優しい散歩道1
翌日、12月31日。
今日、ウララとペコがやってくる。
おばさんが車を出してくれるというので、マナとイッキが一緒に駅までお迎え。
男子は荷物運びに連れて行かれ、あたしは一人で公民館に残った。
「さて…と。」
みんながいなくなると、部屋の中が急に静か。ひとりぼっち。
部屋に居てもたいくつだし、公民館の周りを散歩する事にした。
見渡す限り、広い土地と一軒家。あたしの家や柴田の家とは、大違いだ。あたしの家の周りはどこも、敷地いっぱいに家を建て小さなスペースを庭とよんでいる。四角い箱が規則的に並んだ、住宅地。でもここは違う。広い土地に、家がドンと構えてある。
一番高い建物を探そうと、辺りを見渡す。平屋か、2階建て。3階建てすら見当たらない。もしかしたら、この辺りにはエレベーターやエスカレーターなんて無いのかもしれない。
「お譲ちゃん。」
声が聞こえた。
「こっちこっち。」
「あ!こんにちわ。」
時間的におはようなのか迷ったけど、昼前だしこんにちわでいいかな?
窓のサッシに寄りかかったおばあさんが、手をふっている。
おいでって、言ってるのかなぁ?
「どうも~。」
とりあえず、近寄る。窓からお邪魔していいのかしら…?
おばあさんはその場に座り、横のスペースを叩いている。座れって事かなぁ?
「お譲ちゃん。手伝いに来てる学生さんかい?」
「あ、はい。そこの公民館でお世話になってます。」
「そうかい。よくきたねぇ…。」
おばあさんは目を細め、笑っている。前かがみの正座、丸くて小さな背中。
「昔はここもにぎやかだったんだけどねぇ…。すっかり寂しくなっちゃって…。でも、今年はいいねぇ。学生さん達が来てくれたから…。」
「そ、そんな。あたし達、たいしたお手伝いもできなくて…。」
「なーに。いいんだよ。来てくれるだけで、いいんだよ。」
おばあさんはそう言うと、ゆっくり立ち上がった。
すっかり曲がってしまった腰に手を当てて、ゆっくりと歩く。
「ちょっと待ってておくれ。」
ゆっくりと、部屋の奥へ入っていった。
「たくさんいるじゃろ?」
奥から声だけが聞こえた。たくさんって…何??
たくさん何か持ってくるの?あのおばあさんが?
「あのー。あたし取りに行きましょうか?あがってもいいですか?」
意味がわからないので、勘で行動する。きっとたくさん何かを持ってくるつもりじゃ?
「あー。ええよー。」
靴を脱いで、窓からはいる。ごめんなさいね。玄関にまわらなくて。
「失礼しまーす。おじゃましまーす。」
さっさと部屋にあがり、奥の部屋に行く。
奥の部屋は台所だ。
テーブルの上にお皿と…山盛りのホットケーキ。
「ホットケーキ?」
「そうそう。ちゃーんと粉から作って牛乳も入れて…。あたしの得意料理だよ。」
「え?ホットケーキミックスじゃなくって?」
「そんなもん、昔はなかったからねー。隠し味にしょう油が少し…。」
しょう油?マジ??でも、見た目すっごくふっくらおいしそうなんだけど…。
「ほれ。」
おばあさんは、ホットケーキをちぎってあたしの口に放り込んだ。
ふっくら、甘い。
おいしい、ちゃんとホットケーキだ。
「これ、持って行ってくれないかい?公民館に持って行こうと思っていたけど…。足の調子が良く無くてね…。」
おばあさんはゆっくりと横の棚から、ラップを取り出しかける。たったそれだけの動作なのに、すごく時間がかかる。このホットケーキも、きっと時間をかけて丁寧に作ったんじゃないかなぁ。
「あたし達に作ってくれたの?おいしい!ありがとう。みんなにも食べさせたいから、もらっていくね。」
「そうかい。おいしいかい。」
おばあさんはうれしそうに、顔を皺くちゃにして笑っていた。
あたしは何度もお礼を言って、手を振りおばあさんの家を後にした。
「しかし、結構な量。」
こりゃ、ゆっくり運ばないとホットケーキがくずれてきそう…。
慎重に歩く。
「おーい!」
「ん?」
後ろから声を掛けられたけど、あたしは今こっちに集中してるから…。
「お前。俺の事、適当に扱いすぎじゃねーか?」
あ、イケメンかぁ。もう帰ってきてたのか。
「終わったの~?」
「あぁ。俺だけチャリだし、お前がひとりで残ってるから…。心配して帰ってきたのに、お前いないし!」
あたし、高校生なんですけど…。留守番が心配って。小学生でも普通に留守番できるわ!
「お前。聞いてんの?ていうか、何もってんだよ?」
「ホットケーキ。おばあさんにもらった。」
「はぁ?お前、子供じゃないんだから…。高校生が散歩でなんでお菓子もらうんだよ。」
イケメンにお皿を持ってもらおうと、振り返るとやつはチャリを押している。
う~ん。役にたたないなぁ。
「今時、知らない人から食べ物もらうなよ。」
「…おばあさんが、あたし達に食べてもらおうと思って作ってくれてたの。」
「え?」
「足とか悪いのに、こんなにたくさん作ってくれてたの。いいよ。あたし一人でも全部食べるから。」
「なんで。」
「だって、人からもらった手作りなんてヤダって言う人いそうじゃん。でもさぁ。あたし、おばあさんが好意で作ってくれたんだとわかるし…。全部食べておいしかったって、お皿返したらきっと喜んでくれそうだもん。」
「そっか…。」
2人で並んで歩く。
「チャリなら先に行ってもいいよ。」
「ばーか。お前、ひとりにしたらまたどっかで寄り道するだろ?」
「それに、ホットケーキ。大事に抱えてるから…。こけないように、一緒に歩いてやるよ。」
それは、優しさですか?
「お前。優しいよなぁ…。」
「ん?何か言った?」
「別に。」
気のせいか、ゆっくりとあたしに合わせるように歩いてくれている。
もしかしたら、いいやつなんじゃないかなぁ?
「ホットケーキ。ちゃんと持って帰れよ。みんなの分だし。食べないやつがいたら、俺も食べてやる。」
「本当に?」
「懐かしいじゃん。ホットケーキ。俺、甘いもの結構好きだよ。」
「うん。」
公民館までの道を2人でゆっくり歩く。
ホットケーキは、きっと寒さで冷めてしまっている。
でも、いいや。
ふたりでなら、きっと全部残っても食べられそうだ。
「お前。なんだかここに馴染めそうだな。」
「それって、どういう意味?」
「別に。」
あたし、そんなに田舎が似合う?まぁ、都会的な顔はしていないけど…。
「俺もお前が、幼なじみだったら良かったなぁ。」
「なんで?」
「なんとなく。そうだったら、もっとこの土地が好きになってたかもしれないなぁって。」
イケメンはどこか遠く、空を見上げてつぶやいた。
「そうだったら、ここを離れなかったかもしれないなぁ。」
空を見上げたままのイケメンは、やっぱりキレイな顔をしていた。
伸びた首筋の、スッキリとしたライン。
初めて、ここにきた日を思い出す。
あの首筋に、しがみついていたあたし。
吸い付けばよかったかしら…。
「なっ!」
なんて事を!!
あたしったら何を恥ずかしい事を…。
ヤダヤダヤダヤダ!!
「ん?どうしたんだ。お前。顔赤いぞ。熱でもあるのか?」
イケメンがおでこに手を伸ばす。
「きゃー!!」
急ぎ足で逃げる。
「ちょ、どうしたんだよ!」
そんなの、言えないって!!
「な、何でもないんだからね!は、早く帰りたいだけで…。」
あたしは細心の注意を払って、急ぐ。
今はイケメンと2人になるのは…恥ずかし過ぎる…。




