目が覚めらた別人になっていました…
「げ…何この髪…目の色も…」
目が覚めた私は、鏡に映った自分の姿に軽く絶望した。
あ、申し遅れました。私、倉橋聖那と申します。年は二十九歳、とあるブラック企業で、サビ残サビ出勤何でもありの暗い日々を送っていました。ええ、まさに「ザ・社畜」そのままに上司にこき使われて、ここ半年ほどは会社と自宅とスーパー、コンビニ、銀行くらいしか行った覚えがない。花の二十代に何やってたんだ、私…ってヤツですね。
確か今日も今日とて、営業が持ち込んだ資料が間違っていたとかで急ぎの直しが入って、久しぶりに十時に帰れる…と喜んだのもつかの間、ばっちり終電にも乗り遅れ、ネットカフェでもないかとさ迷っていました。
暗い夜道を歩いていた筈ですが、急に明るくなったな~と思って…そこから記憶が途切れてます。え~っと…多分…事故死、したかな~なんて?
え?なんで疑問形かって?そりゃあ、現状からは自分があの後どうなったのか、皆目見当がつかないからです。
それは…少し前、私が目覚めた時に遡ります。
「お嬢様!目が覚めましたか!」
気持ちよく…そう、本当にこんなにぐっすり眠ったのはいつ以来だろう…と言うほどに心地よい眠りから覚めた私に声をかけたのは、とっても可愛いお嬢さんだった。年の頃は新卒の子くらいの二十代前半?綺麗に染めた茶色の髪に、深い渓谷の川の色の緑色の瞳。あれ?瞳の色がこれなら…髪はもしかして地毛?顔立ちも…日本人とは思えない彫りの深さだし…
「…えっと…?」
抱き付かんばかりにお嬢様ぁ!と泣きながら声をかける若い女性に、私も負けじと混乱中。だって目が覚めた場所に全く覚えがないから…辺りを見渡すと、どこからどう見ても私の安アパートじゃないし、病院でもない。う~ん、強いて言うなら…ヨーロッパのホテル?お城っぽい感じの部屋。
でも、ホテルのようなモダンさは欠片もなく…何と言うか…無駄に装飾が多い。しかもピンクとかやけに明るいパステルカラーは…うん、私の趣味じゃない、絶対に。
「ああ、お嬢様!目が覚めてよかったです!もう五日も眠ったままだったのですよ…!」
あら…またお嬢様と呼ばれたけど、私はお嬢様と呼ばれる年じゃないわよ。アラサーだし、むしろあなたの方がよっぽど可愛くてお嬢さんだわ…と思ったけど…んん?今、五日も眠ったままと言ったわね。どういう事…?この知らない部屋と関係あるの?
「えっと…あなたは?ここは…?」
とりあえず、この子が誰で、ここがどこなのかを確認しないと話が進まない。現状確認はトラブル対処の基本。まずはここがどこで自分がどうなっているのかを知るのが重要だ。そう思ったからそう聞いたのに…
「お、お嬢様…?!な、何を…だ、誰かぁー!」
大声で叫んでそのお嬢さんは部屋から飛び出してしまった。えっと…何?どういう事?とりあえず質問に答えて欲しかったのだけど…と私も呆然。
どうやら事態は、私が思う以上におかしな事になっているらしかった。
あの後、若いお嬢さんがわらわらと人を引き連れて戻って来た。はっきり言って知らない人ばかりだったし、皆さん揃いも揃って色彩がおかしい。金髪茶髪はまぁ、いいだろう…だが、青とか緑色の髪ってのはどういう事だ?染めているのか?地毛なのか?しかも瞳の色までピンクとかオレンジとか、あり得ないんですけど…
「セラフィーナ、気分はどう?」
「セ、セラフーナ?って…?」
「え…セラフィーナ?何を言ってるの…?」
やって来たのは両親と名乗る夫婦らしき二人と、イケオジと言ってよさそうな姿勢の良い男性と、侍女なのだろうか、同じ服を着た女性達だった。どうやらこの家の人達らしい。
さっきからベッドの脇に座って私の診察をしているのは、ロマンスグレーもとっくに過ぎているおじいちゃんだった。どうやらお医者様らしいが、私に色々質問してきたけど…はっきり言って意味わかんない…私はセラフィーナって名前じゃないわよ。
でも、ここで自分の名前を言うのも危ないんじゃないか?って気がして、そこは黙っている事にした。
それでも分かった事はあって、私は五日前に階段から落ちて、それからずっと意識不明だったらしい。お医者様が言うには、その時に頭を打ったから記憶が混乱しているのではないか、と…
私としちゃ、それは違うんじゃないか…と思ったんだけど、説明するのもややこしいし、もう少し情報が欲しいから、今はおじいちゃんの説に乗っかってだんまりを決め込む事にした。全く見知らない場所で正体を明かすのは不安だし、差し当たって今の私はセラフィーナとかいう人で認識されているのだから、暫くそのまま様子をみる事にしたのだ。
おじいちゃん先生は、暫くは安静にして、無理せずゆっくり休養するのが一番と言って帰っていった。休養して記憶が戻る…と言うか元の人格に戻れるとは思わないのだろうけど…
それに、この体の元の持ち主はどうなったんだろう…もし私の身体に入り込んでいたとしたら…物凄く混乱しているだろうに…どうやらこの「セラフィーナ」の家は随分裕福な家の人のようだ。身の回りのお世話をする人もいない、ブラック企業に勤める私の代わりが出来るとも思えなかった。
そして、身を起こしてふと目についたのがベッドの側にあった鏡で、そこに写っている自分は何と、ピンク色の髪と水色の瞳をした美少女になっていたのだ。しかも、若返っているし…
私の髪と目は真っ黒だったし、年だってバリバリのアラサーだ。それにこんな美少女じゃない。平々凡々・平坦な日本人顔だったのだ。
どういう事だ?と混乱した私だったが、状況は私が思う以上に面倒だった。