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妹が欲しがるので婚約者をくれてやりましたが、あなたに渡したのは全部いらないものです

作者: Megumi
掲載日:2026/02/06

「お姉様、そのドレス素敵ね!」


 またか、とメアリーは心の中で溜息をついた。

 近々行われる建国祭のために仕立てたばかりの、濃青のドレス。

 一見すると上品でシンプル。けれども、身体のラインを隠せない仕立て。

 それは、胸元の曲線が美しく出る者が着用することで、完成するドレスだった。


「フィーナ、またお揃いにするの?」

「当然よ! だって私はお姉様と同じものがいいんだもの」


 妹のセラフィーナは、もう仕立て屋に同じものを注文しているのだろう。

 上機嫌に抱きついてくる。

 細い腕が背中にまわり、頬がメアリーの豊かな胸に押し付けられた。


「お姉様大好き!」


 そう言って、メアリーの匂いを確かめるように、大きく深呼吸をする。

 いつもの言葉。いつもの仕草。


 ——しかし、そこに込められた意味は、私しか知らない。


 メアリーは背筋を走る寒気をこらえると、無言で妹の背中にそっと手を添えた。


 ◇◇◇


「メアリー、素晴らしい知らせだ!」


 ある日、父が上機嫌で告げた。


「ついにグレンフォード辺境伯家のご子息、アルヴィン様との婚約が正式に決まったぞ」


 アルヴィン・グレンフォード。

 金髪碧眼の、社交界でも人気の高い青年貴族だ。

 婚約の挨拶に訪れた彼は、メアリーの手に口づけをし、流暢な社交辞令を述べた。


「美しいメアリー様と婚約できて光栄です」


 嘘。


 メアリーにはそれが分かった。

 アルヴィンの瞳には何の感情も宿っていなかったから。

 それどころか、その視線は、さっきから背後にいるセラフィーナへと何度も泳いでいる。

 これは政略結婚で、彼もまた義務として婚約を受け入れたのだ。


 でも、構わなかった。

 メアリーは貴族である以上、恋愛結婚ができるとも思っていなかった。


「アルヴィン様は本当に素敵な方よ」


 社交の場で、メアリーは婚約者を褒めた。

 嘘ではない。容姿端麗で、立ち居振る舞いも完璧だった。


「とても優しくて、まるで物語に出てくる王子様のよう」


 その言葉を、セラフィーナは聞いていた。

 キラキラと目を輝かせて、じっとアルヴィンを見つめながら。


 ああ、また始まる。

 そう思った。


 案の定、それから数日後。


「お姉様、お話があります……」


 セラフィーナがメアリーの部屋を訪ねてきた。


「私、アルヴィン様とお話ししたんです。お姉様のこと、もっとよく知ってもらいたいって思って。そうしたら、アルヴィン様、私にとても優しくしてくださって……」

「フィーナ、まさか……」

「お姉様! アルヴィン様を、私にください!」


 予想通りの言葉。


 昔からセラフィーナは、相手の懐に入るのが上手かった。

 無邪気な笑みを浮かべて、好意的に接してくれる可憐な彼女を、誰が拒めるだろうか。

 そんな彼女に、アルヴィンが心を奪われてしまったとしても、理解はできる。


 しかし、続いてセラフィーナの口から出たのは、メアリーの予想をはるかに超える言葉だった。


「安心して? お姉様が寂しくないように、アルヴィン様もシェアすればいいわ。だって私たち、姉妹なんだから!」


 そう語るセラフィーナの瞳は瞳孔が開き、異常なほどに輝いている。


 ——そう、それは狂気を感じさせるほどに。


 ◇◇◇


 それから、事態は急速に動いた。


 セラフィーナが両親に泣きついたのだ。


「メアリー、アルヴィン様がフィーナとの婚約を望んでいらっしゃるそうだ。うちとしては、グレンフォード家と姻族になれるのであれば、どちらでも構わない」


 どちらでも構わないわけがないだろう。

 内心メアリーは反論した。

 しかし、セラフィーナのことだ。きっと、すでに噂を広めている。


 ——妹の恋人まで真似をしようとしたけど、失敗した哀れな姉、と。


 セラフィーナは、いつだってメアリーのものを欲しがり、真似をしたがる。

 しかし、社交界で囁かれる噂は、いつだって真逆のものだった。


 同じ装いをすればするほど、賞賛はすべて社交的なセラフィーナに向けられ、最低限の社交しかしないメアリーは「妹の真似をする哀れな姉」になっていったのだ。


 そしてそんな噂を、セラフィーナは決して否定しなかった。

 むしろ、積極的に誤解を招くような言い回しをする節がある。

 そうして、メアリーは徐々に孤立していったのだ。


 メアリーが無言でいると、母はため息をつき、呆れたような口調で言った。


「それくらい譲ってあげなさい。あなたはお姉さんなんだから」


 この言葉を、メアリーは何百回聞いただろうか。

 どうやら父も母も、これを魔法の言葉か何かだと勘違いしているようだ。


「フィーナは社交的だから、辺境伯夫人としても立派に務められるだろう」

「私、アルヴィン様のためなら頑張るわ!」


 誰も、メアリーの気持ちを聞こうとはしない。

 そんな歪んだ家族関係を、メアリーはどこか他人事のように見つめた。


「……分かったわ」


 メアリーが承諾すると、セラフィーナは歓喜の声をあげた。


「お姉様っ! 大好き、大好きです!」


 飛びついてきて、いつものようにメアリーの胸に顔を埋める。


「これでやっと、お姉様と一つになれる……」


 そう小さな声で呟いたセラフィーナの体は、小刻みに震えていた。

 興奮のあまり息が荒くなり、頬を紅潮させている。


 そんな妹の異様な喜びように、メアリーはゆっくりと目を伏せた。


 ◇◇◇


 セラフィーナとアルヴィンの結婚式は、実に豪華絢爛なものだった。

 両家の威信をかけた大規模な式典。

 セラフィーナは純白のドレスに身を包み、幸せそうに微笑んでいた。


 つつがなく式が終わり、皆が帰り始めた頃。

 メアリーが控え室で帰り支度をしていると、セラフィーナが駆け寄ってきた。


「お姉様っ!」


 セラフィーナはいつものように抱きつき、メアリーの胸元に顔をすり寄せた。

 しかしその体温は、いつもよりも高い。

 よほど興奮しているのだろう。


「お姉様、聞いて!」


 セラフィーナの瞳は狂気じみた喜びに満ちていた。


「実はわたし、昨夜アルヴィン様と……その、初めて結ばれたの。やっぱり初夜は大切にしたくて……」

「……どういうこと?」

「今夜はお姉様が彼に抱かれて! そうすれば、初夜に私たちが結ばれることになるわ!」


 自分を見下ろすメアリーの視線が冷たくなっていることにも気付かず、セラフィーナはまくし立てた。


「私の唇に触れた彼の唇が、お姉様の唇に触れる。私を抱いた彼の腕が、お姉様を抱く。これって、実質、お姉様と私が愛し合うってことよね! ああっ、ついに私とお姉様が一つに……!」


 妄想に取り憑かれたセラフィーナには、目の前にいるメアリーすら見えていないのだろう。

 メアリーは何も言わず、静かに微笑んだ。


 その時だった。


「終わったかい?」


 低い声が響いた。

 振り向くと、そこには一人の青年が立っていた。

 黒髪に、グレーの瞳。完璧な正装に身を包んだその姿は、アルヴィンなど比較にならないほど気品に満ちていた。


「え......?」


 見知らぬ男の登場に、セラフィーナは固まった。

 その隙にメアリーがセラフィーナから離れたが、彼女の視線は、依然男に注がれたままだった。

 しかし、男はそんなセラフィーナを一瞥もせず、まっすぐにメアリーの元へ歩み寄ると、その手を取った。


「荷物はすべて積ませたよ、メアリー」

「ありがとう、アルフォンス」


 メアリーは久しぶりに、セラフィーナの前で心からの笑顔を見せた。


「私の荷物なのに、任せてしまってごめんなさい」

「何を言っているんだ。君と結婚できるのなら、俺はなんだってするよ」


 アルフォンスはメアリーの左手薬指に指輪を通すと、そっと口づけをした。


「君が『妹の結婚式が終わるまで待ってほしい』と言った時、理由は分からなかった。でも、君がそう望むなら、俺は永遠にでも待つつもりだったよ」

「あなたは優しすぎるわ」

「いや、俺は幸運なだけだ。こんなにも美しく、賢く、強い女性に愛されるなんて」


 二人は見つめ合い、そっと額を寄せ合った。


 ◇◇◇


 メアリーがアルフォンスと出会ったのは、半年前の建国祭でのことだった。


「失礼」


 振り向くと、驚くほど整った顔立ちの青年が立っていた。

 この国では見かけない髪の色に、場の空気を自然と支配するような佇まい。


「あなた様は......?」

「アルフォンス・フォン・エーベルハルトと申します。隣国アルトリアの大公家の者です」


 その名に、メアリーは小さく息を呑んだ。


「メアリー・クラリス様、でいらっしゃいますね」

「はい」

「先ほどから、あなた様を拝見しておりました」


 アルフォンスの瞳が、真っ直ぐにメアリーを見つめた。


「皆様は、あなたが妹君の真似をしているとおっしゃいますが......私にはそうは見えませんでした」


 メアリーの心臓が、大きく跳ねた。


「妹君があなたを真似ている。違いますか?」


 言葉を失う。


 初めてだった。

 誰かが、この状況を正しく言い当てたのは。


「……なぜ、分かるのですか」


 アルフォンスは静かに微笑んだ。


「分かりますよ。だってあなたは、こんなにも本物の輝きをまとっているのだから」


 その夜から、二人は交流を深めていった。

 文を交わし、密やかに逢瀬を重ね、気づけば互いにかけがえのない存在になっていた。


「俺と結婚してくれないか」


 そう告げられたのは、アルヴィンとの婚約が決まった直後だった。


「でも、私には婚約者が......」

「ならば、その婚約を破棄してくれ。すべて俺のせいにすれば良い」

「それは......」


 メアリーは迷った。

 できることなら、今すぐにでもアルフォンスの手を取りたい。

 しかし、自分のために彼を悪者にすることはできない。

 かといって、女の自分から婚約破棄を申し出ることは、不可能だった。


「大丈夫だ、メアリー」


 アルフォンスは優しく微笑んだ。


「必ず、君を幸せにする。どんな困難も、二人で乗り越えよう」


 その真摯な瞳を見て、メアリーはある計画を実行することにした。


 ◇◇◇


「お、お姉様……?」


 セラフィーナの声が震えていた。

 メアリーはゆっくりと妹を見下ろした。


「セラフィーナ、あなたに教えてあげるわ」


 メアリーの声は、穏やかで、しかし冷たかった。


「アルヴィン・グレンフォードは、私にとってどうでもいい男だった。……むしろ、彼と一緒になるには邪魔だった。だから、あなたが欲しがったとき、喜んで譲ったのよ」


 セラフィーナの顔から血の気が引いていく。


「そんな……」

「あなたは気づいてなかったみたいだけど」


 メアリーは優しく、しかし容赦なく言葉を紡いだ。


「私があなたに与えたものは全て、私にとってどうでもいいものだった。ドレスも、髪飾りも、アルヴィンも。全部ね」


 セラフィーナは動揺し、よろめきながら叫んだ。


「う、嘘よ! 私、私は……お姉様みたいになって、お姉様と一つになりたくて……」

「一つになりたい? ……おかしな子ね」


 メアリーは、ほんの少しだけ目を伏せた。

 そして、セラフィーナに哀れむような眼差しを向けた。


「私はあなたを愛していたわ、セラフィーナ。……私になろうとするあなたじゃなくて、ありのままのあなたをね」

「え……?」

「あなたの明るさ、社交性、素直さ。それは全て、あなただけの美点だった。私にはないもの」


 大好きだったピンクのドレスに身を包み、無邪気に笑っていたセラフィーナを思い出し、メアリーの胸が微かに痛んだ。


「でも、あなたは私の真似ばかりして、自分の良さを全部捨ててしまった。私はただ、妹として、ありのままのあなたを愛したかっただけなのに」

「……お姉様っ!」


 セラフィーナが手を伸ばす。

 しかし、メアリーが一歩引いたことで、その手は届かなかった。


「あなたは本当に欲しかったものを、最初から手にしていたのよ。でも、あなたはそれに気づかずに、全部自分で壊してしまった」

「違う、違います! お姉様っ、お姉様!」

「さようなら、セラフィーナ」


 メアリーはアルフォンスの腕をとると、セラフィーナに向かって慈愛に満ちた顔で微笑んだ。


アルヴィン(私のいらないもの)と、どうかお幸せに」


 ◇◇◇


 メアリーがアルフォンスが用意した馬車に乗り込もうとしたとき、血相を変えた両親が駆け寄ってきた。


「メアリー! お前、なにを考えているんだ! お前が家を出ていくと、フィーナが泣いて——」


 唾を飛ばして怒鳴り散らす父親は、メアリーの手を取ったまま馬車から降りてきた人物に絶句した。


「まさか……」

「初めまして。アルフォンス・フォン・エーベルハルトと申します」


 その名に、両親は顔を真っ青にした。

 この国でも知らぬ者はいない。エーベルハルトといえば、隣国で王家の血を引く大公家だ。


「私、彼と結婚するわ」

「なっ……顔合わせも婚約もなしに、いきなり結婚だと!? あちらのご両親の了承は——」

「アルフォンスのご両親からのご了承は、すでに得ているわ」


 すでにメアリーはアルフォンスの両親と、国境近くの別荘で何度か会っている。

 セラフィーナの結婚準備に気を取られていた両親は、まったく気付いていなかったが。

 自身も恋愛結婚だという二人は、息子が惚れ込んだメアリーを快く受け入れてくれた。


 目を白黒させる父親を見下ろしながら、アルフォンスは口元だけで微笑んだ。


「彼女の境遇に、父も母も心を痛めているようです。それに、彼女は淑女教育も行き届き、聡明で気品もある。ぜひ我が家に、と申しております」

「そんな……」


 両親は初めて、自分たちが何も知らされていなかったことに気づき、動揺している。

 メアリーは関心を失ったように、そんな両親から視線をそらした。


「娘がそうしたがっているのよ。それくらい許してくれるでしょう?——親なんだから」


 突き放すようなメアリーの言葉。

 その聞き覚えのあるフレーズに、両親はなにも言えなくなってしまった。


 そんな二人を見限り、メアリーが今度こそ馬車に乗ろうときびすを返した、その時。

 追いかけてきたセラフィーナに、ドレスの裾を掴まれた。

 セラフィーナは泣きはらした目で、すがるようにメアリーを見つめている。


「お姉様……本当に、行ってしまうんですか」

「ええ」

「私、私は……お姉様を愛していたんです。本当に」

「知っているわ」


 メアリーは振り返った。


「私があなたを愛することはもうないけれど……フィーナ、あなたが私の妹で良かったとは思っているの」


 メアリーは、幼い子どもに言い聞かせるような声で言った。


「あなたがいたから、私はアルフォンスに出会えたのよ。あなたが私の真似をして、私が孤立するよう仕向けたから、話すきっかけができたの」

「え……?」


 驚きでセラフィーナがドレスの裾を離すと、メアリーはすかさず馬車に乗り込んだ。


「だから、感謝しているわ」


 ばたんと馬車のドアが閉まり、二人を隔てる。

 こうしてセラフィーナは、永遠に最愛の人を失った。


 ◇◇◇


「メアリー、君は今幸せ?」


 アルトリアへ向かう馬車の中、アルフォンスが優しく問いかけた。


「もちろん。だって生まれて初めて——本当に欲しいものを手に入れたのだもの」


 メアリーは、心からの笑顔でそう答えた。





本日、新作短編を投稿しました。

雰囲気はかなり違いますが、お時間あるときにぜひ ↓

『女尊男卑の世界で婚約破棄された地味男、実は顔面SSRでした。私が本気で育てたら元婚約者が返せと言ってきます』

https://ncode.syosetu.com/n6399lt/

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― 新着の感想 ―
このセラフィーナ嬢のような、こういうタイプの女を本気で好きになる男は、なかなか居ないやろうなぁ。 姉君から奪った旦那様とも、早晩破綻する気がしますね。 しっかりした「自分」を持って無いのか、捨ててしま…
セラフィーナ気持ち悪い。 メアリーは姉だけあって妹に1番効く反撃が分かってたんでしょう。 故郷では評判悪くても隣国でなら挽回出来そうだし、気持ち悪い妹と毒親と物理的に離れられるし一石二鳥ですね★
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