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【短編小説】星に願いを

「仕方ねえ、行ってくるわ」

 面倒くさそうに立ち上がり、ハンガーに掛けたコートを持って出る同僚の背中をぼんやりと眺めていた。

 なにか気の利いた事を言おうとしたがなにも思いつかなかった。

「気をつけてな」

 閉まったドアに向かって言っても当然ながら返事は聞こえない。



 同僚が出て行った狭い部屋は、たった一人分でもやたら大きな隙間が開いた気がした。

「……やるか、仕事」

 独り言でその隙間を埋めるように、わざと大声を出す。

 別に隙間が怖い訳じゃない。

 そんなものより怖いのは仕事を失うことだ。仕事と言うよりは収入だが、意味は対して変わらない。



 デスクに向き直ってモニターを注視する。

 グラフを睨みながらスイッチャーを操作して夜空に星をいくつか流す。

「やり過ぎたか?」

 脳内で警報が鳴り始める。

 これ以上は危険かも知れない。

 流す本数は少ない方がいい。だけどできるだけ長く流す。

 おれはそこからら3秒ほど粘って、ようやくスイッチャーを戻した。

 モニターには「目撃者数2、被願掛数1、被達成度0」と表示されている。


「オーケー、ひとまずは大丈夫だ」

 椅子に背中をあずけて大きく伸びた。

 肩が凝っている。

 願掛けをした流れ星の目撃者の願いを叶えに出かけた同僚はまだ帰ってこない。

 しばらくはおれひとりだ。

 それにおれまでここを空ける訳にはいかない。

 流すべき星はまだまだ山積みだし、流す星のノルマを達成できなくなってしまうと次のボーナスに影響する。

 修理工場に預けた単車はエンジンが割れたとかで、パーツの削り出しをするって話だから少しでも金が欲しい。

 できればおれが星に願いを掛けたいところだ。


「えぇと、いまは時間あたり6星か」

 ならオーケーだろう。

 今月の残りを確認して、順調にやればノルマを達成できそうだなと思うが、油断をすると途端に崩れてしまう。

 そういうもんだ。

 同僚が叶えにいった願いは、確か面倒な上司との縁切りだったから、奴が帰ってくるまでに少し時間がかかるだろう。

 その間はおれがこの地区の星を流さなきゃならない。



 コーヒーでも淹れようかと思った途端にデスクの電話が鳴る。

 そう言うもんだ。

「はい、お電話ありがとうござ」

「もっと流せないのか、ストック過剰になるぞ」

 かぶせ気味に聴こえてきたのは生産部からの苦情だった。

 顔をしかめて、苛立ちを声に出さない努力ように抑えた。

「勘弁してくださいよ、ノルマ分だけでもギリギリっす」

 労働生産性なんてのは、いかに仕事をせずに金を稼ぐかということだ。


 そんなことはわかっている、と言うようなため息をつきながら生産部は押し潰したような声で愚痴った。

「くそ、生産ペースは落とせないし廃棄もできないからな」

 生産量で仕事をしている側とすれば当たり前の話だ。廃棄量が増えれば予算から出す羽目になり、つまり自分達の収益が減る。



「そっちが上にボーナス弾んでくれるか掛け合ってくれたら頑張りますけど」

 どうすかね。

 おれたちが流す星を見て、願掛けが成功されたらその願いは叶えなきゃならない。

 その分の費用はここの部室から支払われる。

 つまりおれたちの労力は金として報われない。ボーナス次第だ。

 生産部は再び大きなため息をつきながら

「お前んとこのケチくさいからな、あまり期待するなよ」

 悪かったよ、八つ当たりだと言って笑った。

「お願いしますって、こっちも出来る限りはやってみますから」

 受話器を置いて腕まくりをする。



 沢山の星を短く流せばそれだけノルマ達成に近づくが、逆に夜空に対する注視度は上がり危険度は増える。

 いわゆる流星群ってやつだ。

 特に大型の星は流しきるまでの時間がかかる。

 その度に願いを叶えに出たのでは割に合わないし間に合わない。



 モニターを睨みながらスイッチャーを叩く。

 この時間帯なら夜空を見てる人間はそう多くないはずだ。

 出来るだけ高い位置から、できるだけ長く、可能な限り大きな星を。



 そして流れ星を見た奴が願いを3回唱えられる前に速やかに消す。

 操作だけなら簡単だ。

 ただその目撃者予測を立てるのが難しい。


 再び生産部からの電話。

「おう、今夜は助かったよ。在庫過剰で高い金出して廃棄屋に頼まなきゃならないとこだった」

 機嫌が良さそうだった。

 つまりおれの頑張りは上手くいったと言うことだ。

「マジで勘弁してくださいよ、二度とゴメンっす」

 頑張りは金銭的に報われたい。

「そう言うな、今度メシでも奢ってやる」

「メシよりボーナスの事、頼みましたよ」

 メシ程度で済まされてたまるか。

「言ってみるけど期待すんなよ」

「期待してます」

「じゃあな、また頼む」

 がはは、と言う笑い声とともに電話が切れた。



 受話器が置かれた音を聞くのと、ドアが開く音を聞くのは同時だった。

「おう、お帰り」

「参ったよ、縁切りなんてのに当たっちまって疲れた疲れた」

 同僚は肩を落として入ってきた。

「お前は操作が雑なんだよ、引き際が悪い」

「だって細かく何回も流してらんねぇじゃん」

「それでそうやって願いを叶えに出てるんじゃ疲れるだろ」

 淹れ忘れていたコーヒーの事を思い出して、お前も飲むかと訊くと同僚は頷いた。



「あぁ、やっぱ来月の講習受けに行こうかな」

 同僚はコートを掛けて椅子に座ると頭を抱えて机に伏した。

 その背中を見ながら、さっきあった話をする。

「さっき生産部から電話あってさ」

「うわ、また在庫処分かよ」

 厭な顔をするな、と笑う。

「感謝しろよ、あらかたやっといたぞ」

 ぱっと明るい顔に変わった同僚は両手を合わせておれを拝んだ。

「マジかよ助かる。あとでコーヒーおごるわ」

「お前は感謝が薄いよな、いいけど」

 こいつに期待したところでそんなもんだろう。薄給の奴から何か貰う気にはなれない。

「おまえは今夜あと何本流すんだ?」

「おれはもう終わるわ。バイト代出るならお前の手伝うよ」


 おれが淹れたコーヒーを飲んだ同僚は、すっかりくつろいだ声で笑った。

「余裕だね」

「お前の分もおれのボーナスに響くんだよ」

 そう言うもんだ。

 同僚と一緒にモニターを注視する。

 やはり先ほどの流星群で夜空に対する注視度が上がっていた。

「今は短めのを少し流すだけでいいかも知れないな」

 同僚が頷く。

 また夜明け頃に長いのを出せばいいだろう。



「しかしこうも大変な仕事だとは思わなかったな」

「上手くやれば流れ作業だと思ってたか」

「上手い事言うね」

「そんなんじゃねぇよ」

 おれたちが流す星を誰かが見ている。

 モニターの数がそれを示している。

 そいつらが幸福から見上げた夜空か、絶望から見上げた夜空か。

 何も考えてないならそれでいいし、願いが無いならそれでいい。

 スイッチャーを叩く。

 星が流れる。

 願いは間に合わない。

 そう言うもんだ。



 夜は長い。

 はやく単車に乗りたい。

 できれば夜空の下ではなく、明るい陽の下を。おれの願いはまだ叶いそうにない。

 在庫はまだ沢山残っている。

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