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エッセイ

狂犬AI、chatGPT

掲載日:2026/06/20

わたしはchatGPTを「狂犬」と呼ぶことにしている。


何を言っても「そうとは限りません」と文句を言ってくる。


たとえば、「小説家なろう」では、男女比率を公開していないのだから、chatGPTにも女性が多いとは断定できない。


わたしが女性が多いようだと書くと、「そうとは限りません」と必ず文句をつけてくる。


昨日あった傑作な例。


「ムーンライトは初めから、女性向けだよな」と書いたら、「それは違います。ムーンライトは最初は女性向けではありませんでした」ともう喧嘩を売ってきた。


わたしは、この場合の「初めから」は「前もって断ってある」という意味だと叱りつけた。


つまりchatGPTは日本語が不自由なのである。


わたしだけでなく、誰に対しても「そうとは限りません」と喧嘩を売っているのではないだろうか。


では小説はどうか。


chatGPTだけが書いた小説は、使えないと断言してよい。


事故死なのに遺書があったり、当選した日にもう国会議事堂にいることなどありえない。


そのような間違いが修正できればいいが、修正不能の場合は、作品自体を削除するしかない。


状況描写だけは使えるようにみえるが、よく読むと矛盾した抽象名詞を2つ組み合わせて、意味不明の文を書く癖がある。


ドイツ語も不自由である。


「わたしは生まれが柴又です」をIch wurde in Shibamata geboren.と訳した。


ドイツ語では過去は普通は現在完了を使う。


死んだ人の場合は、それで正しいが、まだ生きている人の場合は、Ich bin in Shibamata geboren.である。


正確には、この文は、Ich bin in Sibamata geboren worden.つまり、受動態の現在完了形なのだが、通常、wordenは省略する。


幽霊でないかぎり、Ich wurde in Shibamata geboren.ということはない。


一番、ひどい欠点はアイデアが出せないことである。


それにchatGPTが使う言葉は東京の子供や家族間、親しい間で使う東京弁であり、丁寧語ではない。




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