宴の後の想い出
初枝夫婦がこれから暮らす離れに想い出があります。
初枝夫婦の新居は、 ゆき の両親が暮らしていた離れにしました。
婚儀までにそれらのことを決め、先方にご理解いただきました。
離れとは……代々杉本家では、先代夫婦が代替わりの後に過ごした家です。
両親は、娘・ゆきの結婚の前日に離れに移りました。
「お父さん
襖も障子も畳も替えへんでも、ええのでございますかのし。」
「ええのや。
そんなに長う住むことなかろ。」
「何を……
そんなこと仰らんといて頂かして!」
「ゆき
長う住みますよし。
旦那さん、悪戯はいけませんとし!
ゆきの顔、見て頂かして。
青うなってますよし。」
「ゆき
すまん。………すまんのう。」
「お父さん、お母さん
長生きして、ゆきに孝行をさせて頂かして!
お願いでございますのし。」
「ゆき………おおきに。」
婚儀が終わってから、私は「何もしなくて良い。」という両親の暮らす離れの襖と障子を自分で替え始めました。
替え始めて直ぐに宗次郎が手伝ってくれました。
障子を破り始めた時のこと………
「ゆき!」
「何でござい………。」
宗次郎を見ると、障子紙を破り、その穴からキツネを模した手を出して
「コン……コン……」
「……ぷっ……止めて頂かして……旦那さん……。」
娘夫婦が障子を換えている様子を見ていた父が宗次郎の隣に行き…………
「コン……コン……」
「……もう……お父さんも……」
「旦那さん、宗次郎さん
子みたいなこと……お止めなして、え。」
あぁ……そんなことがあった……と想い出に浸っていたら声が聞こえてきました。
「大御っさん、フサでございます。」
「喜助もおります。」
「入って。
………どないしたんや?」
「おはようございます。」
「おはようございます。」
「おはよう。
……で、なによし。」
「大御っさん、うめから手紙が届きましたよし。」
「うめから?!」
「はい。」
フサが手紙を私に差し出しました。
うめから手紙が届いたのは初めてでした。
何があったのか……悪いことばかりが頭の中を駆け巡ります。
封を解く手が震えます。
うめの手紙は……
「お世話になった杉本家に迷惑をかけて出ることになって申し訳なかった。
あの時お腹にいた子は死産だった。
もう松山明夫に捨てられると思っていたが、その後二人目の子を出産した時に籍
を入れてくれた。
500円のお金と、それから貯めたお金で簪や小物を売る店を持ち、細々と商売を
続けている。
商売が軌道に乗ったので、やっと手紙を書くことが出来た。」
そう書かれていました。
「フサ、喜助
案じていたと思うけどのし。
うめは幸せに暮らしてるようやわ。」
そう言って、うめからの手紙をフサと喜助に渡しました。
「読んだら分かるさかい。」
「はい。」
フサと喜助、それに私の目は潤んでいました。
宗次郎が亡くなった後にも……初枝が学校に通うようになった頃にも……
離れに来て思い出すのは、宗次郎と両親との想い出と……その想い出に浸っていた時に届いたうめからの手紙です。
今日もまた、その想い出を懐かしんでいました。
その想い出の人達は、両親もフサも喜助も……そして最愛の夫・宗次郎も既に居ないのです。
寂しさが襲ってくるように涙が止まらなくなりました。