【第4章:トイレの悲劇-魔王の落とし物と監視呪術-】
「フナケンは家族同然! つまり、家族の世話をするのは当然だよね!」
そう言って副社長のカズデ・ケチ夫は、入社二日目の俺に、いきなり給湯室の清掃当番と、オフィス内の植木の水やりを押し付けてきた。
もちろん、残業代なんて出るはずもない。
「ブラック企業あるあるの王道だな……」
だが、俺の異世界での経験からすれば、これはまだ序の口だった。
本当の“魔王の試練”は、別の場所で待っていた。
入社二日目の午後。
リベンジは昼食後の生理現象に逆らえず、トイレへと向かった。
フナケンのオフィスは狭いワンフロアで、当然のようにトイレは男女共用だった。
「まあ、これは小さな城の設備と思えばいいか」
リベンジは異世界基準で納得しようとしたが、個室のドアを開けた瞬間、その楽観主義は打ち砕かれた。
「……え?」
便器の中には、まるで魔王が城の地下深くで寝かせたかのような、巨大で異様な存在が、流されることなく鎮座していた。
『【魔王の落とし物】:流体力学を完全に無視した硬さとサイズ。
フナケンの古い排水設備では、もはや異物として認識されている。』
俺の鑑定スキルが、そんな余計な情報を表示する。
「まさか、こんな現代日本のオフィスで、流れない大便に遭遇するとは……魔物よりタチが悪いぞ!」
勇者として幾多の魔物を打ち倒し、どんな修羅場もくぐり抜けてきたリベンジだが、流れない“落とし物”にはさすがに戸惑いを覚えた。
水を流しても、その物体はビクともしない。
リベンジは仕方なく、その場をそっと離れたが、翌日、そしてそのまた翌日も、同じような悲劇が繰り返された。
誰かが流し忘れるのではなく、物理的に流れていかないのだ。
そして一週間後。
「おい、聞いてるか、佐藤くん!
トイレが詰まりすぎて、とうとう営業の女性が泣きながら帰っちまったぞ!
これ、清掃業者呼んだら経費が! 経費が!」
ケチ夫は血相を変えて喚いた。
リベンジの鑑定スキルが、彼の頭上に新しい特性を検出した。
『【特性:経費の亡者Lv.99】』
「よし、決めた! 佐藤くん! 経費節約のためだ!
今日からトイレに監視カメラを設置する!」
「は?」
リベンジは耳を疑った。
トイレに監視カメラ?
「いや、副社長! それは……」
「いいんだ! プライバシーだなんだというが、うちの会社は家族だろ?
家族がお互いの動向を知って何が悪い!
これで犯人を特定して、清掃費用をそいつから徴収する!」
ケチ夫は、まさに魔王が領民を支配するために使う【魔王の監視呪術】そのものを、笑顔で発動させた。
(トイレまで監視対象だと!?
魔王軍ですら、トイレの個室にまでは手を出さなかったぞ!)
その日、俺は勇者としての正義感と、サラリーマンとしての生活費を天秤にかけ、一つの決断を下した。
夜間、誰もいなくなったオフィス。
リベンジは意を決して、再び流れない便器へと向かった。
「仕方ない。
現代の常識が通用しないなら、異世界の常識で対抗するしかない」
俺は静かに魔力を練り上げた。
「浄化スキル――発動!」
異世界の勇者だけが使える【浄化スキル】。
それは、あらゆる邪悪な物質、不純物、そして……流れない大便を、瞬時に無害な水へと分解し、消滅させるスキルだった。
『【浄化スキル】:成功。便器内、清浄化完了。』
悪臭は消え、便器は新品のように輝きを取り戻した。
俺は監視カメラに向かって、静かに中指を立てそうになるのを堪え、満足して個室を出た。
翌朝。ケチ夫は目を丸くした。
「おい、佐藤くん! トイレが、トイレがピカピカだ!
まるで誰かが清掃してくれたみたいだ!」
「さあ、誰でしょうね」
リベンジは平静を装った。
しかし、その日の夕方。
リベンジの社内メッセージに、ケチ夫から追撃の連絡が届いた。
『佐藤リベンジ様。 昨日の清掃、本当に助かりました!
つきましては、経費として計上しますので、清掃費10,000円を今月の給与から雑費として天引きさせていただきます。
家族への奉仕、ありがとう!』
「……は?」
俺の怒りは、もはや魔王を倒した時の高揚感すら上回っていた。
「家族への奉仕、ありがとう!
じゃねえよ!
こんな会社、よくある話で済まされるか!」
勇者の「忍耐スキル」は、限界へと近づいていた。




