居酒屋にて
「あー疲れた~」
仕事を終わらせた私は時計を眺めた。時計の秒針は午後八時を少し過ぎたところを指していた。
あと二十分弱。私は急いで帰宅の準備に取り掛かった。
会社から出ると私は全速力である場所に向かった。今日は待ちに待った最高の日なのだ!
息を切らしながら着いた場所にはスーツを着た月椿ちゃんの姿があった。
「おーい、蘭音~」
「月椿ちゃんお待たせ」
「八時三十分。待ち合わせ時間にぴったりだね」
「会社から全速力で参りました」
「だから息切れしてたんだね」
「楽しみで体が先走ちゃったよ」
「じゃあ行こうか」
「うん」
そうして私たちは、金曜日のゴールデンタイムの飲み屋街に向かった。
しばらく飲み屋街を歩きよさげなお店を見つけ、私たちはそのお店に入った。
「いらっしゃいませー!」
入るとそこには活気のいいお兄さんと厳格そうな親父さんがせっせとお店を切り盛りしていた。
「何名ですか?」
「二人で」
「それでは奥の席をお使いしてください。二名様入りました!」
私たちは奥のテーブルに通された。店の壁には様々な料理の名前が張ってあり、居酒屋らしさ全開の趣のある光景に私は心が躍った。
席に着くとお兄さんがおしぼりを出してくれた。おしぼりは暖かくて気持ちい。
「とりあえず生二丁で」
「はい! 生二丁入りました!」
そいいうとお兄さんは厨房へと姿を消した。
「ビールが飲める……」
「この数ヶ月間ダイエットを頑張ったご褒美だよ、でもリバウンドしたらビールはおわずけだけど……」
「分かりました」
数か月ぶりのビール。あ〜早く飲みたい。
そうこうしていると、大ジョッキ二つを片手にしたお兄さんが厨房から現れた。
「こちらお通しと生二丁です!」
キャー。待ってたよビールちゃん!
そして、お通しの鶏胸肉の唐揚げ。胸肉はダイエット期間の時に死ぬほど食べたからさ正直飽きてきててきていた。しかし唐揚げともなると話は別だ。これこそビールに合う最強のおつまみ! 店員のお兄さん。お通しのチョイス最高です!
私は唐揚げを橋で掴むと勢いよく口に運んだ。
サクッと音を立てると口の中は大量の肉汁で満たされた。唐揚げはフルーツとはよく言ったものだ。味付けもさっぱりしていて、いくらでも食べられそう。
私は唐揚げを飲み込むとすかさずビールを流し込んだ。ビールが喉を通るたびに幸せホルモンが溢れ出してくる。
「っぷは!! すいません生おかわり!!」
「はい! 生おかわり入りました!」
店員のお兄さんにおかわりを頼み、私は唐揚げを食べ進めた。
月椿ちゃんがこちらを見つめてきていた。
「いや〜蘭音って本当にいい飲みっぷりだなーって」
「数ヶ月間ずっと我慢してたからね! そういう月椿ちゃんこそいい飲みっぷりだったよ」
「会社で溜まったストレス発散はこれが一番だからね……」
ハハハと笑う月椿ちゃんの目は笑ってなかった。きっとまた会社で嫌なことがあったに違いない。
「すいません生おかわりで」
「はいよ!」
私が唐揚げを食べ終わる頃、月椿ちゃんもビールを飲み終えていた。
そしてものの数分でジョッキを飲み干した私達は各々食べたい料理を注文した。
「はい、こちら生二丁に枝豆とちゅうりの一本漬、馬刺しと刺し身の盛り合わせです!」
「ありがとうございます!」
うわ〜美味しそう!
テーブルによそられた料理はどれもビールに合いそうなものばかりだった。
これはビールが進む。
私はまず初めに、枝豆に手を付けた。
摘むと中の豆が出てくるこの作業が小さい頃から好きでよく食べてたっけ……。
私は枝豆を加えてそのまま中に入っている豆をにゅっと口の中に押し出してた。
皮に少量の塩が掛かっているのか少し塩気が効いていてとても美味しかった。
豆を数粒口に含み咀嚼し、一気にビールで流し込む。
枝豆の塩気とビールの苦みが程よく混じり合っている。これこそ大人の味!
気がつくと枝豆はお皿からなくなっていた。あれだけ入っていた枝豆はすべて消え、残っていたのは豆の入ってない皮だけだった。もう少し味わって食べればよかったかな?
後でもう一度頼んでみよう。
そして枝豆が無くなったのならば次のものを食べればいいだけ!
私は馬刺しに目標を定めた。
馬刺しはとても丁寧に捌かれていて、食べるのが勿体ないほどに綺麗だった。
馬刺し。小さい頃、馬を食べるという事実を知ったときは驚いたものだ。それまでは牛や豚、鳥を食べるのが当たり前だった私にとって馬を食べることは未知の体験であり、初めて食べたときはその味に衝撃を受けた。マグロ似た同じ味がしたのだ。『馬ってマグロだったの!?』とその時は思っていた。
私は生姜を少し乗せて、醤油の皿に潜らせた。
口に入れると生姜と醤油の風味が馬刺しによく絡み合ってさっぱりした味わいになっていた。
美味しい!
馬刺しは弾力が有りながらも柔らかく、私はその食感を口の中で味わっていた。
月椿ちゃんの方を見るときゅうりの一本漬けを食べ終えて、刺身の盛り合わせに箸を伸ばしていた。
刺し身を上品に食べる月椿ちゃんは一種の芸術作品のようで私はつい見とれていた。
「どうしたの?」
「いや……月椿ちゃんの食べ方が綺麗だからつい見とれちゃってたよ」
「そう? ありがとう?」
「なんで疑問系なの?」
「いや、食べ方を褒められたことが余りなかったから、その反応に困っちゃって……」
可愛い。月椿ちゃんのこんな反応滅多にお目にかかれることが出来ない。カメラで録画したい。
「なんだか楽しんでない?」
「楽しいんでるよ」
月椿ちゃんは顔を少し赤くしながら刺し身を食べ続けていた。
◇
馬刺しも食べ終えてしまった私は壁に貼ってあるメニューを眺めていた。
まだまだお腹には余裕がある。それにビールも無くなってきた。ここはひとつ重いものでも食べてみようかな。
長考しているとある文字が私の目に止まった。
”ネギトロ丼”
ネギトロ丼。いいかもしれない。月椿ちゃんが刺身を食べてるところをみたらなんだか私も海鮮を食べたくなってきちゃった。折角だし頼んでみようっと。
「すいません!」
「はい、なんでしょうか?」
「このネギトロ丼って生卵を付けることってできますかね?」
「大丈夫ですよ!」
「じゃこのネギトロ丼に生卵付けてください、あと」
「分かりました」
「蘭音、食べるね……」
「お腹が空いてるからね、まだまだ食べれるよ!」
「程々にしときなよ」
「分かってるよ」
私は残りのビールを飲みほした。
「お待たせしました。ネギトロ丼と生卵です」
「ありがとうございます」
来た~! どんぶりにこれでもかとよそられてるネギトロに圧倒される。ネギトロの上に掛かってる刻みのりとネギがますます食欲をそそらせる。器に入ってらる白い殻の卵を割ってネギトロ丼に落とす。醤油瓶を取り、ネギトロ丼にまんべんなく振りかける。これだけでも美味しそうなのだけどもうひと手間。私は黄身を中心に箸を入れると一気に潰して見せた。とろっと流れ出す黄身は見るだけでよだれが出そうになった。
しっかりと醤油と黄身をネギトロに馴染ませて私はネギトロ丼を口に運んだ。
あ~幸せ~。口の中が満たされる。口に入れるたびに幸せが溢れてくる。
醤油と黄身がネギトロ丼をさらに美味しくさせる。
この料理を作りだしてくれた人を私は心の底から尊敬した。
「ごちそうさま!」
私は丼に米粒ひとつ残すことなくネギトロ丼を食べ終えた。
「じゃそろそろ帰ろうか」
「そうだね」
「お会計が七千三百円になります」
そこそこ値段が行ってしまった。食べ過ぎちゃったかな……。この金額を月椿ちゃんに払わせるわけには行かない。
「今日は私が払うよ」
「そう? じゃあお言葉に甘えて」
会計を済ませた私達は店を出た。
「このお店料理がみんな美味しかったね!」
「料金も他と比べると結構安いし、なにより店員さんの接客も良かったね」
「また来ようよ」
「だね、そのうちここに通うようになったりするかもね」
「それもいいね!」
軽い談笑を交えつつ私達は帰路に着いた。