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⑤とんでもない提案


 父の執務室をノックしようとしたフィーリアは、中から聞こえるロイドの声でそのまま固まってしまった。


「ランディスをどうか許してやってください! 司令官様‼」


 てっきりルシアとの婚約を頼みにきたのだと思っていたが、ロイドはそんな人ではなかった。


 大切な部下が、フィーリアとの婚約破棄で騎士団から追放されるのを撤回してもらうために来たのだ。


(やはりロイド様は他の方とは別格の、崇高な騎士様だわ)


 自分のルシアへの想いや嫉妬なんかの私情よりも、部下を思って司令官である父に直談判じかだんぱんにきたのだ。


「ランディスはまだ若く少し魔が差したのです。ルシア嬢のように可憐で美しい令嬢が近付いてくれば、つい気持ちが暴走してしまうこともあるでしょう」


 同じようにルシアを想っているロイドならば、惹かれてしまう気持ちがよく分かるのだろう。


「フィーリア嬢を傷つけてしまったことは、私が厳しく罰を与え指導致します」


 可愛い部下に罰など与えたくないだろうに、フィーリアの手前厳しく接するしかないのだろう。自分のせいでロイドに嫌な役をさせてしまって申し訳ないと思う。


「だからどうか騎士団からの追放だけは撤回してください。どうかランディスにご慈悲を」


「……」


 父は考え込んでいるのか、部屋の中は沈黙が続いている。


 フィーリアも部屋に入って一緒に父に頼んでみようかと思った。


 私は大丈夫だからと……。


 しかしその時、父はとんでもないことを言い放った。


「どうしてもランディスを許して欲しいというなら、ロイド、そなたがフィーリアの婿となってペリゴール侯爵家を継いでくれ。そう約してくれるなら、ランディスを許してやろう」


(な‼)


 なんてことを言い出すのだと、フィーリアは部屋に怒鳴り込みそうになった。


(いくら私の結婚相手が見つからないからって、こんな脅迫めいた取引でロイド様に無茶なお願いをするなんて……卑怯だわ、お父様!)


 我が父ながら、なんて卑怯な申し出をするのかと腹が立った。


(そんな理不尽な取引など、ロイド様が受ける訳がないのに!)


 ロイドに申し訳なくて、恥ずかしくて逃げ出したくなった。


 だが次の瞬間、ロイドは信じられない答えを返していた。


「分かりました。私がフィーリア嬢と結婚します。それなら……ランディスの追放を帳消しにしてくださるのですね?」


(な! 何を言っているの? ロイド様は正気なの?)


 部下のために、自分の結婚を決めてしまうの?


 ルシアへの想いまで封印して?


 そんなの……そんなの、あまりにロイドが気の毒だ。


 フィーリアは思わずばんっと扉を開いていた。


「お、お待ちください! そのような取引に応じる必要はありません、ロイド様‼」


 そして叫んでいた。


 驚いた顔で父とロイドがフィーリアを見つめている。


「聞いていたのか、フィーリア。ならば話が早い。ロイドがそなたと結婚することになった。婚約の日取りなどは改めて話し合おう」


「な、何を言っているのですか、お父様! ご自分がロイド様にどれほど理不尽なことをおっしゃっているのか分からないのですか?」


 父はフィーリアの言葉を受けてロイドに視線を向けた。


「理不尽なのか? ロイド」


 ロイドはぴしりと胸に手を当てて姿勢を正し、上司の問いかけに慇懃いんぎんに答えた。


「いいえ。司令官様のお申し出を光栄と思っております。私などがフィーリア嬢を妻とし、司令官様を義父ちちと呼べることは最高の幸せでございます」


 いやいや、棒読み。


 棒読みになっているじゃない。


 どんな理不尽な命令をも遵守じゅんしゅしようとする騎士道精神以外のなにものでもない。


 こんな父の横暴で、ルシアへの恋心を封印してしまうなんて気の毒すぎる。


 大好きなロイドだからこそ、苦しい思いをさせたくない。


「冷静になってくださいませ。ロイド様にも思いを寄せるご令嬢もいるでしょう? 私などではなく、どうかご自分の本望を遂げてくださいませ」


 もちろんルシアのことだ。

 しかしロイドは思いがけない言葉を返した。


「本望だからこそ、お受けするのです。私はずっとフィーリア嬢を好きでした」


「‼」


 いやいや、うっかりときめいてしまうそうになったじゃない。


 その言葉をなぜ父を見ながら言っているのよ。

 絶対嘘じゃない。


 胸に手を当てたまま、気難しい顔で父に宣言している。


 心に秘めていた愛を告白するような甘い表情では決してない。


 こんな大嘘までついて、忠義な騎士道精神もここまでくればあっぱれだ。


 そして父に目を向けたまま、ロイドはフィーリアに尋ねた。


「フィーリア嬢は……私と結婚するのは嫌ですか?」


「い、いえ、まさか……。わ、私には申し分のない方ですわ。私のことではなく……」


「ならば、問題ありません。私と結婚してください」


 ロイドはフィーリアの言葉をさえぎり、かぶせるように告げた。


 いや、こっちを見てないって~‼


 相手の顔を見ないでするプロポーズなんてあるの?


 しかも眉間に皺をよせ、けっこうな怖い顔になっている。


 こんな怖い顔でプロポーズをする人っているの?


 本心に反して、無理して言っているのが見え見えだ。

 

 父は唖然とするフィーリアと、必要以上に怖い顔で自分を見つめて愛の告白をするロイドを交互に見て、こほんと咳払いをして告げた。


「うむ。これで話はまとまったようだな」


 いや、どこがっ⁉


「では詳しいことは後日改めてしようではないか。追って連絡する。二人とも下がりなさい」


 ロイドの気が変わらないうちにと、父は問答無用に会話を終わらせてしまった。


 こうして、フィーリアとロイドの結婚が決まった。


「ちょっ……、ロイド様っ!」


 父の部屋を出ると、ロイドは逃げるように大股で去って行って呼び止めることもできない。


「ど、どうするのよ~」


フィーリアは混乱したまま、いつものように厨房に向かいスパコーン、スパコーンとパン作りにいそしんで、気持ちを落ち着けるしかなかった。




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