ここはどこ……私は誰…なの
目が覚めたら、目の前が全く違った世界に来てしまった私。
魘されて目覚めると、私の目の前には……
⦅誰? 知らへんよ。
それに…けったいやわ…。
髪が……ちゃう……。⦆
そう思っても声が出ないのです。
「譲さん、目覚めなして……」
そう言うと、その人の目には涙が一杯になって
「旦那さん、御っさんに……。」
そう言って部屋を出て行きました。
襖を閉めるのを忘れるくらいに慌てて出て行ったのです。
「いとうさん?
うち、いとうさんやないし…
……ここ……
どこ?
旦那さんって…
御っさんって…
もしかしたら和歌山県……?
昔の和歌山県……?
日本髪結ってたし……。
……えぇ―――――っ……
うち、昔の和歌山県にいてるの??
なんで~~~~!
家の二階から階段で下りて…
…ほんで、落ちて…
大阪の家は?
…っ 痛っ 頭 痛い!」
混乱した中でも会うはずだった孫の姿が目に浮かびました。
二人の息子の姿も浮かびました。
⦅…会いたい…⦆
ただ、それだけでした。
どのくらいの時間だったのか…
私が目覚めたと旦那さんと御っさんに伝えに行った若い女性が戻ってきました。
夫婦らしい二人を連れて…
「ゆき!」
「ゆき!」
妻らしき人は涙をぬぐうことさえ忘れたかのようでした。
そして、「ゆき!」と何度も呼んで私を抱きしめました。
「……うちの名前……
ゆき……やの?」
そう聞いているはずでしたが、口から出たのは…
「…私の名…
ゆき…でございますかのし?」
⦅? なんで思ってるのとちゃうねん…
ちゃう言葉が…なんで出てくるねん!?⦆
「…ゆき!!…
名を忘れたんか!?」
「…ゆきっ!…」
私を抱きしめている御っさんに言いました。
「済まん事でございますのし。
あの……離して頂かして…」
「あっ……ゆき、強う抱きしめてしまいましたかのし…
痛かったかのし。ごめんなして…」
「……あの……
誰方でございますかのし?」
「ゆき! お母さんのこと…
私は、ゆきのお母さんやして…」
そう泣き崩れたのでした。
「ゆき…お父さんのことも忘れたんか…
お父さんや!
儂はゆきのお父さんや!」
泣き崩れた妻を抱きかかえるようにしていた夫がそう言ったのです。
夫婦らしき二人は驚き、女中らしき人に医師に往診を頼むように言いました。
私よりも うんと若いこの夫婦が…
目の前で泣いているこの夫婦が、どうやら私の… ゆきの両親のようです。
「ゆきは高い熱が続いていたのや。
もう目を開けんと…逝くかも…
覚悟もしてたんやして…
お父さんのこと分からんでもええのや…
ゆきが…目を開けてくれた…
お父さん、こんなに嬉しいことは無いんやして…」
「旦那さん…
私も同じでございますよし。」
そう言った妻が私に言ったのです。
「ゆき…何ぞ食べられますか?
重湯でも作ってきまひょか?」
「ふく…ゆきは目を覚ましたばっかりやで。
それにお医者さんに診てもらってからでないと…な…。」
「そうでございますのし…旦那さん
嬉しすぎて気が急いてしまいましたのよし。
恥ずかしことでございますのし。」
夫婦の会話を聞いていて、ゆきが夫婦から、両親から愛されていることが分かりました。
私は両親の愛情を感じたことなく育ったので、羨ましく、そして「今、この時間が あの世で ええから、 親に愛される時間を ゆき になって過ごしたい。」と思ったのでした。