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ダンジョン生存競争  作者: りど
1章 倉庫編
6/9

6.スキルの存在

 忘れてはいけない不思議なことを忘れている。美雲は焦っていた。

それは、まるで心の奥底から警鐘を鳴らすような感覚だった。今この瞬間に思い出せなければ、取り返しのつかない後悔をする。そんな本能的な直感が、彼女の胸を締めつけていた。


 思考を巡らせる。しかし頭に浮かんでくるのは、先ほどの地獄のような光景ばかり。

目の前で人が喰われ、血しぶきが飛び、叫び声が響いたあの瞬間。まるで脳が自分を守るために恐怖をループ再生して、ほかの記憶にアクセスできないようにしているかのようだった。


 ——怖い。怖い怖い怖い。思い出したくない……!


 心の奥から湧き上がる恐怖に、美雲は頭を抱えそうになる。だが、そんな彼女の耳に、近くからの声が届いた。


「ふざけんなっ、なんで俺がこんな目に……」

「ありえない、なんでモンスターがいるんだよ……」


 バイト仲間の広瀬、野口、そしてぶつぶつと呟き続けている伊藤。三人は倉庫の隅に寄り添い、まるで現実から目を背けるように口々に言葉を吐いていた。


「レベルもスキルもボクは最強だ……スーパーレアスキルも使えるのに……なんでゴブリンやワーウルフなんかに……」


 伊藤は明らかに現実とゲームの区別がつかなくなっていた。その様子に、美雲は寒気を感じつつも、ふと気づいてしまう。


 ——スキル? ステータス?


 この現実離れした状況の中で、スキルの存在を否定できる理由はあるのか?

 目の前に広がる光景の方がスキルより現実味がない。


 バケモノが現実に現れて人を襲う世界になった今、スキルだってありえるんじゃないか?

そう思ってしまった自分に驚きながらも、美雲は徐々に確信に近づいていく。


 ——確かに、私……『氷結耐性』と『恐怖耐性』って文字が、頭に浮かんだような気がする……


 だが、それが気のせいなのか、恐怖で狂った幻覚だったのか、自信が持てない。


 ——でも、もし本当にスキルがあるなら……!


 死なずに済む切り札になる。希望とも言える考えに、胸がドクドクと高鳴った。

たとえスキルが存在したとして、どうやって確かめたらいいのだろう。耐性なんて目に見えない能力では、実感が湧かない。それでは自分の妄想の域を出ない。例え人に話しても頭がおかしくなったと思われるだけだ。


 ——そうだ、もう一つ……確か、あの時何かのスキルが浮かんだ……『アイテムボックス』だ……!


 その瞬間、美雲の記憶が一気に開かれた。段ボールに倒れ込んだ時、ネズミのようなバケモノを潰してしまったあの瞬間。脳裏に浮かんだ言葉。


——『アイテムボックス』『直感』


 アイテムボックスなら、いかにもファンタジーなスキルで目に見えてわかりやすい。本当にスキルがあるならこれ以上の証明はないはずだ。

 美雲は早速試してみようと、あたりを見渡した。しかし、ちょうどいい物が見当たらない。でもいきなり物が消えて周りにバレても嫌だった。手元の品のハンカチは田中の傷を抑えるのに使っている。

 自分のポケットを探ると、何かに指が当たる。

 のど飴だ。朝姉のために用意されたのど飴をこっそり持ってきたのを思い出した。小さくて軽い。試すにはちょうど良いかもしれない。


 ポケットの中ののど飴をぎゅっと握りしめて、心の中で強くイメージする。


 ——のど飴を、アイテムボックスに収納……!


 次の瞬間、握り締めていたのど飴の感触がなくなった。恐る恐るポケットから手を出し、掌を開く。そこにあるはずののど飴は無くなっていた。


「……っ!」


 思わず息を呑む。手から滑り落ちたわけではない。消えた。美雲の中に、アイテムボックスに入れたという感覚があった。


 ——中に、入ってる……!


 意識を集中すると、頭の中にまるで透明な箱が浮かんでくるような感覚がある。そこに、さっきの飴玉がある。画面は見えない。でも“見える”ような気がする。これがスキルの力だという確信が、じわじわと湧いてきた。


 ——喜ぶのははやい!落ち着いて、取り出してみよう。


 今度は、頭の中で明確に指示する。


 ——アイテムボックスから掌に飴玉を取り出す!


 視線を落とした掌の上に、コロンと飴玉が転がった。


「……できた……」


 その瞬間、美雲の胸に喜びが弾けた。嬉しさ、安堵、興奮、あらゆる感情が一気に押し寄せてくる。今の異常事態を打開する希望だ。


「できた……!」


 思わず声が漏れる。自分が本当にスキルを使えたという、信じがたい現実に、思わず頬が緩んだ。

 これを皆んなに報告したら認めてもらえるかもしれない。一目置かれて尊敬される自分を一瞬でイメージした。ヒーローになれる可能性を手に入れて気分は無敵である。

 一瞬状況を忘れて、ゲームをしていると勘違いしてしまいそうな程。


 間違いない。スキルは存在すると確信した瞬間でもあった。


 美雲の歓喜の声は近くにいたバイトの3人には届いていた。広瀬と野口に不審な目で見られてしまう。


 この状況下で嬉しそうな声を上げるなどおかしくなったとしか思えない。遅れて気づいた美雲は、誤魔化す様に田中の傷を抑えている手を強調した。


「えっと、あの…て、手当てが出来たから…田中さんもきっと助かります。」


 ハンカチを当てただけな状況が手当てが出来ていると言えるかは疑問だが、とっさに出てきたの言い訳がそれだった。怪我人を言い訳に使うなんて、やってしまったと美雲はちょっぴり後悔する。


「お前馬鹿か?そんな女どうでも良いんだよ!」

「そうだ!そんなことしてる暇あるならアレを何とかしろよ。」


 広瀬は田中の生死に興味はなく、それ以上にヒートアップする社員達を指差し、揉めているのを止めろと言う。社員達の会話では誰かが外に防寒具を取りに行くか、今防寒具を着ている人の物を交換で着回すかで意見が割れていた。


 そうかと納得した。広瀬も野口も防寒具を着込んでいる内の一人だ。伊藤は防寒具を奪われてしまい震えているが、二人はそうではない。おそらく防寒具を誰かに貸すのが嫌なのだろう。


——確かに防寒具は必要…。でも着回すのにも限界があるし協力なんて絶対してくれなさそうだな。寒冷耐性にも限界はあるだろうし…どうするのかな?





「だから交代で着回したらいいんですよ!」


 五十嵐はこうなった以上は扉を開ける気はもう全くなかった。扉の外には全く人の気配はない。扉を開けた所で生存者はいない可能性が高く、防寒具を取るだけのために開けるなんてリスクが高いからである。それでもこの温度の中では長時間過ごすことは危険だった。


「私は貸さんぞ。畠山、お前達がやればいいだろう。」


 相変わらずの奥本は全く協力的ではなかった。例えその防寒具が体に合わず、体がはみ出ていても誰にも譲る気はない。むしろ奥本こそXLの防寒具を取りに行く必要があるように見えるが…。畠山は嫌そうに顔を顰め、隅の方で固まるバイト達を指差して言った。


「なんで貸さなきゃならないんですか?イヤですよ。あいつらから借りてください。」


 この会話が聞こえていた広瀬と野口にはいい迷惑である。寒くて死んでしまうかもしれないのに、防寒具を貸すなど冗談じゃなかった。指を指されても目を合わさないように二人は顔を背けてしまう。よく聞くと小さな声で不満や怒りを吐き出していた。


「…はぁ?聞いたか?なんで俺らが貸さないといけないんだよ。」

「アイツは貸そうとしないくせに!」

「ぁ…あ、あれは、ぼっぼっ僕の防寒具なんだ!」


 防寒具を奪われたた伊藤はもちろん怒っていた。ただそれを言えるようなコミュニケーション能力は無さそうなのが残念な所だろう。


 着回す案はこの様子では通らないかもしれない。でも防寒具は必要不可欠である。その様子をさりげなく見ていた美雲は、嫌な考えが頭をよぎった。


——もしも、もしもだけど…アイテムボックスのスキルを今証明したとしたら、私が外に取りに行かされるんじゃない⁉︎


 何もスキルのない人よりは生存率が高く見られるのは確実だ。しかし持っているスキルは戦闘や逃げるのに全く向いていない。いくらスキルを持っていると言っても、成人男性に勝てる能力すら何もなかった。


——やだ。絶対死にたくない!…やっぱり、スキルの事はしばらく内緒にしておこう。そうだよ!言っても頭おかしいと思われるだけだもん。


 美雲は秘密にする事に決めた。スキルのことを相談し、友好的な使い方が浮上する可能性より、自分の危険の可能性を回避する方を選ぶ。


——早く助けて!救助隊とか自衛隊はなにしてるの⁉︎


 スキルを発見した時の興奮は、現実の厳しい状況に直面させられあっさりと消えていた。田中に視線を落としながら、美雲は何より自分の無事を祈る。


「…お願いだから、早く助けにきてっ」


 思わず溢れた小さな声は、誰にも届いていなかった。




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