ピンク頭として断罪されました…
―アイザック=ローウェル様と婚約―
ご令嬢たちの婚約者を誘惑していたセラフィーナに提案された罰の内容に、会場は一瞬シン…と静寂に包まれた…この静けさは何?嫌な予感しか…
「な…」
「そ、っ、それは…」
「「「名案ですわ!!!」」」
会場内の令嬢たちから、一斉に声が上がった。というかハモった。
「さすがはエレノーラ様。確かにそれ以上の罰はありませんわ!」
「なんて素晴らしいのでしょう。これで皆さまも安心して暮らせるというもの」
「愛らしいセラフィーナ様にはぴったりの罰ですわね!」
当事者の私を無視して、会場は異様な盛り上がりをみせていた。さっぱり話が見えないのだけど…どういう事?そのアイザックなんちゃらって人はそこまで問題がある人なの?どうやらこの空気から、その人物は婚約者が出来ない問題児、ととれるのだけど…
「あ、あの…」
「ああ、セラフィーナ様。私たちの為にありがとうございます!」
近くにいたご令嬢にガッチリ両手を握られて、キラキラした瞳でお礼を言われたけど…いや、待って、私受けるなんて一言も言っていないんだけど…
「その…ろーなんちゃら様とは、一体?」
とりあえずその人物について知らなきゃ返事なんか出来ないだろう。勝手に婚約させられちゃたまったもんじゃないと、私は相手について尋ねた。こっちも人生かかってきたから必死だ。いきなり何なんだ、この展開は…
「アイザック=ローウェル様ですわ!我が国の英雄ですわよ」
「それに、黒晶騎士団長で侯爵家のご当主でもいらっしゃいます」
「国王陛下の覚えもめでたくて、でも中々婚約者が見つからないので陛下も気を揉んでいらっしゃるのです」
「先日も隣国との戦闘で武勲をお上げになって…」
「今度こそは陛下が婚約者を指名されるとか…」
はぁ、英雄で黒晶騎士団長、しかも陛下の覚えもめでたい侯爵家のご当主ねぇ…お幾つか知らないけど、そんな優良物件そうな人が未だに婚約者もいないって…何かもう、嫌な予感しかしないんだけど…
「それほどに素晴らしい経歴の方がどうして今まで?」
「そ、それは…」
あ、令嬢が一斉に口ごもった。やっぱりこれ、経歴は華々しくても不良物件なわけね。
何だろう…ドSとか鬼畜とかの変な性癖の持ち主?それとも既に五十を過ぎたおじさんとか?はたまた背が低くてとんでもなく醜男だったり?実はギャンブル狂で借金で首が回らないとか?
「ああ、セラフィーナ様、ご心配なく。ローウェル様は立派な騎士様ですわ」
「ええ!お背も高くて、騎士らしい素晴らしく逞しいお身体の持ち主です」
「職務にも忠実で、戦闘では鬼神のごとき働きをされるのだとか」
「そうそう。ちょっと目つきが怖くて無表情で、何を考えているのかわかりませんけど、そこがミステリアスだと言われていますの」
「お顔に傷が残っていらっしゃいますが…それも男性にとっては勲章だと言われていますのよ」
「お歳は三十ですが…少々浮ついたところがおありになるセラフィーナ様にはピッタリじゃありません事?」
「……」
なるほど…そのローウェル様とか言うのは、身分も地位も申し分ないけど、筋肉ダルマで敵には容赦しない冷徹な性格で、目つきが悪くてむっつりで、顔に目立つ傷のある非モテのアラサー、って事でいいのかしら?でも…
「でも、そのようにご立派な方では、子爵家の私では釣り合わないのではありませんか?いくら私が名乗り出たところで相手にされないと思いますわ」
そう、この世界は身分に厳しいのだ。しがない子爵家の私が侯爵夫人なんてあり得ない。そんな事、陛下がお許しにならないだろう。
「そこは大丈夫ですわ!」
「へ?」
「中々婚約者が決まらないからと、男爵家以上の令嬢であれば誰でも立候補可能なのです」
「え?でも、他に上位の家格のご令嬢がいらっしゃったら…」
「そこもご心配なく!募集を始めてから半年ほど経ちますが、まだお一人も名乗り上げておりませんから!」
「そうですわ。ですからセラフィーナ様の不戦勝ですわね!」
男爵家以上に範囲を広げて、尚且つ半年経っても応募者ゼロって…
(そんな不戦勝、嬉しくなーい!)
「ええ、ええ。侯爵夫人だなんて羨ましいですわ」
「セラフィーナ様の美貌でしたら問題ないでしょうし」
「まさに美女と野じゅ…いえ、何でもありませんわ」
あ、今野獣って言おうとしたわよね?そういうタイプなわけね。それにしても何なの、この押しの強さは…まるで田舎のお見合いおばちゃんのノリじゃない?この子達、まだ十代の少女なのに…
「そう言う事ですから…私、お父様にそう伝えておきますわね」
「ええ、エレノーラ様、こういう事は思い立ったが吉日ですわ」
「え?ちょっと…私も父に相談…」
「ああ、ハットン子爵もきっとお喜びになりますわね」
「ええ、ええ。子爵家の娘が侯爵夫人なんて、まさに玉の輿ですもの」
うそっ?クリフォードさん、喜んじゃうの?マジ?そうは見えないんだけど?
「ふふっ、これで私達も安心して暮らせますわね」
「本当に。これでようやく悪夢に悩まされる事もなくなりますわ」
…それがご令嬢たちの本音なわけね…要は自分達が婚約者に指名されたくないから、これ幸いに私を人身御供として差し出そう、と。
「ちょ…ちょっと待って…」
「さぁ、皆様、お祝いに特製のケーキを振舞わせていただきますわ!」
「まぁっ!さすがはエレノーラ様!」
「今日は何て素晴らしい日なのでしょう!」
「……」
結局私の声は誰にも届く事なく、この日のお茶会はお開きになったのでした。