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ダンジョン生存競争  作者: りど
1章 倉庫編
7/9

7. 迫られる決断

 意見は割れて全く決断できない状態が続いていた。社員達が話し合いをしている間、遠巻きに見ていたバイトやパートの面々は我慢の限界に達していた。先程から自分本位な意見を垂れ流す奥本や畠山にも嫌気がさしていた。


 人は体温を維持できなければ数時間で死んでしまうと言われている。冷蔵エリアは5度前後。そのままでは生命維持が困難な環境だった。


「奥本さん、畠山さん!そんな事言ってる場合じゃないですよ!」

「そうですよ!このままだと持たないわ」


 防寒具をきていない五十嵐と佐藤は凍えながら訴えていた。それでも良い返事は貰えないだろう。二人は協力する気配がまるでなかった。特に奥本に強く言うのは先程の暴力行為から見て得策ではない。


 数人は真っ青で今にも倒れそうだ。もしかしたらこのまま死んでしまうかもしれない。

美雲は戦々恐々とした。外に出て防寒具を取ってきたら命は助かるが、取りに行く人は危険すぎる。


——やだ!私は絶対行かない!


 外に行く危険を犯すくらいなら、スキルの事はずっと秘密にしている方が100倍良い。そんな博打を打つより救助隊を待った方が生存率は高そうだ。


 しばらくして、震えていた数人のパートがこちらに向かって来るのが見える。正しくは近くにいた広瀬と野口に視線は向いていた。


「ねぇ、防寒具貸してくれないかしら?こっちはもう限界なの!」

「このままだと死んでしまう!君たちはずっと着込んでいるんだから少しは貸してくれてもいいだろう?」

「何言ってるんですか?私達が先ですよ!見てください。真っ青で倒れてしまうわ」


 詰め寄られた二人は思いっきり嫌そうな顔をしている。周囲を見渡し、逃げ道を探しながら貸し出しを断った。


「貸せませんよ!寒いじゃないですか!」

「そうだ!そんなに寒いなら外に取りに行けばいいだろ」


 二人の言葉は火に油を注いでしまった。先ほどまではなるべく穏便にという気持ちが見えたが、非協力的な様子に皆は怒りを抑えられなかった。それは社員達にも飛び火し、一気に混乱状態になる。


 近くで騒ぎ出した人々に、危険を感じた美雲は早々に避難した。仕方ないが田中を運ぶ筋力はない。傷口に当てたハンカチをそのままに、そろりとその場を離れる。


 人の少ない方に逃げると、障害物が少なくとても周りがよく見えた。どさくさに紛れて逃げようとしていた奥本が、地面に落ちていた荷物に躓く様子もしっかり見えてしまう。


 あっと思った瞬間だった。傾いた巨体は荷物運搬用の大きなカゴのカートにぶつかり、飛び出ていた部分に防寒具が引っかかった。普通だったら丈夫な防寒具はそこまでは破れない。しかし奥本の重量には耐えきれなかったのだろう。引っかかった場所から盛大に裂けて内側の服も破れてしまった。


「うわああぁぁっ!」


 派手に顔面から地面にキスをした奥本は、背中の惨状にまだ気がついていない。大きな音を立てて盛大に倒れ込み、皆は思わず口を開けて見てしまった。地面に転がる奥本の背中は大きく裂けている。貴重な防寒具が破損しているではないか。


 人から奪って暖を取っていたことの報いだろうか。中の服まで裂けて肌が赤くミミズ腫れになっている。痛がっている様子だが、誰も心配しなかった。自業自得だ。あんなに好き勝手して心配してくれる人などいる訳がない。だが、防寒具は別である。破損した防寒具は奥本とは違い皆が必要としている貴重品。


防寒具の数が3つに減ってしまった。


 ここにいる人数は約20人。着回したとしても限界があるだろう。もちろんそんなことは分かっていた。しかし他に安全な方法がない。皆は外に取りに行くしかないのではという考えが頭をよぎった。


「っぐああぁぁ!クソッ!」


 顔面を痛そうに押さえながら立ち上がった奥本は、重そうな体をなんとか持ち上げ上体を起こした。皆の視線を一身に集めていることに気づき、顔を真っ赤にして怒り出す。


「何を見ている!? こっちを見るんじゃない!」


 鼻から赤い雫をしたらせながら手首を振って視線を逸らすよう要求した。また奥本を刺激し、自分が被害にあっては叶わんと皆は視線を逸らしながら後ずるさる。ちょうど死角にいた美雲も後ずさって棚の後ろに身を隠す。


 奥本は激しく打った顔面と膝を擦りながら立ち上がった。痛みのあまり気がつかなかったが、立ち上がってみると妙に背中が冷んやりとしている。背中に手をやって確認する奥本だが、手に触れたのは自身の背中だった。


「何!?」


 必死に背中を確認しようと、ステンレスの銀色の扉に背中を写して確認する。そこに写っていたのはぱっくりと破れてしまっている防寒具の姿だった。中に来ていた服まで裂けてしまっている。


「くそ!最悪だ!」


 このままでは背中から冷気が入り込み冷え切ってしまうだろう。もっとも自前の防寒具の効果は見る限りだと優秀そうだが…。


余計に苛立った奥本はわめき出した。


「誰か防寒具をよこせ!」


 あたりを見回し防寒具を奪おうと獲物を探した。パートに囲まれている野口と広瀬を見つけた奥本は早速防寒具を奪おうと詰め寄る。


「さっさとそれを寄越すんだ!」


 そんなことを言われて素直に渡すような性格をしていない広瀬はもちろん反論した。それに勇気付けられた野口も言い返した。


「嫌ですよ!」

「そうですよ!俺たちだって寒いんっすよ」


 気丈に反論したが相手がわるかった。今の奥本は暴走気味で何をするかわからない。言うことを聞かない二人に奥本は怒り狂っていた。救助の時からの態度も含め、二人のことは気に食わなかったのも影響している。


ガッシャーン


とハデな音を立てて荷物が積まれたカートが倒れた。奥本がカートを突き飛ばして倒していた。カートは二人の近くに倒れ込み、周りにいた人に荷物がぶつかる。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 突然の凶行に、皆は悲鳴を上げて広瀬と野口からも距離を取った。凄まじい形相でにじり寄る奥本は、台の上にあったワインボトルをさりげなく手に取った。


「さっさと寄越せ!」


 詰め寄る奥本に抵抗しようにも、手に握られたワインボトルが視界に入って声が詰まった。先程の田中のように被害を被るのは御免である。広瀬の反論しようと開けた口は、虚しく息を吐き出すだけに留まった。


「…っひ!」


 野口は引きつった声を漏らし、後ずさる。このままでは殺されてしまうかも知れないと、危機を感じた。近寄る奥本に恐怖したパートの人々はすでに逃げていない。広瀬達と奥本を遮る障害物が消えたことで、より恐怖心が煽られたのだろう。今迄にない素早さで広瀬は防寒具を脱ぎ、奥本の方に投げ渡した。


「こっこれでいいだろ!」

「全く!躾のなっていないガキはコレだから!最初から渡していれば良かったんだ」


 放られた防寒具を手にした奥本は、ボトルを脇に置いて防寒具を身に纏おうとする。しかし、ここで奥本の予想外な事が起きた。


「入らんじゃないか!」


 そう。奥本の巨体では、ガリガリの広瀬の防寒具を着ることは叶わなかった。伊藤は比較的奥本寄りの体型だった為、何とか着る事ができていたが、細身の標準体型の防寒具はどう頑張っても腕すら通らない。しばらく袖を通そうと奮闘していたが、ついにビリッと嫌な音がなる。脇の下の縫い目がガッツリ破れてしまった。


「くそ!この不良品め!後で訴えてやる」


 迷惑なクレーマーだ。無理矢理着ようとした事は棚に上げ、文句を垂れ流す。しかし、これでは大切な防寒具がまた破れてしまった。野口の防寒具も広瀬と同じサイズなので、奥本には絶対着れないだろう。破れて着れなくなった防寒具を地面に叩きつけて怒鳴る。


「くそがっ!」


 叩きつけられた防寒具はかわいそうな事にグリグリと奥本に踏みにじられている。視線を上げ、辺りを見回した奥本はとんでもない事を言い出す。


「そうだ。お前達が防寒具を取りに行きたまえ!」


奥本の指差す先に居たのは、先程防寒具を奪われた広瀬達だった。


「防寒具が無くては寒いだろう?丁度いいじゃないか!」


防寒具を無理矢理取り上げた人間が何を言っているのだろう。奥本は名案だとひとり頷いている。


「なっ!何を言って…」

「俺たちっすか?冗談じゃない!」

「ぼっぼっ僕は、ぃ、行かないぞ」


あまりの横暴に3人は反論する。見かねた五十嵐も擁護した。


「奥本さん、さすがにそれは…」


せっかくの提案に水を差す人々に奥本は眉をひそめた。手にボトルを握り直し、軽く振りながら主張する。


「なにを言っているんだ!コイツらは我々が凍えていた時に何食わぬ顔で防寒具を着てふんぞりかえっていたんだぞ⁉︎そのくらいしても良いと思うがね」


 防寒具を減らした奥本の言葉はあまり説得力は無かったが、皆は先程の凶行が頭に張り付いて反論できない。下手な事を言うと何をするか分からなかった。


 だからだろうか。被害を被るよりは、防寒具を手に入れて身の安全を確保したいと思った者が奥本を擁護し始めたのだ。


「確かに…、私達が凍えているのに関係ないって顔して!ちょっとくらいいいじゃない」

「そうだよ。俺たちがこんなに苦しんでいるのに見て見ぬふりか?」

「そもそも、最初から防寒具を貸してくれればこんな事にはならなかったんだ!」

「お前達はしっかり暖を取ったんだ。元気が有り余っているだろう?そのくらいしても良いじゃないか!」


 気がついたら四面楚歌だった。最初は庇おうとした五十嵐もあまりの勢いに一歩引いていた。


 美雲は不謹慎だがホッとしてしまった。3人が責められ、防寒具を取りに行くよう強要されていると言うことは、自分に取りに行けと言われないと言う事だ。多少の罪悪感はあれど、代わりに行くとは絶対言い出せない。


——ごめんなさい!私は絶対行きたくないの!


 もしかしたら他の人々も同じ気持ちだったのかも知れない。誰かを生贄にする事で、自分の身を守ろうとしていたのだろう。それに、上手く行けば防寒具も手に入る。一石二鳥だ。


 責められる3人には申し訳なかったが、身代わりになる気は誰もなかった。怯えつつも安心した美雲は、強張っていた肩の力が抜け、その場に座り込んだ。棚の影にいる美雲が標的になる確率は低そうだ。


 気づけば、3人の抵抗も虚しく防寒具を取りに行く事に決められた。もちろん命がかかっている3人は最後まで抵抗したが、奥本の振り回す瓶に説得される。


 冷蔵ルームにある瓶を持ち、箱を被って3人は扉の前に立たされていた。



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