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ヒーロー  作者: 山都
第一章 始まり
12/97




 家に帰ると、父さんがいた。今日は早帰りだったのだろうか。

 リビングにあるソファーに座り、ぐったりとしている。きっと、仕事が応えたのだろう。

「あぁ、英志。帰っきたのか」

 父さんは僕に気がつくと、ソファーから身体を起こした。顔を見ると、疲れているのだということがよくわかる。

「何、そんなにつらいの? 今の仕事って」

 今はあまり景気がよくない。町工場もそれはきっと例外じゃないはずだ。

「いや、仕事はそこまでじゃないんだが、ちょっとな」

「そっか。今から米を磨ぐから待っててよ。早く帰ってくるんだったら、教えてくれればよかったのに」

 そうすれば前もって風呂を入れておくことができたし、米も早めに炊けて準備ができた。

 僕も色々な事があって疲れているといえば疲れているけど、きっと、父さんほどじゃない。

 僕は米を三合分とって、ボウルに入れた。浄水器の蛇口をひねり、水を出す。

 米をかき混ぜるようにして磨いでいく。これを数回繰り返せば、あとは水を張って二十分ほど寝かせればいい。 

 その間に風呂場に行って、風呂を掃除してお湯を入れる事くらいはできる。

「済まないな、英志。お前には無理をさせてしまって」

 唐突に父さんが口を開いた。

「何言ってんだよ、父さん。たかが家事じゃないか」

 そうだ。たかが家事だ。

 その代わり父さんは働いて、男手一つで僕を学校に通わせてくれている。進学校に通わせてくれているのも父さんだ。

「別にいいよ、これくらい。なんなら、今日のおかずは僕が作るよ」

 そう、これくらい何とも無い。今日、僕は死ぬような思いをして、憧れのヒーローに会った。その時の衝撃と感動に比べたら、こんなことは大したことじゃない。

 父さんにも今日会ったことを話そうかと考えたが、やめた。

 さすがの僕も、父親を相手にしてまでヒーロー、ヒーローと喋るのは恥ずかしい。 

「本当に済まないな」

 父さんのその言葉は、とても悲しそうで、今にも消えてなくなりそうだった。





 薄暗い道を白衣を着た男が歩いている。

 無造作に伸ばされた髪と髭。眼の下にある巨大なクマ。そして街中で白衣を着ていることから、誰かが変質者として通報してもおかしくは無い。 

 ここは久坂英志や遠藤光一の住んでいる住宅街とは離れた場所にある高級住宅街だ。

 最近に作られた建物が辺り一体を照らしている。

 それなのに、男は光を避けるようにして薄暗い道を進んでいた。

 男は住宅街をそのまま通り過ぎ、川原へとたどり着いた。

 川原には一台のキャンピングカーが止まっていた。男はそれに向かってふらふらと歩いていく。

 男はキャンピングカーにたどり着くと、胸ポケットからカードを一枚取り出した。

 真っ黒な色をしたそのカードを通常のキャンピングカーにはない差込口にいれ、これまた普通は無いパネルを操作して、自分の目をカメラのようなものに近づけた。

 青い光が男の網膜を調べ、データと照合させる。

 一致したと認められ、キャンピングカーのドアが開いた。男はカードを差込口から取り出すと、そのまま運転席へと座り込み、そして脱力した。 

 少し時間経ってから、男は助手席においてあるノートパソコンを開いた。

 何本ものコードがそのノートパソコンに繋がれていて、それがキャンピングカーの後ろの方へと続いている。

 運転席と助手席よりも後ろ側は黒いカーテンが敷かれていて、見ることができない。

 男は思い出したかのように口を開いた。

「今日も、目標消失まできっちり時間内だ。身体の調子はどうだい?」

「いえ、問題ありません」

 カーテンの向こう側から声が聞こえた。

 だが、白衣の男は不服そうに顔を歪めた。心底気に入らない、といった様子だ。

「嘘は意味がいない。君の身体はもう限界が近いんだ。薬が症状を緩和させていると言っても、君の身体は君という器を忘れてきているはずだ」

 カーテンの向こうから声は聞こえてこない。

「君に必要なのは見栄を張ることじゃない。事実を伝えることだ。そんなの、最初からわかっていたことだろう?」

 白衣の男はノートパソコンを操作して、ファイルをクリックした。すると、パスワード入力画面が現れ、男はそれにパスワードを入力していく。

 キャンピングカーの中にはカタカタ、という音だけが聞こえる。それ以外の音は無い。

 しばらくして、白衣の男は舌打をした。

「あくまで見栄を張る気か。それならそれでいい。この件に関しては大目に見よう。結局は君の問題だ。けど、その他の指示には従ってもらう。そのシステムをを失うわけにはいかない」

 パスワードを入力し終えたのだろう。男の手が止まった。

 エンターキーを押すのと同時に、いくつかのウインドウが画面に現れた。

「仮想空間でのことですが」

 前触れも無く、声がキャンピングカーの中で発せられた。

 カーテンの向こう側からだ。

「一人誤って転送されていました。変異種でない男性です」

「あぁ、アレか。転送装置のミスだろう。しばらくメンテナンスをしてえいないからな。念のため、調べておいた方がよさそうだが……その辺の指示は明日にする。君は明日に備えてくれ」

「わかりました」

 キャンピングカーの中では、ノートパソコンの光だけが輝いていた。



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