二日酔いにモンブラン
「うぅ~うっ気持ち悪い……」
目覚めた私は強烈な吐き気に襲われた。二日酔いだ。
調子に乗って四本も飲まなきゃよかった。
「だから言ったのに……」
横から月椿ちゃんが憐みの視線を向けてくる。
「はい、どうぞ」
台所から月椿ちゃんがお椀を持ってくると蹲ってる私の前に差し出した。
「これは……?」
「二日酔いに効くしじみ汁だよ。熱いから冷ましながら飲みなよ」
「月椿ちゃんありがとう〜」
私はしじみ汁を少しすする。温かい。体の芯から温まる。二日酔いで駄目になった頭にオルニチンが染み渡る〜。
「美味しかった。ありがとう月椿ちゃん効いたよ」
「それは良かった」
お椀をシンクに置き、私は出勤の用意を始めた。
「本当にごめんね。折角のデートを……」
「大丈夫だよ、そんなに重く受け止めなくていいよ」
「ありがと〜」
思わず月椿ちゃんに飛びつく。
「今日も美味しいもの作って待ってるから。お仕事頑張ってね蘭音」
「うん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
月椿ちゃんに手を振り、私は会社に向かった。
◇
会社に着くとそこには目を見開かせながらデスクにかじりついてる人の姿があった。
「おはよう、槻木君」
「あぁぁ、おはようございます一ノ瀬さん。今日は本当にありがとうございます」
槻木君はどんな人にでも敬語で接する真面目な性格やそのルックスで社内で密かにファンクラブができるほどの人気者だ。真面目すぎるが故にどんな仕事も断ることのできない少し可哀想な人でもある。
「じゃこの資料の制作を頼んでもいいですか?」
「分かったよ。それと槻木君は少し寝てて、その顔多分寝てないんでしょ。無理してたらミスも増えちゃうし体調も崩すからしっかり休んで」
「でもそれじゃ一ノ瀬さん一人でやることに……」
「でもじゃない。いいね、ちゃんと寝ること」
「はい……」
そういうと槻木くんは、渋々会社の中にある仮眠室に向かってった。
なんかゾンビみたい……。
槻木君が寝ている間、私は頼まれてた資料を一人で黙々と作っていた。
資料を作っている時間はとても長く感じられ、やる気が失われてたがお昼に月椿ちゃんお手製のお弁当を食べたことで私は少しやる気を取り戻した。
二時を過ぎた頃、槻木くんが仮眠室から戻ってきた。少しばかり顔色が良くなった気がする。
「一ノ瀬さん、ありがとうございました」
「大丈夫だよ。それよりちゃんと休めた?」
「お陰様で、この通りバッチリです」
「それは良かった」
二人してケラケラと笑い合う。
「そうそう、資料こんな感じでいいかな?」
私は出来上がった資料を槻木くんに見せると槻木くんは豆鉄砲を食らった鳩のように驚いた。
「え、これ一ノ瀬さんが一人で作ったんですか!?」
「私以外に誰がいるというのか」
「凄く見やすくて丁寧な資料だったからつい、ごめんなさい」
「いいよ、全然気にしてないから」
槻木くんは真剣に資料を見渡しながら、凄い、凄いとずっとつぶやいていた。
そんなに褒められると少し照れるな〜。
六時を回る頃、私と槻木君は資料を作り終え、会社を後にしようとしていた。
「今日は休日なのに手伝ってくれてありがとございます、一ノ瀬さん」
「気にしないでいいよ。困った時はお互い様だし、そもそも悪いのは浜野さんのせいだし……」
「部長には少しキツく言ってもらうようにするね」
「そのほうがいいかもね」
「それじゃ」
「うん、じゃね〜」
会社の前で槻木君と別れると私は駅に向かって歩き出した。
ふいに、駅までの道中にケーキ屋さんがあったのを思い出し、そのケーキ屋さんに向かった。
ケーキ屋さんに入るとそこには色んな種類のケーキが綺羅びやかに並べられてあった。
「あ〜美味しそ〜」
全部食べたい!
しかし全部食べた暁には私の体重はとんでもないことになってしまう。それだけは避けないと。
それにしても迷う。ショートケーキにチョコケーキ、モンブランまでどれを買おうかひたすら迷っている。
「月椿ちゃんは確か、モンブランが好きだったよね」
今日のお詫びと言っては何だが、少しは月椿ちゃんに喜んでもらいたい。
「それじゃ、私もモンブランにしよーっと」
意を決して店員さんにモンブランを二つ頼み、渡されたモンブランを持って私はおもむろに帰路に着いた。夕飯がますます楽しみになった。
◇
「ただいま〜」
「おかえり、お仕事お疲れ様」
家に変えるといつも通り月椿ちゃんが出迎えてくれた。
「はいこれ!」
私は持っていたモンブランを月椿ちゃんに手渡した。
「なにこれ?」
「モンブラン。帰り道にケーキ屋さんがあってそこで買ったんだ、月椿ちゃんモンブラン好きでしょ。今日のお詫びってわけでもないけど食後のデザートにどうかなーって……」
「……ありがとう蘭音」
月椿ちゃんは微かに微笑んだ。
部屋に上がり、お風呂から出てくると私のお腹がぐぅ〜っと音を立ててなった。
お腹が空いた。
「月椿ちゃん、今日のご飯何〜?」
「何だと思う?」
キッチン除くとそこには、牛のひき肉にキャベツ、トマトペーストが置いてあった。
野菜炒めではなさそう……。
「出来てからのお楽しみ」
「うぅ〜待ち切れない〜」
なんだろう、我ながら子供っぽい気が……。
ご飯ができるまでの時間は永遠とも思えるほど長く感じた。文庫本を読み漁ったり、仕事の用意をしたりするとなんとなく時間が過ぎていく。
七時を回った頃、月椿ちゃんがキッチンからお皿を持って出てきた。
「お待たせ」
「待ってました!」
ゴトッと置かれた皿の中には蓋がされていた。
「それじゃあ行くよ!」
「はいさっ!」
蓋を開けると香ばしい匂いは顔を包みこんだ。
目を見開くとそこにはトマトスープに浸されてあるロールキャベツがあった。
「おお! ロールキャベツだ!」
「ずっと作って見たかったんだよね、初めてにしてはよく出来たと思うよ」
「こんなに綺麗なローツキャベツ見たこと無いよ」
「ふふ、ありがとう」
光り輝く真っ赤なトマトスープにひき肉がぎっしりと詰まった本体。まるで宝石のような美しさだった。
眺め終えると、私と月椿ちゃんは手を合わせ始めた。
「「いただきます」」
至福の時間が始まった。
ホークでロールキャベツを刺し、中心からナイフを入れ込むと肉汁が滝のように溢れ出してきた。
口に運ぶと煮込まれて柔らかくなったキャベツがひき肉と共に溶け出す。
「ウマ〜〜」
ほっぺたが溶けちゃいそう……。
「スープも飲んでみて」
「スープ?」
お皿を除くと肉汁が溶け出したトマトスープがキラキラと輝いていた。
スープを口に運ぶとトマトの酸味とひき肉の旨味が口の中に広がり、私はそのまま一気にスープを飲み干してしまった。
「ハァ〜〜」
こんなに美味しいトマトスープは飲んだことが無い。微かにコンソメの味があって溶け出した肉汁と混ざってとても濃厚な味わいになってる。
月椿ちゃんの方を見ると、月椿ちゃんはニコニコしながら私のことを眺めていた。
「ほんと、蘭音の食べっぷりは見てて飽きないな。見てるこっちまで幸せな気持ちになれるよ」
「月椿ちゃんの料理がどれも美味しいからだよ〜」
「ありがとう」
「おかわりしてもいい?」
「どんどん食べてよ」
「やった!」
私は殻になったお皿を持ってキッチンに向かった。
「食べたな〜」
おかわりも一通り食べ終え、私は冷蔵庫からモンブランを取り出した。
お皿に装ったモンブランは一種の芸術品の用に美しかった。
「このモンブラン凄いね……糸の量が他のモンブランより全然多いや」
「私も初めて見るモンブランだったからつい買ってきちゃった」
そのモンブランは糸がそうめんのように細長く全体に掛かっている分、迫力が凄まじかった。
「「いただきます」」
サクッと音と共にホークがゆっくりとモンブランに沈んでいく。
口に運ぶと栗の香りと甘さが一気に口の中に広がった。栗の甘さを堪能していると糸の下にあったバニラアイスの味が後からやってきた。
モンブランにバニラアイスってこんなに合うんだ……。
「このモンブラン美味しいね!」
月椿ちゃんは口を抑えながら、目を輝かせていた。
「モンブランにバニラアイスって意外な組み合わせだな〜って最初思ったけど、味わっていくうちに栗とアイスが混ざり合った甘さが心地良くなってく……私これ好きだな〜」
「月椿ちゃんが喜んでくれたなら私は嬉しいよ」
顔を見つめ合い、二人同時に微笑む。
この何気ない時間が一番好きだ。