春の寿ぎ
ゆきと宗次郎は夫婦になりました。
桜が満開になり、ゆきの祝言の日を迎えました。
ゆきの夫になる人は遠く三重県と和歌山の県境に近い村で生まれ育った人です。
祝言は3日間行われました。
1日目は親族のため、2日目は男性客や男衆のため、3日目に女性客や女衆のため。
それぞれへのお披露目のための披露宴でした。
初めて会った宗次郎は優しそうな面差しで、穏やかな人柄を彼の言動から感じられました。
お互いに言葉を交わすことなく過ぎていく時間の中で私はそのように感じたのです。
⦅思ってたよりも男前やん。
おばあちゃん綺麗やったもんね。
母親に生き写しって言ってたけど
父親にも似てたと思うけどなぁ…。⦆
綿帽子からすかしてみる宗次郎の顔を見て、そう思いました。
⦅あり!やわ。
うん。旦那よりもカッコイイ!⦆
そう思いました。
1日目の最後に仲人の奥様が私の手を取って立ち上がりました。
私を夫婦の部屋に連れて行きました。
その後しばらくして、仲人に連れられて宗次郎が入ってきました。
仲人さんは新婚夫婦に言いました。
「ほんなら、おめでたにおやすみなして。」
仲人さんが襖を閉めた後、私は三つ指つきました。
「ゆきさん、疲れていると思うけど…
今日から僕らは夫婦になったんやして
仲良ようやっていきたいと僕は思うとる。
思うことがあったら、何でも言うて欲しい。
ゆきさんの望みは出来る限り叶えたいと思うとる。」
「はい。
旦那さん、私こそ…
何でも言うて頂かして。
不束者ですけど
よろしゅうお願いいたします。」
「おおきに。
僕こそよろしゅう。」
顔をあげた二人が同時に笑って、心が少し通ったように感じられたのです。
「旦那さん、
ゆきさん やのうて…
ゆき と呼んで頂かして。」
「…そやな、夫婦になったんやからな。
……ゆき……」
「はい。旦那さん。」
ゆきと宗次郎が初めての夜を迎えた時も、二人の春を寿ぐ宴は続いていました。
ゆき18歳、宗次郎22歳の春でした。