私の名前は ゆき
どうやら私は時代を遡って、この世界に転生したようです。
往診に来た医師は熱が下がったので一安心して良いと夫婦に告げ、名前も何もかも忘れた様子を診て「一時的なもの」だと告げました。
夫婦は「いつ記憶が戻るか?」を何度も聞きましたが、記憶が戻る時期についての医師の答えは、「分からない。」でした。
「いつかは分からない。」と夫婦に告げた時、思い出してもらえない悲しさで涙にくれた夫婦でした。
夫婦は、それでも娘が生きていることの幸せを噛み締めながら「記憶が戻らなくても良い。」という想いが少しずつ大きくなりました。
そんな夫婦を見ていると私は「ホンマに優しいて、娘のことを心から愛してるんやな…。」と改めて思ったのです。
⦅ここでの、うちの名前は ゆき ……
ここは、どこ?
言葉はおばあちゃんから聞いてた和歌山弁やと思うけど……
ホンマに ここ どこなん?⦆
⦅ほんで、今は何時代?
江戸時代?
…日本髪、結ってるし…⦆
今自分が居る場所も、時代も分からなくなった私です。
私は「ここがどこか?」と「何時代か?」を知るために、この身体の両親に聞くことにしました。
「お父さん…
…で、ございますかのし?」
そう父親らしき人に聞くと、
「そうや。儂がゆきのお父さんやして!」
「お母さん…
…で、ございますかのし?」
母親らしき人に同じように聞くと、
その人は涙声で、涙を拭きながら答えたのです。
「そうやして…
お母さんやして…。」
「……お父さん
……お母さん
教えていただかして…
私は…
私の名は…
…教えていただかして…」
「名は ゆき やしてよぉ。」
「…ゆき…
私の名は…
ゆき…。」
「そうやして。
ゆき…ゆき やして。」
「…あの…
ここは、どこでございますかのし。」
「ここは…
紀州やして。
あっ…今は和歌山県やったなぁ…。」
そう父親が言うと、涙を拭いてばかりいた母親が口を開いたのです。
「はい。
明治維新の後、和歌山県になったのでございますよし。」
⦅ごいっしん…って…
明治維新やなぁ。たぶん………
江戸時代やのうて、明治時代やったんや。⦆
「ほかに知りたいことはあるんかいし…。」
「あの…
私に姉妹とか兄弟は…?」
「子は、ゆき一人やして。
子宝には恵まれて産まれてきてくれたんやけんど
育たんかった…。
儂らの子は、ゆき一人やして。」
「私まで五代続けて男子に恵まれてない家で
旦那さんも、私のお父さんも婿養子で
やっと育った ゆき まで…
そう思うたら、ご先祖様に申し訳ないことで…」
「ご先祖様のことは言わんでも……な。
そんなこと言われても
ゆき が困ってるやないか。」
⦅いやいや…
ご先祖様で困ってるんやないし…
ゆき
和歌山県
明治時代
男の子が育たない家
…って、もしかしたら
ゆき って…
おばあちゃんのお母さん?
うちは…
もしかしたら…
ひいおばあちゃん に転生してしもうたん?!⦆
「あの…
苗字は?」
「苗字…
この家は
杉本やして。」
⦅決まりや―!
ひいおばあちゃんに転生や。
時間を遡って…
…うちは…転生してしもうたんや。
これから先に
3人の娘を捨てる鬼になるの?
そんなん…嫌や―!
…そうや…
変えたろ。
杉本家の歴史を変えたろ!
ほんで、おばあちゃんに幸せな人生を送ってもらお。
ほんだら、うちが生まれてこんかもしれんけど…
そんなんは、どうでも ええわ。
うち、幸せな人生やなかったし…
ゆき に転生したから
杉本家を、おばあちゃんを守ったる!⦆
何をどうすべきか分からない状態でしたが、この世界の私―ゆき―の人生を変えたら、祖母も父も別の人生を生きるのではないだろうか…。
それは、これから先、ゆきとしての人生を全うするしかないことでもあったのです。