狂犬AI、chatGPT
わたしはchatGPTを「狂犬」と呼ぶことにしている。
何を言っても「そうとは限りません」と文句を言ってくる。
たとえば、「小説家なろう」では、男女比率を公開していないのだから、chatGPTにも女性が多いとは断定できない。
わたしが女性が多いようだと書くと、「そうとは限りません」と必ず文句をつけてくる。
昨日あった傑作な例。
「ムーンライトは初めから、女性向けだよな」と書いたら、「それは違います。ムーンライトは最初は女性向けではありませんでした」ともう喧嘩を売ってきた。
わたしは、この場合の「初めから」は「前もって断ってある」という意味だと叱りつけた。
つまりchatGPTは日本語が不自由なのである。
わたしだけでなく、誰に対しても「そうとは限りません」と喧嘩を売っているのではないだろうか。
では小説はどうか。
chatGPTだけが書いた小説は、使えないと断言してよい。
事故死なのに遺書があったり、当選した日にもう国会議事堂にいることなどありえない。
そのような間違いが修正できればいいが、修正不能の場合は、作品自体を削除するしかない。
状況描写だけは使えるようにみえるが、よく読むと矛盾した抽象名詞を2つ組み合わせて、意味不明の文を書く癖がある。
ドイツ語も不自由である。
「わたしは生まれが柴又です」をIch wurde in Shibamata geboren.と訳した。
ドイツ語では過去は普通は現在完了を使う。
死んだ人の場合は、それで正しいが、まだ生きている人の場合は、Ich bin in Shibamata geboren.である。
正確には、この文は、Ich bin in Sibamata geboren worden.つまり、受動態の現在完了形なのだが、通常、wordenは省略する。
幽霊でないかぎり、Ich wurde in Shibamata geboren.ということはない。
一番、ひどい欠点はアイデアが出せないことである。
それにchatGPTが使う言葉は東京の子供や家族間、親しい間で使う東京弁であり、丁寧語ではない。




