、僕の隣で「馬鹿じゃないの」と呟いていた。
「そんな事は無いさ。きっと大丈夫だ」
こいつは何を根拠にこんな事を言っているのだろう。不思議で仕方が無い。
教卓の前では転校生が自己紹介をしていた。
紹介、と言えるほど喋っているわけではなかったが。
「天月葵です。よろしくお願いします」
転校生は長く、黒くて綺麗な髪をしていた。背は平均的な女子くらい。そして……
「英志、お前、今あの子可愛いなって思ってるだろう」
「いや、そんなことはないよ」
口ではそう言ったが、遠藤の予測は大正解だった。けれど、そんなことがバレたら後が面倒だ。
クラスの他の男子も、同じような事を話している。女子はちょっと不服そうだ。
「天月、何か皆に言っておきたい事はあるか?」
山崎先生が転校生へ言った。
クラスに早く溶け込めるように、という配慮なんだろう。
「いえ、特に何も」
そう言った転校生の口調は、はっきりとしていた。
普通、こういう時は緊張して何もいえないものなのだろうが、転校生にその様子は無い。
何も言いたくないから何も言わない、と言っているようだった。
「そ、そうか。なら、誰か質問はあるか?」
すると、何人かの男子から手が挙がった。
その中には遠藤も入っている。
「好き嫌いはありますか?」
「特にありません」
「趣味とかありますか?」
「ありません」
「何で転校してきたんですか?」
「親の都合で」
「好きなバンドとかありますか?」
「音楽は聴きません」
「テレビは何観ますか?」
「テレビはあまり観ません」
「彼氏いますか?」
「いません」
などなど。
「表情一つ変えないとはな」
質問を終えた遠藤が呟いた。「彼氏いますか?」と聞いたのは遠藤だ。
「何聞いてんだよ。こっちが恥ずかしい」
「まあ、隣のヤツに頼まれたからな」
そう言って遠藤は左隣の佐藤君を指差した。
「ま、お前も聞きたかったんだから別にいだろう?」
「ちがうって」
一通り質問が終わり、ホームルームも終わりの時間になってきた。
「それじゃぁ、天月はあそこの空いている席に座ってくれ。皆、仲良くするんだぞ」
丁度その時、鐘が鳴った。係りが号令をし、ホームルームが終えると、山崎先生は職員室へと帰っていった。山崎先生はいつもなら鐘が鳴ってもホームルームを続けるが、今日は早めに切り上げた。
「気を使ったわけね」
遠藤が廊下を見ながら言った。
なるほど、転校生を一目見ようと、男子女子問わず生徒が沢山いた。
そしてもうすでに転校生の周りに包囲網ができている。
「これじゃぁ、同好会に誘うのは無理そうだね。近づけそうに無い」
それ以前にどんなに頼んでもあの転校生が『ヒーロー同好会』に入ってくれるとは思えない。
けれど、遠藤はまたもや堂々と言い放った。
「大丈夫だ。俺に任せろ」
その言葉で、僕は早く同好会に入ってくれそうな人を見つけよう、と決心した。
やっとヒロインが出せました。
名前はベタに。登場方法もベタに。遠藤以外は。しかし勝手に暴走しまくるな、こいつは……