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すべて世はこともなし 起の章  作者: きじなご
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天邪鬼の件 第漆話

 ジイィ――――。

 機械音とも虫の声とも取れない、静けさの中にだけ響く音。

 身をよじると、蠟燭の炎が揺らめく。

 どうやら寝かされている。全身を縄で拘束された状態で。

 数メートルごとに、自身を取り囲むように置かれている蝋燭は、辺りを照らすためのものではないようだ。

 それは、結界。

 目が慣れてきたのか、暗がりの中うっすらと地面に白い線が書かれているのが見える。


 ずきん。


 全身が痛む。癒えぬままの切り傷を、太い縄がじりじりと蝕む。

 動いても痛みが増すだけだ。そう思い体から力を抜く。

 しばらくすると、背後から長方形の光が差し込んだ。

 光はすぐに消え、かすかな足音、それにごとごとと何かを引きずる音がした。

 ――俺の目の前には、あの時の男が座っている。

 アシヤイオリ。

 五十年に一度の神童と呼ばれ、落ちぶれた男。

 妖にすら「人でなし」と呼ばれる男。


「目が覚めたか」


「……」


「安心しろ、殺しはしない。まだ、お前には聞きたいことがあるからな」


 その声を聞いて、思わず歯を食いしばる。あの時こいつにさえ出会わなければ、なんとかなったかもしれないのに。

 いや、今日は厄日だ。朝から何一つうまくいっていない。

 あいつらにさえ出会わなければ。あいつがあそこにいなければ……。


「僕の質問に答えろ。あのカラスに会ったのはいつだ?」


 低い声が、頭上で響く。答えなければどうなるか、この先何が起こるか、俺にはわかる。

 だが。


「……」


「どこで待ち合わせをしていた?」


「……」

 

「誰に会っていた?」


「……」


 機械的に尋ねるアシヤの言葉に何も返さないでいると、ふうと息をつく音が聞こえた。


「まあ、そうなるだろうと思ったよ」


 アシヤは立ち上がり結界に立ち入ると、寝転がっている俺を革靴で踏みにじった。

 縄が傷に食い込み、鋭い痛みが走る。


「ぐぅっ……」


「この結界、なんだかわかるか?さっきの術を見破ったお前ならわかるよな」


「……」


「お前を痛めつけるのはこの足と縄だけだ。拷問しても時間と命の無駄だろうからさ……どうせ口封じされてんだろ?」


「……」


「この結界は、お前と僕の精神をつなぐ。この意味が分かるか?」


「やめろ……」


「精神をつなぐってのは、共有する、という意味だ。お前は僕の過去を見て、僕はお前の過去を見る。お前が口を割ろうが割るまいが、僕にとっては関係ないんだ……それに、もし少しでもあのカラスを知ってるなら、呪いでお前の脳はめちゃくちゃになるだろうな」

 

 アシヤが僕の胸ぐらをつかむ。

 真っ暗な顔が、眼前に迫る。

 咄嗟に目をそらす。

 合わせてはいけない。

 だが首が勝手にそちらを向こうとする。

 縄の力だ。俺の力はとっくに縄に制御されている。

 全力で抵抗する。痛みなど関係ない。目を閉じたいのに瞼が動かない。


「お前の精神がカラスの呪いに耐えられるか、一つ我慢勝負と行こうじゃないか」


「やめろ……‼」


 アシヤの真っ黒な眼が、僕の眼を捕らえようとした瞬間。

 

「アシヤ君」


 暗がりから、声がした。

 どこにいるのか、いつからいたのか全く分からない。


「駄目だよ、それを使っちゃ君もただじゃすまない」


 その言葉と同時にふっ、と全ての蝋燭が消えた。

 暗闇。

 それはパチンという音とともに一瞬で照らされ、久しぶりのまぶしさに思わず目を細める。

 部屋の電気がつけられたのだ。LEDの青みがかった光が照らしたのは、大学の一室のようだった。

 机と椅子が端に寄せられ、奥にはホワイトボードが見える。

 そして床には、何も書かれていなかった。

 奥にいた灰色の髪の男が、やれやれといいながらカーテンを開ける。いつの間にか日は傾きかけており、オレンジ色の光が差し込む。


「気持ちはわかるけどさ、焦りは禁物だよ。それにこの鬼さんが何か知ってるとも限らないじゃないか」


「カスミさん……」


 アシヤの腕が緩み、俺の体は再び床を舐めた。

 じっとりと、冷えた感触が全身を覆う。いつの間にか尋常でない汗をかいていたようだ。

 憎しみを込めてアシヤを睨みつけようとしたが、顔を見てぎょっとした。

 彼の目は初めて会ったときと同一人物とは思えないほど虚ろで、なぜか俺以上に、ひどく疲れ切っていた。

 

 まるで、あいつの方が大事なものを失ったかのように。

 

「君にはまだやってもらいたいことがあるんだ」


 その声が俺に向けられたものだと気づきはっとする。

 カスミ、と呼ばれた男は、俺の目を見て優しく微笑んでいた。

 恐ろしくなるほどに、冷たく。

 

「このままだと、あの鏡の代償を君に払ってもらわなくちゃいけなくなるんだけどさ。君の命じゃまだちょっと足りないんだよね。だから……」


「ま、待ってくれ」


 振り絞るように声を出した。アシヤの時には絶対に口を利かないと決めていたのに。

 こいつに逆らってはいけない。全身の鳥肌がそう告げていた。


「知り合いに、腕利きの金継(キンツギ)師がいるんだ。そいつに直してもらえば……」


「直してもらえば?」


 ぶわっ、と引いていた汗が再び噴き出た。ここで回答を間違えれば、()()()は終わりだ。


「見た目も効果も、元通りになる。俺はそいつに賭けてたから、あの時鏡を割ったんだ」


「……そう」


 カスミはうーんと考え込む。信じてもらえなかったら終わりだ。


「じゃ、その人の場所、教えてもらおうか。もし直らなかったら、その人の首ももらう、ってことで」


「……わかった」


「まだ君の素性も全部調べられてないからね。その間に鏡を直してもらって、処罰はそのあとで決めよう」


 カスミはうんうんとうなずき、先ほどとは打って変わって――と言っても表情は変わらないが、笑顔でぽんとアシヤの肩を叩いた。


「んじゃ、アシヤ君はカガリ君と一緒に金継師さんのところに行って交渉してきてね!」


 それを聞いたアシヤの虚ろな目が、少しだけ怒りの色に染まった。


「……なんであいつとなんですか……」


「同じゼミの後輩だからさ!彼女がいれば大丈夫だろう」


「なんであいつにそこまで信頼寄せてんですか。今回だって散々足引っ張って……」


「だって君、あの子がいなかったらこの鬼さん、()()()()()()でしょ?」


 沈黙。


「……じゃ、そういうことで!よろしく頼むよ~」


 カスミははっはっはと笑いながら部屋を出ていく。

 アシヤはカスミが出ていったのを確認してから、ちらりとこちらを見た。


「……命拾いしたな。僕もお前も」


 そう言って、彼も部屋を去っていった。

 ドアの閉まる音を聞き、一気に脱力する。今更、震えが止まらなくなってきた。

 俺の嗚咽を聞いているのは、部屋に差し込む西日だけだった。

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