超ギリギリベッドタイム
ベッドサイドには柴田。反対側は壁。逃げ道は…ない。
柴田の顔は…もう間近だ。
「はっ…。」
奇跡的に、小さなくしゃみが出た。そうだ。あたしは、風邪を引いていた。
「し、しばた!うつるから。風邪うつるから。ねっ。ちょっと離れてくれないかなぁ。」
「…。」
疑いの眼差し。しぶしぶ柴田はベッドから降りてくれた。
良かった。ナイス、あたし。
「あ、あのさぁ。お母さんが言ってたよ。柴田、大きくなったねって。男前になったんじゃないって。」
「ふ~ん。お母さんねぇ。ゆいはどう思っているんだか。」
あからさまに、話を変えたあたし。柴田も適当に答えている。
「ゆいはさぁ。俺の事どう思ってる?」
「どうって…。」
心配性の幼なじみ。良いやつだって思ってたけど、それはちょっと違うかも?
「やっぱいいや。あんまりいじめても、かわいそうだし。」
「そうよ!最近の柴田は意地悪よ。すぐ怒るし…。」
遊びの女、とか言うし。
「何だって?ゆい。言いたい事はハッキリ言えばいいじゃん。」
「言えないよ~。だって、すぐ眉間に皺が…。」
あ、もう眉間に皺が寄ってた。ヤバイ。もう怒ってる?
「皺がなに?」
「ええっと…。」
思いつかない。なんかもう、面倒だぁー!
「柴田、面倒くさい。」
言ってしまった。こうなったら、もう全部…。言ってしまえ!
「すぐ怒るし、心配ばっかするし。勝手に親に連絡するし、勝手に迎えに来るし。中学の時だってあたしの事避けたくせに、同じ学校受験するし。高校生になったら適当に女と遊ぶし。あたしと再会したら、いきなり告ってくるし。もう、ワケわかんない!!」
あたしは勢いにまかせて、早口で言い切った。言い始めたら止まらなくなっていた。
柴田は…。
眉間に皺どころか…。超、怒ってる。なんか、ヤバイオーラ出てる。
あたしは近くにあったクッションを抱え、柴田の逆襲に備えた。
「…。」
あれ?
柴田は腕組みをしたまま、黙って座っていた。
「しーばーたー?」
反応が、ない。
「みーなとくーん?」
あ、チラッとこっちを見た。
「ゆい、デリカシーって言葉知ってるか?」
「ん?なんとなく。」
「デリカシーが無いって言うんだよ。ゆいみたいなやつの事を。」
そう、かな?
「俺が今までどんな気持ちで…。そういうの、きっとゆいにはわからないんだろうな。」
ん?柴田ヘコんでる?あたし、言い過ぎたかなぁ?まぁ、でも思ってる事しか言ってないし…。
「わからないわよ。遊びの女と同じくらい、わからないわよ。」
「また、その話かよ…。」
だって、絶対に納得いかないもん。
「もうしないから…。ゆいが傍にいてくれるなら、他の女は誰もいらないから。」
真面目な顔の柴田。部屋の空気が、一瞬で変わった。
「またまた~。そんな事言って。また女の子連れ込むんじゃないの~この前みたいに。」
シリアスな空気を変えようとしたあたし。でも、何か逆効果だったみたい…。
「何してたか気になる?」
柴田の顔は、ふざけていない。あたしの知らない、柴田の顔。優しいとか、意地悪とかじゃない。大人の…。男の顔をした、柴田。
ジリジリと迫ってくる柴田、あたしはゆっくりと後ろに下がる。
一進一退。
背中に回した指先が、壁にふれた。もう、後ろは無い。あたしは壁と柴田に挟まれてしまった。
「ね、ねぇ…。」
「…。」
多分、何を話しても無駄だ。今の柴田はいつもの柴田じゃない。
どうしよう。どうすれば、いい?
柴田は壁に両手をついた。
あたしは、もう逃げられない。
目の前には、柴田の顔。両側には柴田の手が、しっかり壁についている。
ベッドに座ったままのあたしは、どこにも逃げ場がない。
「…今度は、くしゃみしたって逃げられないから。風邪は俺にうつしてしまえばいい。」
どうしよう。あたし…。
柴田の右手が、あたしの肩に置かれそのままゆっくりおりていく。
怖い。こんなの…柴田じゃ…。
「うっ。」
涙が、そっと頬をつたって落ちた。
緊張しすぎたせいか、あたしは知らぬ間に涙を流していた。
「ううっ。」
柴田の手が止まった。
「ゆい。どうして。どうして、泣くの?」
「だって…。だって。柴田が…。」
泣き出したら、止まらない。柴田の手が止まった事で、あたしの緊張の糸も解けてしまった。
「あの日の女の子と…。一緒の事するって…。それじゃあ、あたしは…。」
「ごめん。ごめんね。」
「あの子と…一緒じゃん。」
柴田はあたしを抱き寄せた。あたしは柴田の胸で、しばらく泣いていた。
「ごめん、ゆい。冗談だから。俺…。」
「冗談じゃないじゃん。柴田の顔が怖かったもん。」
泣きじゃくるあたしは、まるで子供だった。声を上げて泣くなんて、わがままな子供だ。泣けば、どうにかなるって…。子供の頃のあたしじゃないか。あたしが泣くと、柴田は必ず許してくれた。
「わかったよ。わかったから。もう、何にもしません。ゆいがイイって言うまで何にもしません。」
良かった。あたしは心の中で、ガッツポーズをした。
「ほんとに?」
良かった。柴田は昔と変わらない。あたしの涙に弱い。
「そのかわり…。」
見上げたあたしに、柴田が重なる。二度目の感触。
「キスくらいは自由にさせて。」
「なっ。」
やられた…。やっぱり柴田は昔と違う。悪い男。
泣き落としが効かなくなる日も、近いかもしれない…。




