三本の簪
三人の娘との幸せな日々。
一日でも長く続くように祈る私です。
3本の簪を熱心に見ている宗次郎になかなか声を掛けられずに居た私です。
ふと私の姿を捉えた宗次郎は照れているようでした。
「なんや。そこにおったんか………。」
「はい。ただいま戻りました。
初枝も文乃も睦美も庭で仲良う遊んでましたとし。
うめが良う見てくれてます。」
「ほうか……ほなら儂も庭に行ってみようかのう。」
そう言って宗次郎は慌てているようで3本の簪を文箱に片づけました。
急いで庭に向かった宗次郎の後姿を見ながら、私は『誰にあげるの?』と3本の簪のこれからの主が気になって仕方がありませんでした。
宗次郎の後を追い庭に出て遊んでいる3姉妹の姿に目を細めていたのは私だけではなく……。
宗次郎も同じでした。
私たちの姿を娘たちが見つけるより前に宗次郎が声を掛けました。
「初枝! 文乃! 睦美!」
声を掛けると同時に娘たちに走り寄った宗次郎でした。
「あっ! お父さん!
お母さんも……。」
宗次郎は一人一人を抱きしめてから、一人一人を抱き上げました。
そんな和やかな家族の時間を過ごせる喜びを今もまた感じました。
不意に………
「あっ! 旦那さん、御寮さん!」
「松山さん、なんでここにおいでで?」
「どないでした? 簪。
御寮さん、ええ簪でしたやろ。
あれが一番ええ物ですわ。」
⦅………えっ……… なんで、ここに来たん? この男………。
庭には招いていないはずやのに………。⦆
そう私が思って出ていくように話そうとした時に……
私にだけ話かける松山明夫に宗次郎は言いました。
「松山さん、ここは儂らの……儂らだけの庭やして。
………それにもう買いましたから……な……。
もうお引き取りを!」
「……そうでっか。ほな帰らせていただきますわ。
御寮さん、また……。
旦那さん、ほな、さいなら!」
「…………。」
「この男! 何言うてんねん! アホかっ!!」と私は思いました。
見ると宗次郎の顔が少し曇っています。
「旦那さん
あのお方……。」
「気にせんとき…… ただ商いに熱心やというだけやしてよ。ええな……。」
「……はい……。」
三姉妹に宗次郎は声を掛けました。
「もう、家に入りよし。」
可愛い声の返事が3人分………。
「はい。」
「はぁ~い。」
「あい。」
宗次郎は一番下の娘・睦美を抱いたまま部屋に入りました。
何もなかったように夕食を食べて過ごし夫婦二人の時間になってから宗次郎は文箱から簪を取り出しました。
「ゆき、あの人が言うた簪や。
どれが ゆき に似合うか………。
儂には分からんのや。
そやからな………3本とも渡すわ……な……。」
「………えっ?! 私にでございますかのし。」
「………他に誰がおるんや。
初枝の入学式の時に出来たら挿して欲し………。」
「………旦那さん………
ありがとうございます。
こんな……に……して……頂いて……ゆきは幸せ者で………ございますのし。」
嬉しくて涙が頬を伝いました。
宗次郎は驚いて私の頬を伝う涙を拭いてくれました。
「ゆき………
ほんに儂で良かったんかの?
あの男みたいな美丈夫の方が…………。」
「………なんで?
あんな方のこと………。」
「あの男は野心もありそうや。
それにあの見目麗しい姿………。
儂には無いからの…………。」
「止めて頂かして!
私の旦那さんは旦那さんだけでございますよし。」
「野心があったら新しこと出来るかもしれん。
儂はお義父さんがなさったことを続けるしか能が無い。
ほんまに儂でええんか?………そんでええんか?」
「旦那さんは先の台風の時も偉いお働らきでございました。
杉本に来ていただいてから、この村の人は皆
旦那さんのお陰やと言うてますとし。
私や亡うなったお父さん、お母さんに……
旦那さんは優しゅうしてくださいました。
ほんに私は幸せ者でございますのし。」
「………幸せ者は儂やして。」
二人見つめあい、宗次郎に抱かれて夜は更けていきました。