私の許婚
許婚の兄・宗一郎の見舞いがあり、その際にゆきの祝言の日取りを決めることになった。
曾祖母に転生したと分かってからの私は「この世界の未来を変えること」だけを考えていました。
苦労した祖母を守りたかったのです。
祖母を苦労に人生に堕とした張本人が私―ゆき―だからです。
「おばあちゃん達三姉妹を絶対に捨てない。」と心に決めたのです。
曾祖母に捨てられてからの三姉妹は苦労の連続でした。
福祉などない明治時代のこと……。
親に捨てられたら、小学校にも通えなくなるのです。
私は祖母を苦労に人生から救うために、あの間男―松山某―に気を付けようと決め、周囲を見渡しても17歳のゆきの周囲に松山某は居ませんでした。
松山某が居ないと分かって、少し私は安堵しました。
⦅出会うのは、きっと…
ゆき が結婚してからやわ…。
おばあちゃん達三姉妹は曽祖父の娘やもん。⦆
そんなことを想っていると…
「譲さん
旦那さんがお呼びでございますよし。
仏間にお待ちでございますよし。」
「お父さんが…。」
立ち上がるのを手伝ってくれようとする女衆ウメに…
「おおきに。けど、一人で大事ない。」
出された手を取らずに立ち上がりました。
長い間高熱で床に就いていた私は足元もおぼつかしく…
「あっ!譲さん‼
危のうございますとし。
うめの手を…。」
「大事ない。」
「けんど……。」
うめの手を取らない私の様子を困惑しながら、うめは仏間まで付き添ってくれました。
仏間には父・善兵衛と母・龍乃が居ました。
私は三つ指ついて言いました。
「お父さん、お呼びでございますかのし。」
「ゆき……
話さなんだことがあるんや。
あの……な……二日後にお見舞いにおいでなさる。」
「誰方でございますかのし。」
「お前の許婚の兄さんやして。」
「……許婚……」
「ほや、許婚や。」
「私に許婚が……。」
「……覚えとらんか……
おいでなさるからの。
…家督を継がれたと聞いてないんやけど…な…。」
「旦那さん
それは、ゆきのことを心配なさってのことやと思いますのし。」
「ゆきの記憶のこともあるわ……な……。」
「ゆき、心づもりなされや。」
「はい。」
17歳のゆきに許婚が居るのは当たり前だと言えば当たり前な時代なのだと私は思った。
許婚……
きっと、その人が祖母の父親で、私の曽祖父だということは話を聞いている時に思い、いつの日か会えることが楽しみだと思ったのです。
お見舞いに来られるのは、その方のお兄さんです。
⦅どんな方だろう。許婚のお兄さんやから似てはるんかなぁ…。⦆
二日後、お見舞いに来られた許婚の兄・宗一郎の人となりを周囲の人は「穏やかで聡明な人」と称している。
宗一郎は、ゆきの両親への挨拶を終え、ゆきに優しい笑顔を向けて言った。
「ゆきさん、ほんにようございましたのし。」
「おおきに。
けど、何も覚えてない…情けないことでございますのし。」
「いや。気にせんでも…
これからやして。
これから宗次郎と夫婦になるんやして。
何も覚えてんでも宜しいのや。
弟と二人で築き上げていったら宜しいと僕は思いますわ。
祝言をいつ頃させてもらうか決めさせてもろうたら、
僕のお役目も終えることが出来ますよし。
詳しいことは間に入ってもろうて決めさせていただきたいと思うてます。
よろしゅうお願いいたします。」
「わざわざお越しは祝言のこともあってでございましたか…。
ほんに充分なお気遣い、おおきに。
ゆきの身体もようなりましたので、そろそろ祝言の日取りを…
と思うてましたんやして。」
「ほな、決めさせていただいてもよろしゅうございますか。」
「そうさせてもらえると嬉しいことでございますよし。」
そう話が進むと父は私に向き直して言った。
「ゆき、後の話はお父さんが決めるよって…。
疲れたやろ…休みよし。」
「はい。そうさせてもらいますよし。
宗一郎さん、下がらせてもらいます。」
「ゆきさん、後のことは心配せんでもよろし。
ゆっくりお休みよし。」
「はい。休ませてもらいますとし。
宗一郎さん、お父さん、お母さんお休みなして。」
私が下がった後、父親と分家、そして宗一郎で私の祝言の日取りについて話し合い、祝言は春に行うことが決まったと私が聞いたのは翌朝だった。