第17話 見てはいけないもの
シャルル視点です。
最近、本当に楽だった。
誰も後ろにいない。
声もかけられない。
一人で庭を歩ける。
「エドワード、改善してくれたんだなぁ」
そう思っていた。
ある日、王城の書庫で本を探していたときのこと。
「……あれ?」
棚の奥に、薄い革表紙の冊子が落ちていた。
表紙には、何も書いていない。
誰かのメモかな、と思って開いた。
――それが、間違いだった。
『第七刻:シャルル嬢、庭園南側を散策』
『表情:安定』
『立ち止まり:二回』
『異常なし』
……え?
一枚、めくる。
『第八刻:昼食』
『摂取量:通常』
『会話相手:なし』
『精神状態:良好』
ページをめくる手が、止まらない。
『午後:書庫滞在』
『滞在時間:四十二分』
『手に取った書籍:三冊』
それは。
私の一日だった。
しかも、昨日。
いいえ――今日の分まである。
「……誰が……?」
喉が、からからになる。
最後のページに、整った文字があった。
『総評:
圧迫感の軽減、成功。
本人の自覚なし。
この方式を継続する』
……方式?
私は、その名前を見つけてしまった。
署名。
『エドワード』
頭が、真っ白になった。
怒りより先に、
なぜか笑いが出そうになる。
「……そっか」
だから、静かだったんだ。
誰もいないのに、
見られていない気がしなかった理由。
全部、
ちゃんと見られてた。
「……記録、几帳面だなぁ」
声に出して、そう呟いてしまった。
その瞬間。
「それは、重要だからな」
後ろから、声がした。
振り向くと、エドワードが立っていた。
いつも通りの、優しい顔。
「……これは?」
冊子を、そっと差し出す。
彼は、一瞬だけ目を伏せた。
ほんの、一瞬。
「見てしまったか」
責める声じゃない。
驚きも、ない。
想定内。
「最近、楽だっただろう?」
私は、正直に頷いた。
「……はい」
「それなら、問題ない」
彼は、安心したように微笑む。
「君が息苦しくないなら、
俺のやり方は正しかった」
……あ。
この人。
私が“知る”ことを、
問題だと思っていない。
「エドワード」
「なんだ」
「私、見られてるの、
分からない方が楽だったみたいです」
本音だった。
すると彼は、少し考えてから言った。
「なら、次からは
目に触れない場所に保管する」
改善案が、即出る。
でも。
「……そういうことじゃないです」
初めて、はっきり言った。
エドワードは、黙った。
しばらくして、
とても静かな声で言う。
「君が壊れないためだ」
「壊れてません」
「壊れさせないためだ」
訂正。
私は、胸の前で冊子を抱いた。
「……これ、捨ててもいいですか?」
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
エドワードの目が、鋭くなった。
でも、すぐ戻る。
「……だめだ」
柔らかい声。
「それは、俺が安心するためのものだ」
私は、なぜか納得してしまった。
「……そっか」
怒れない。
逃げたいとも思えない。
ただ。
この人の“安心”の中に、
私が完全に組み込まれている。
それだけが、
はっきり分かった。
エドワードは、私の頭を撫でた。
「大丈夫だ」
「君は、自由だよ」
――その言葉が、
一番、怖かった。
お読み頂きありがとうございます。
怖いのに逃げる気にはならないのは何故でしょうね…
次回もお楽しみに。




