4話 エンドワークス
「記憶喪失…だと?」
「ええ、まぁ、なんというか。
記憶がなくなってしまって…俺自身のことも、
ここがどこなのかも正直さっぱりっていうか…」
「…俺?」
「ああ、いや!
私ですよー!
いやだな!言い間違いじゃないですかー!
わ・た・し!おほほほ〜」
「ふむ…?様子のおかしな子だな」
顎に手を置いて俺の様子の変化を怪しむエンドワークス。
仕方なかった、何度も言うように俺は演技派じゃない。
女を演じるなんて、不得意だった。
(あなた、話し下手?)
(悪かったな話し下手で…!
てか!お前にだけは言われたくなぇわ!
文句あんなら自分が出て話せ!)
「ま、まぁとにかく。
とにかくですよ!
助かりました、エンドワークスさん。
おれっ…わ、わたし、森に迷ってすげー困ってたんで。
できるなら、このままどっか近くの街に案内して貰えると助かるなー、とか思っちゃったり?」
「無論、そのつもりだ」
ふぃー。
ラッキー助かった。
いい人?ロボット?との巡り合わせに感謝かな。
とりあえず明日も生きてはいられそう。
「ところで、ルイナ。
その黒い髪に赤い目…君は、イルフ人か?」
イルフ人?
それは…聞きなれないワードだった。
「えー、その、すいません。
記憶なくて、あーっと?イルフ人?」
「ああ、すまない。
そうだったな。
…いや、忘れてくれ。
ただの興味にすぎない」
いや、そこまで聞かれたなら気になるよ。
「なんなんですか、そのイルフ人って」
「むっ…ふむ…」
エンドワークスは顎に手を起き「どうするか」と、しばらく何かを思い、手をぽんと叩いた。
「わかった。
ルイナ、そろそろ日も暮れる頃合い。
今晩はここらで休もう。
君は記憶喪失。
相当の世間知らずのようだしな。人の街に着くまでに知っておくべきことはあるだろう。
今晩、共に火を囲い、そこで今の話の続きをしよう。
君自身のこと、これからのこと」
「あ、ええ、まぁ」
どうも食い気味で決められたことだったから。
嫌だという暇さえなかった。
まぁ、そんな感情もなかったから。
よかったことだけれども。
・・・
「ん…っ」
深夜、目が覚めた。
そこは依然として森。
夜の暗闇の中に、焚き火の明るさが見える。
草の上で寝ていたようだった。
身体を覆うようになめした革製のコートのようなものをかけられている。それを剥がし、続けて焚き火の方を見れば、一体の機械が火にあたっていた。
「起きたか」
起きたばかりの俺を見ていう大柄な機械人間、エンドワークス。焚き火の近くには熊を殺した獲物である彼の大剣に大きめな紐付きの旅嚢が置かれていた。
「…」
状況がまだうまく飲み込めない。
寝る前の記憶がすっぽりと飛んでいる。
確か、俺は、どうしたんだっけか。
エンドワークスと出会ったところまでは覚えてる。なんのとは言わないけれど再誕なんちゃらっていう例の基地から出たらそこは森で、熊の魔物に襲われ、助けられ。
野宿を提案され、それに同意した。
そこからだ。
そこから記憶がとん、と飛んでしまっている。
「ルイナ、体調はどうだ?」
「…ルイナ」
そうだ。
ルイナは?
俺の中にいるもう一人の『私』なら何かを知っているかもしれない…そう思ったが。
寝ていた。
ルイナの意識は今、昏睡の中にいた。
…。
そうか。
なら、無理に起こすのも悪いね。
それにせっかく目の前に聞けそうなロボットがいるんだ、そいつに聞けばいいじゃないか。
「なにか、起こったんすか?」
「ん?なにかとはなんだ?」
「その、寝つく前の記憶が薄くて」
「ああ…それは、倒れたからだろうな」
「倒れた?誰が?」
そう聞けば、エンドワークスはまっすぐ人差し指をこちらに向けた。
「俺?」
「そうだ。
ルイナリンは突然ふらふらと歩き出したと思えば、勝手に倒れた。
アレには驚いたものだ」
…倒れた…。
エンドワークスの話からすると気絶したように聞こえる。
そっか、結構無理してたしな。
心よりも先に身体の方に限界が来たってところかな。
「…やはりまだ体調は優れないか?」
「いや、大丈夫。…っす」
俺の言葉にエンドワークスはふっと鼻で笑った。
いや、鼻なんてないんだけどさ。
「ルイナ、前から思っていたことだが。
話し方に無理がみられる。
もっと、君の素直な話し方でいい」
「…素直。それ、敬語使うなってことですか?」
「うむ、そちらの方が私も嬉しい」
「ああ、そう?
なら、そうする、よろしくなエンドワークス」
正直言って、敬語は得意じゃなかった。
なんだかむず痒くて。
そちらからそう言ってくれるならこちらも助かるものだ。
「さて、ルイナ。
もう少しこちらに寄るといい。
そこだといまいち火に当たらず寒いだろう」
そう、エンドワークスは自身が座っていた石の段差を俺に譲るように立ち上がった。
「ああ、そうかも」
譲られたものならと、
俺は歩きその段差に腰をかける。
「話の前に、まずは腹ごしらえ。
魚でも食うか?
ここらで取れた鮎だ」
そうエンドワークスは焚き火で炙ったばかりの鮎の串刺しの魚を俺にみせた。
「ありがとう、すげー腹減ってたんだ。
ああ、ついでに、水とかもある?
喉からからで死にそーで」
「しまった。水は…汲んでなかったな。
だが近くに川瀬がある。
その鮎もそこで取れたものだ。案内しよう」
鮎は綺麗な川にしかいない。
飲める水なのは間違いないか。
…しかし、なんというか。
完全に子供扱いだな。
こっちはその分楽だからいいんだけどさ。
でも少しの申し訳なさも感じなくはない。
誰にしても任せっきりはよくないよね。
うん、ね、ルイナちゃん?
「いや、方角だけ教えてくれたら一人で済ますよ。
お花摘み(便所)とかも一緒にしてーし」
「いや危険だ同行しよう。私に性別はない。
問題はないだろ?」
「んー、いやそういうことじゃなくてさ。
そこまで弱くないと思うよ?俺。
世話ばかりしなくてもいいっていうか」
「倒れたばかりの人間に言われても説得力ないな」
むむ。
それは、おっしゃる通りです。
反論の余地もない。
「それにな、暇なのだ、私が」
「え?あ、暇?…あーそう?」
「そうだ、ここで一人でいても暇なだけなのだ」
そっかあ、暇なら…仕方ないか。
うーん、ずるいよなー、暇って。
強いよなー、暇って。
暇潰しで大体の動機が片付くんだから。
・・・
エンドワークスのいう通り川瀬ってのは近くにあった。
まずは喉を潤すため、水を両手で掬って飲み、次に服を脱いで身体に付着した熊の血を洗い流す。
ついでにと脱いだ服の汚れの目立つ部分だけを洗った。
完全に水に浸したわけではないから明日の朝には乾くはず。
乾いていることを祈ろう。
下着を装着して沐浴から上がり、木陰に寄りかかりながら俺の安全を監視していたエンドワークスに話しかけた。
「よお、待たせたなエンドワークス」
「む、終わったか」
「うん、血をふけてかなりすっきりしたよ。
俺ってけっこー綺麗好きなのかもな」
「なぜ下着姿なのだ?
その、手に持つ服は着ないのか?ルイナ」
俺が手に持っていた服を着ないことに疑問をもったらしいエンドワークス。
「これ、乾かすの、今から。
だから今晩はずっとこの衣装。
どうだ?美女の裸体だぞ眼福だろ?感謝しろよ?」
「ふむ、なるほどな」
その後、キャンプ地に戻り、エンドワークスの用意した鮎をガシガシと食べた。調味料は何もつけてなかったので味気はないがそれでもやはり鮎。
素材は良く、美味いものだった。
そうしてやることも終わり、後は寝るだけ。
一息つき、俺は燃える焚き火をそのまま見つめていた。
「で、エンドワークス」
ある程度休憩がすんだところで話を切り出す。
「なんだ?」
「さっきの話の続き…を始める前にアンタのことを聞きたい。
アンタ何者だ?
機人ってなんだ?」
「機人か。
最もな質問だな。
うむ、それは…だな。
実を言えば私にもよく分からんのだ」
「よく分からない?」
「自分のルーツについては、昔、今よりはるか昔に人の奴隷として造られたというデータがある。
あるのだが、それ以外がない。
長い年月の間に失ってしまった。
ルイナふうに言えば、記憶喪失だな」
記憶喪失ねぇ。
便利ねぇ、それ。
はたして本当に失ってんのか、どうか。
いや…それは向こうからしてもおんなじか。
俺が言えないことだな。




