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わるちこく

作者: 春吉屋お国
掲載日:2026/04/04

 雨の中、満開の桜の下でビニール傘をさし、肩を濡らしながら公園のベンチに腰掛けていた。この雨だから散歩する人も少なく、誰かから話しかけられることはないだろうと思われる。

 肩を濡らして待っていた。誰かが、出会ってもいない僕へこんにちはを告げにやってくるんじゃないか。

 ようやくして鳩が僕の足元へ降り立った。ほどなくしてどこかへ消えたが、その意味は知り得ない。

 公園に来ている人々は各々総じて約束された、結束した人の集合体だ。一人で来ているのは僕みたいな哀れ者だけ。だからといって、嫌いなわけではない。そういう集合体を眺めるだけで、僕には口外し難い確認ができた。


 翌日になった。

 いつものこの公園で誰とも約束していないのに、待ち合わせしている様子で立っている。そして、誰もがすれ違っていく。この街に知り合いはいないし、地元は遠いからその人間が来る可能性は低いだろう。一人で、寒く、金もなくぼんやりと空を見上げていた。ただ、公園に捨てられたゴミ箱から本を拝借した。

 それを読みながら過ごすと、虚無感が落ち着いてきた。読み終えたその本はゴミ箱に戻しておいた。次にゴミ箱に行ったらどんな本が捨てられているか楽しみだ。


 公園に行くとゴミ箱に捨てられていた本は決まって一冊だけだった。雑誌はなく、漫画と文庫本のどちらかだった。どの本も今の僕に足りないピースを補いつつ興味のある分野を構築していく要素ばかりだった。だからそれを言ってしまえば図書館の本棚にも似たゴミ箱のコミュニケーションが成立していた。


 捨てているのは誰なんだろう、と興味が出てきた。早朝からその観察をするために準備を始める。日の出とともに公園に向かいゴミ箱を漁るとすでに本が捨ててあった。これでは失敗だ。次はもっと早く準備しなければならない。


 深夜2時から準備していた。僕は粗末なゴミのような衣服に身を包んでゴミ箱から遠く離れ、立って待っている。もちろん、ゴミ箱には本は入ってないのは確認済みだ。すると当世流のスーツ姿でやってくる人影があった。深夜なのに髪も様子も乱れていない。その人影がゴミ箱に近寄っていく。瞬間、だろうなと思った。

 僕はゴミ箱に駆け寄って確認すると、やはり本が一冊捨てられていた。


 追いかけて感謝の言葉をかけようか迷って、結局止めた。もしかしたら、あの人影は自分かもしれないと嫌な予感がしたからだ。その可能性を大いに感じたからこそ、僕は声をかけない選択をした。たとえそれで内申点に悪い結果が出ようともかまわないだろう。そして僕はゴミ箱の本に興味をなくしていく。


 最初のあの雨の日の桜の下、鳩の降り立ちの意味が今になってわかった。でも、その意味をわかったところで確かめようがない。気がつくとまたあのゴミ箱に吸い寄せられて行き、物色しながら錯誤していく。怯えながら、慄きつつそれを祭壇のように扱い始めた。


 ゴミ箱と一緒に収まる男に、幸福は遠かった。それはこんにちはではなく、さよならで出来ていた。




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