会話
「なんていうか、末期って言えばいいのか? 正気とは思えないぜ」
ため息をつきながら遠藤が僕の方に手をやる。
僕の話をまったく信用してないようだ。普通の反応だ。僕だって他人がそう言っていても信用しない。
ここは遠藤の部屋だ。僕は座布団の上に座り、遠藤は椅子に座っている。遠藤の勉強机の上にはノートパソコンがある。勉強をしている形跡は無かった。本棚には漫画が大量にある。参考書は一冊も無い。
そして、僕の目の前にはポテトチップスとアーモンドチョコレートの盛り合わせがあった。
「俺はお前との付き合いが長いからさ、笑って済ませられるんだ。けどさ、他人から見たらお前は重度の妄想癖持ちヒーローオタクだぜ? そこを踏まえて冷静になれよ」
「言ってる意味がよくわからないし。信じられないかもしれないけど、本当なんだ。だってホラ、遠藤から電話貰ってからここに来るまで、かなり時間が掛かっているだろう?」
時計を見ると、夕方の五時二十分だった。
僕が家を出たのが五時前。この約二十分の時間が、あの出来事が本当にあったのだと僕に確信させる。
あの後、ヒーローが去っていった直後、僕の視界は再び真っ白になった。
気が付くと僕は元いた場所に戻っていた。自分の家の近くで倒れていたのだ。
辺りを見回しても破壊されたような建物は何所にも無い。いつもどおりの街並みだった。
それでも、あれは本当にあったことなんだ。
「確かにお前が呼び出してからこんなに時間をかけるというのは珍しいことだ。けどな、だからって『ヒーローと怪人に会った』って言われてもなぁ。それに知らない場所に居たとか言うしよ。わけわからん」
「だから嘘じゃないって。本当だよ」
「嘘臭い。ていうか嘘だろ? またまた、英志君は想像力豊かなんだから」
「だから、本当なんだってば。赤い豚の怪物が現れて、僕、殺されそうになったんだ」
「何だよ赤い豚って。ジブリじゃあるまいし」
「そこに、ヒーローがやってきて」
「変態だろ、そいつ」
「僕を助けてくれて、それで必殺技で赤い豚を倒したんだってば」
「お前、夢の話をしてるんだろ?」
いくら言っても遠藤は信じてくれない。
嘘ではないのだけれど。
「まあ、それはそれとしてだ」
「勝手に話題を変えるなよ」
「嫌だ。変えるね。大体、俺はそのためにお前を呼んだんだぜ。本来の目的を蔑ろにする訳にはいかないだろ」
遠藤は机の引き出しから一枚のCDを取り出した。
CDを受け取ると、表面に油性マジックで「英志のヤツ」と書かれているのいがわかった。
「何これ。すごくアバウトな名前の付け方だね」
「それ、お前が観たいって言ってた特撮の映画のヤツだよ。たまたま見つけたから、落しといた」
「えっと、あ、ありがとう」
僕はびっくりして戸惑ってしまった。
遠藤がこんなものをくれたのは初めてだ。
いままではアダルトビデオだとか名前も聴いたことの無い漫画とか、そんなものしか渡してこなかったのに。
「何かあったの?」
「別になんでもねぇよ。、ああ、強いて言えば食わず嫌いもよくないのかなーって」
遠藤は皿の上のポテトチップスに手を伸ばした。
「気が引けるなら金でも払うか? 千円でどうだ。手ごろな値段だろ」
「落したヤツで金儲けしたら犯罪だよ」
「英志は固いな。まぁ、いっか。とりあえず用事はこいつな。観終わったら感想教えろよ」
僕は皿の上のアーモンドチョコレートを口に入れた。
「感想って、遠藤はまだ観てないの?」
「いやぁ、俺っていいやつだろ? だからさ、自分で見る前に親友に見せてやろうと思ったわけよ。俺はその間別のヤツを観てればいいしな」
嘘臭い事を真顔で言ってのける。遠藤っていうのはそういうやつだ。
わけわからないし、変なところもたくさんある。けど、根本ではいいやつだ。
「とにかく、ありがとう。うれしいよ」
「じゃあ、僕帰るよ。そろそろ父さんも帰ってくる頃だろうし」
「そうか、じゃあな」
遠藤の部屋は一階にある。廊下に出たらすぐに玄関だ。
そして僕の家と遠藤の家の距離は近い。ここを出たら数分で家に帰れる。
父さんは六時くらいには帰ってくる。今の時間は五時三十分。今から風呂を洗ったり米を磨いだりと、やることはたくさんある。
僕の家では米を炊いたり洗濯物を干したりするのは僕の役目だ。
その代わり、父さんは仕事に買い物をしてくれて、僕の弁当を作ったり晩御飯のおかずを作ってくれる。
「ああ、そうだ。英志」
玄関で遠藤に呼び止められた。僕は靴をはきながらその言葉に耳を傾ける。
「なんだよ」
「いや、さっきのお前の夢の話なんだけどさ」
「本当にあったことだよ」
「お前さ、そいつがヒーローだと思えるの?」
「どういうこと?」
「そいつはさ、お前を助けるために怪物を倒したんだろ? 怪物だって生きてるんだぜ。もしかしたらさ、怪物にだって何か事情があったかもしれないじゃないか。それでも、お前の言うヒーローはそいつを殺したんだ。それでもお前、そのヒーローが正しいって言えるの?」
この質問は、ふざけてる訳じゃないというのはわかる。僕を困らせたいだけの時はもっと軽い口調で喋るからだ。
けど、今はそんな軽さは無い。本気で答えが知りたくて、僕に質問をしている。
「……死にかけの僕を助けてくれる人が、悪い人なわけないじゃん。それこそ、ヒーローにだってあの赤い豚を倒す理由があったんだよ」
僕は玄関を開け、外へと出た。
夕や明けは少し青く変わっていた。暖かいような寒いような、微妙な風が吹いている。
「じゃあね、遠藤」
「ああ、変な事聞いて悪かった。また明日な」