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1話 取り憑いた肉体

そこに立っていたのは――女だった。


裸の身体。

腰まで伸びた黒髪がぼさぼさに垂れ下がり、長いこと洗われていないせいか油っぽく光っている。血のように赤い瞳がかすかに揺れ、どこか幼さを残す柔らかな顔立ち。

ほんの小さな胸の膨らみも見えた。


《女だ》

思わず反射的に頭に浮かんだその言葉が、脳内で反芻する。


間違いない、これは――女の身体だ。


それも若い。恐らく10代ほどだろう。

14歳とかそこらの未成熟な身体。


取り憑いた。

そんな身体はどうにも変だった



俺はガラスの壁でできた狭い空間で目覚めた。

透明な壁に四方を囲まれ。

外からはいくつかの人間がじっとこちらを見つめている。


彼らはどうにも奇妙な格好をしていた。

顔全体を覆うフードのような形状の仮面を身につけ、その下の表情は見えない。真っ白な衣服を纏い、それは何かの儀式の一環であるかのように整然とした姿である。


ここは非常に居心地が悪かった。

まさに見せ物のようだった。

ショーケースに並べられた人形にでもなったかのような状況。


視線を少し下へ逸らすと、光の反射角が変わりガラスは俺の姿を鮮明に映し出した。


そこに立っていたのは女だった。

黒髪で赤い目を持った女。

オリジナルの俺とは全く異なる性別の異なる姿。

なのに、今、俺はこの女として生きている。

この肉を動かし、この肉の中で、

この肉として生きている。


「――――憎い」


突然、喉の奥から、

抑えきれない感情が込み上げた。


首を抑えボソリと溢した掠れた声は、他の誰でもない俺が言った言葉だった。


「ぐっ…」

瞬間に裂けるような痛みが脳裏を駆け巡り、

胸の奥で何かが爆け、暴れ始める。


なんだ…?今のは…?


強い感情の揺さぶりだった。

いや感情というよりは思念のような。

でもすこし、それらとは違うような。


この奇妙な感覚は、例えるなら、そう。

余りにも歪んだもの、


―”憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い””憎い”


言葉という区切りに無理やり押し込むのならば、


“憎しみ”だった。


(…何が憎いんだ?)


だから、聞いてみた。

彼女が答えるかどうかなんてわからないし、この身体の中にまだ意識が残っているかどうかも不確か。

それこそ、これは半ばダメ元のような試。

だけど、なぜか不思議と、できる気がした。


――――殺す。


(殺す?)


―――目の前のあいつらを全員殺さないと。

私も殺される。

みんな殺された。

私以外はみんな死んだ。

みんな殺された、残された。

私だけが生き残った。

一人残らず殺さないといけない。

嫌だ、死にたくない。

死にたくない!死にたくない!死にたくない!

死ぬのは嫌だ!消えるのは嫌だ!


なら、殺さないといけない!

殺すんだ、殺された、もう殺して、

残るのは嫌だ、一人は嫌だ、

死ぬのは嫌だ、辛い助けて、いや殺して、辛い苦しいの、もう嫌だ嫌だ、でも死にたくない、何も残してない生きたい、殺さないと、違うっ違うっ違うっ違うっ本当は私が殺した、私が死ねばよかった、死にたくなかった、許して許してそんな顔で見ないでお願いお願い嫌だやめて引っ張らないで嫌だ、そっちにいきたくない…いきたくない、いきたくない、いきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいきたくないいいいいいいいいいい―――――――――。


ブチリと俺らを繋ぐシグナルが遮断される。

けど身体は正直なようでガタガタと震えていた。


吐き気もひどく、熱もある。

それどころか心拍も不安定で尋常ではない汗。

つまり体調が最悪。


もう一度言おう。

取り憑いたこの身体はどうにも変だった。

おかしすぎた。


彼女は、怯えていた、怖がっていた。

何に対して怖がっているのか、

俺には分からなかったけど。

こんなに怯えてしまって、震えてしまって、ただ、可哀想に思った。

できることなら助けてあげたい。


…そう思ってしまった。


(…分かった)


胸に手を当てて答える。

少しずつだが、身体の震えが収まってゆく。黙ってゆく。


やがて、震えは完全に止まった。

胸の中の彼女は眠ったのだろう。


「ふぅ…」


なるほど…。

なるほど。なるほど。

ざっくりだが把握した。


どうやらこの体にはもう一人、

自分とは異なるもう一人の人格いるらしい。


いや、元々いたというべきだろう。

こちらの方から彼女の身体に一方的に入り込んだというのが、表すべき一番の正解な気がする。


ガラスの壁に手を当てる。

少し力を込めれば、パリンと音を立てて簡単にバラバラと崩れ落ちた。

割れた細かな破片が腕に刺さってちょっと痛い、出血も見られるけどそこは我慢我慢。


『おおっ…』

と、

そんな俺の姿を見て、目の前の仮面集団の感嘆の声があがる。


「お待ちしておりました。主よ」


その中でも一番位の高そうな、真っ白な装束を身につける、仮面の方も一際立派な男が俺の目の前で膝を立て首を垂れ跪く。

それに続くように後ろに並ぶ人間も次々と頭を下げていった。


…なんだ…?

何が起こっている?


状況がまったく飲み込めない。


彼らは次々とその仮面を脱ぎ初め

ボトリ、ボトリと仮面を捨てていく。


なんだ…?


仮面の中の顔は老若男女様々な人間だった。

そして、その全てが泣いていた。

中にはひきじゃくるように泣く者、涙をこらえる者、最後に先程話しかけてきた、おそらくこの場のリーダー格であろう男が仮面を脱ぐ。


脱いだ先に見えたのは初老の男の顔だった。

彼も涙を浮かべていた。

何かを言いたげに、それでも堪え、口を手で塞ぎながら。目尻が伸び、頬に流れる涙、徐々に激しくなる瞬き。


なんなんだ…?これは…?

この光景は?

まるで自分が彼らにとっての神様のような、

崇め奉られてるかのような。


…分からない。


分からなかった。

自分のことも、彼らのことも。

何もかも。

記憶が曖昧ではっきりとしない。

靄がかかったかのように思い出せない。


俺は…なんだ…?

何者だ?


…。


考えたって、やっぱり分からない。


性別は、どちらかというと男だったはずだ。

…うん、そうだよな男だった。

……ちゃんと男だった。

でもどうしてだろうか…。


両手で胸を揉んでみる。

二つのふくらみ。

何も感じない、何の興奮も覚えない、それは男として、下半身に生えるべきものがないからか?


たとえるならば…

自分の尻を揉む感覚に近い。

自分の尻を揉んでる時の何してんだ……って感じだな。

って、今はそんなことどうでもいいか…。

とりあえず、この状況をどうするかを決めないと。


ん~。

はてさて……。

…そうだな。


分からないから。

心に忠実に、身体に正直に。

腹が減ったら飯を食べるように、

眠くなったら寝るように。

あくびが出たら屁も一緒に出るように。


憎しんだから、彼らを皆殺しにすることにした。


だってさ。

その方が話しやすいことだろう?

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