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ダンジョン生存競争  作者: りど
1章 倉庫編
3/9

3. 非現実的な現実

 頭の奥で鈍い痛みが響いていた。


 ——どこだろう、ここは。


 ぼんやりとした意識の中で、美雲はゆっくりと目を開けた。視界がかすんでいて、蛍光灯の明かりが滲んで見える。喉がカラカラに乾き、息を吸うたびに粉塵が肺に入り込むような不快感があった。


 全身がだるく、頭が重い。だが確かに、生きている。


 ぐしゃりと崩れた段ボールの感触。仰向けのまま目を動かすと、ひしゃげた棚と、床に散らばる商品のパッケージ。崩れた荷物の隙間から漏れるかすかな声と、軋む金属音。


 思い出した。地震だ。倒れて、頭を打った……。


 でも、それだけでは終わらなかった。


 美雲はゆっくりと体を起こそうとした——その瞬間、耳に飛び込んできたのは異様な音だった。


 ズル……ズチャ……。


 湿った何かを引きずる音。そして、低くうなるような呻き声。


 美雲は体の動きを止めた。


 耳鳴りのように周囲の音が重なり合う中、はっきりと聞こえたのは——割れんばかりの悲鳴。


 その叫び声が、まるで美雲の意識を現実へと引き戻す鐘の音のように響いた。


 美雲は、あまりにも現実離れした光景に呆然と立ち尽くしていた。まるでアニメやゲームから飛び出してきたような化け物たちが、扉の向こうを彷徨っているのだ。


 子供や小柄な女性ほどの大きさの、醜悪な人型のバケモノ。だがその体は筋肉隆々で、緑色の肌に小汚い腰巻を巻いていた。どう見ても人間には見えない風貌だった。それ以外にも、成人男性ほどの大きさの狼のような獣や、形容し難いネズミのような生き物が、扉の隙間からちらちらと見え隠れしていた。


 ——これは夢だ。


 現実から逃げたい一心で、美雲はそう思い込もうとした。


 しかし現実は容赦なく彼女に突きつけられる。


 「ぎゃあああああああああああああ!」


 割れんばかりの悲鳴が倉庫内に響き渡り、美雲の頭に響いた。


 「きゃっ……!」


 とっさに耳を塞ぐも、頭痛が襲いかかり、眉をしかめる。悲鳴の方へ目をやると、信じられない光景が広がっていた。


 人間の倍以上ある獣が、見知った人を喰らっていたのだ。


 そのバケモノは、男性の腕を片手で掴み、まるでおもちゃのように引きちぎると、肉を噛み千切るように咀嚼していた。筋肉質の顎がバキバキと骨を砕き、赤黒い血が滴り落ちて床に染みを作っていく。


 男性は悲鳴を上げ続けていた。だが、片腕を食われ、腹を裂かれながらも、なお意識があるのが地獄のようだった。彼の目は涙と血で濡れ、口から漏れるのは苦しみに歪んだ「助けて……」という声だった。


 ボリボリ、グチャグチャ。肉を噛む音と、喉奥で鳴る唸り声が交互に響くたび、美雲の頭の中で何かが壊れそうになる。


 それは、間違いなく“捕食”だった。


 しかも、その声は美雲にも聴き覚えがあるものだった。


 「う、うそ……」


 恐怖で体がびくりと震え、美雲は数歩、無意識に後ずさった。視線は目の前の惨状から離れず、足元がおぼつかないことにすら気づけない。


 背中が何か硬い段ボールにぶつかり、その瞬間、重ねられていた荷物がバランスを崩した。


 「ひっ……!」


 ガタン、と乾いた音が響き、次の瞬間には大量の段ボールがドミノのように崩れ落ちてくる。


 逃げる間もなく、美雲の体は押し倒されるように床に叩きつけられ、崩れた荷物の中に飲み込まれた。不運か幸運か、同じタイミングで別の悲鳴が上がり、崩れる音はかき消された。 バケモノは夢中になって男を食らってたこともあり、倒れ込んだ美雲の存在には気づかなかった。血と肉の匂いに支配された空間の中で、美雲はまるで空気のように見逃されていた。


 その時、美雲の体の下で何かが潰れる音がした。


 ぬめっとした感触。恐る恐る見たその先には、潰れたネズミのようなモンスター。


 「ッッッひぃ……!!」


 漏れた悲鳴はか細く、恐怖で声にならなかった。音を立てれば自分が次に喰われる。美雲は必死に口を押さえ、息を潜めた。


 足元に広がる赤い液体。荷物の隙間から潰れた何かの足。——見ない。見たら終わりだ。


 ——怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い‼︎


 思考は恐怖に支配されていた。小刻みに震える体は動かず、どうすればいいのか全く分からない。


 グチャグチャ、ボリボリと咀嚼する音。そして、だんだん小さくなる悲鳴。


 ——いやっ、死にたくない!


 悲鳴が止んだ、その時。


 コツン、と何かが足に当たった。


 見下ろすと、黒くて赤い、丸い何か——


 それは、さっきまで一緒に働いていた男性の首だった。


 ゴロン、と床を転がったその首は、口元から血の泡を吹き、飛び出した目玉がまるで訴えかけるように見開かれていた。


 その目と視線が合った瞬間、美雲の全身が凍りついた。


 目が合った。ただそれだけで、息が止まりそうになる。視線を外したくても外せなかった。苦痛と恐怖の感情が凝縮されたようなその顔は、美雲の心をえぐり取るようだった。


 ドクッドクッドクッ——


 自分の心臓の音が、頭の中で爆音のように響く。


 その沈黙を破ったのは——


 「扉を閉めろおおおおお!!!」


 誰かが絶叫するように叫んだその声には、ただの恐怖だけでなく、強い“覚悟”が込められていた。搬入口を開けたままにしておけば、モンスターは次々に倉庫内へなだれ込んでくる。すでに何体かが侵入し、被害が出ていた。これ以上中に入れさせないためには、搬入口を閉じるしかない。


 誰もが理解していた。閉めなければ、自分たちも喰われる。だからこそ、命がけでその扉を閉めに走ったのだ。


 倉庫内に響く怒声。


 勇気ある者たちが、モンスターの侵入を防ごうと搬入口のシャッターを閉めに走る。一方、小心者たちは冷蔵エリアの鉄の扉に殺到していた。


 「死にたくねぇ!」

 「早く閉めろ!」


 美雲もその群れに加わり、必死に駆けた。




 わずかに建物の中に侵入してしまったバケモノは、扉を閉めようとしている人達に狙いを定めていた。隠れもせずに扉を動かす人々は密かに逃走を図る人より目についてしまう。


扉が次々と閉じられ、一部の人間は建物に取り残されたバケモノに襲われていた。扉を閉じた事で逃げ場がなくなってしまったのだ。だからと言って外は室内以上にバケモノで溢れている。扉を開けても死んでしまうことは明白だった。


 勇気ある人々のおかげでこれ以上バケモノが入ってくることは無くなったが、狙われてしまっていた。そんな中、扉を閉める事もぜずに鉄の扉の向こう側に逃げ込んだ人々は、自らの安全のために早々に扉を閉じてしまおうとしていた。美雲はギリギリ扉の内側に滑り込むことに成功したのだった。


「邪魔よ、どきなさいっ!」


佐藤が美雲を突き飛ばし、扉は閉じられた。


「こんなとこで死ねるかってのよ……!」


鉄の音が響き、扉は世界を分断した。


「あの鎖を持ってこい!早くしろ!」


 奥本は声を張り上げた。怪我で動けなかったのが嘘のような軽快さだった。皆死にたくないと必死で行動し、素早く扉を開かぬように棚で塞いだ。この時ばかりは広瀬達すら誰も文句など言わずにとても協力的に行動していた。しっかりと扉を塞いでこれで一安心と思ったが…


扉を必死に叩く音がする。


『助けて!助けて!』

『いややああああああ!』

『開けてくれ!頼む!』


外の扉を閉めて逃げ遅れた人々が助けを求めていた。田中が扉を開けようと近付いた。


 「大変!今開けるわ!」


そんな田中を奥本はガシッと掴んで引き止めた。


「何をしている!?外にはバケモノがいるんだぞ!」

「でも!取り残された人がいるんですよ!?」


正義感溢れる田中の言葉は立派だが、ここにいるほとんどの人間は扉を閉める人間を尻目にそそくさと逃げてきた人々の集まりである。そんな危険を冒してでも助けようとする人など少なかった。


「田中さん!危険よ!」


佐藤は必死に言い訳を考えながら奥本を支持した。


「あんなバケモノがいるんだぞ?ここを開けたら全滅だ!」


いつもは温厚な畠山も声を荒げて怒鳴った。皆んなも助けたいという道徳心は持っていたが、身を危険視晒してでも救おうとする気概のある人間なんていなかった。


——怖いっ怖いけど、外の人が死んじゃう!どうしよう…


 美雲も早々に逃げ込んでしまった罪悪感はあったが、見捨てるのも怖かった。助けられるものなら助けたい。でも外の光景が忘れられず、扉を開けて助けようという勇気もなかった。


「皆んな何言っているの!?どうかしてるわ!」


 彼女の声が冷蔵エリアに響き渡る。だが、周囲の人々はお互い顔を見合わせ、怯えた様子で言葉を濁すばかりだった。恐怖に歪む顔をした人々は中々扉を開けるという決断ができなかった。

 田中の言葉を聞いて数人が開けても良いのではと言い始めた。悪役になりたくなくて保身に走ったものや、罪悪感から逃れるために賛同したのだ。


 「すぐに閉めれば大丈夫ですよ!ここで騒がれるほうが危険です。」


 彼はなるべく自分が責められないような言い回しで同調した。田中の行動に対して、明確に否定もせず、責任を曖昧にする言葉だった。


 その言葉に、何人かがこくりと頷く。誰もが悪者になりたくなかった。


 五十嵐が同調し、数人が頷いた。


 ——しかしその時、外の悲鳴が変わった。


 「ぎゃあああああ! いやあああ来ないでえええ!」

 「早く助けないと!!」


 田中は扉を開けようとした——


 ガツンッ!


 奥本が背後から瓶で田中の頭を殴りつけた。


 田中は崩れ落ち、床に倒れた。


 美雲は、その光景を恐怖で引き攣った顔のまま、ただ見ていることしかできなかった。心臓が凍りついたように動けず、視線だけが田中の動かない身体を追っていた。


 奥本はそんな美雲の存在など気にも留めず、無言で鎖を取り出し、扉に巻きつける。


 「もう……開けさせるな……!」



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