箱の中の過去2
あれは中学3年生の春だった。
クラス替えで、あたしは4組になった。どういういきさつだったのか、知らないけれど。4組になったあたしは、初日からひとりぼっちだった。クラス名簿を見ると、4組はほとんど全員あたしの知らない人。去年同じクラスだった人は男子が2人と、ヤンキーの女子1人の3人だけだった。しかも、その3人には知った顔がいるようですぐに馴染んでいた。あたしの仲良かった人達は、ほとんど1組。4組の人達は、去年も4組だった人ばかりだ。
こんなクラス替えってアリなの?
みんなは顔馴染みで、あたしだけ新顔。友達を作ろうにも、もう輪は出来ていた。それでも、最初のうちは友達が休み時間に遊びに来てくれた。チャイムが鳴るとまたひとりぼっち…。
それからしばらくして、またおかしな事が始まった。
提出したプリントが、未提出になっていたり。音楽や家庭科など、落とすはずのない教科の成績が下がっていたり…。わけが…わからなかった。真面目に授業を受け、テストの点数も上位で…。なのに、5段階評価で2をつけられていたり。
意味がわからなかった。いじめで、こんな事ができるはずなかったし…。
夏休みも必死に勉強して、遊ぶ約束も断って…。なのに、評価が上がらない。テストで良い点を取ってもこれじゃあ、受験に失敗してしまう…。あたしの頭は混乱していった。もう、受験どころじゃなかった。見えないなにかが、あたしの邪魔をしている。そんな感じ。親に相談しても「学校が不正をするわけがない。もっと勉強しなさい。」と言われ、友達も不審に思いながらも関わりたくないのかあたしを避けていった。
ストレス。
あたしはストレスが溜まってしまい、ドカ食いするようになった。体重が増え、ニキビが出来始めた。もうこうなると、クラスにあたしの居場所はない。朝になると学校へ行き、誰とも話さず一日を終える。親は真面目人間だから、学校は熱でも出ない限り休めない。惨めな日々…。そんなある日、ぐうせん柴田を見かけた。1組の柴田と4組のあたし。教室の階も違って、普段は一緒にならない。
「みなと。」
そう、呼ぼうとした。でも、出来なかった。柴田の横には女の子がいた。噂で聞いた彼女だ。彼女はうれしそうに、柴田と話をしながら歩いていた。柴田もまんざらではない感じで…。
柴田があたしに気付いた。
一瞬、柴田の笑顔が歪んだ。そして、あからさまに視線をそらした。きっと、あたしと知り合いだと思われたくなかったんだろう。こんな暗くて、友達のいないブサイクな女なんて…。
『木村に関わると、受験に失敗する』
そんな噂まで、出始めた。でも、その頃はそれくらいの事では何も感じなくなっていた。噂もひとりぼっちのあたしには、なかなか伝えてくれる人がいなかったから。
結局、あたしは受験に失敗した。
直前で、第一志望のランクを2つも下げたのに。3年間の受験勉強は、何の意味もなかったんだ。あたしは、そのままふらふらとどこかへ消えてしまいたかった。あたしなんか、居ても居なくても変わらない。取るに足らない、存在。家出して、いかがわしい仕事でもしようかとも思った。
ふらふら、ふらふら。
3月の街を彷徨った。そのうちに歩き疲れて、近くにあった公園で休んだ。
『神様。こんなに薄い存在なら、いっそ消してください。』
目を閉じ、手を組んで祈った。何度祈った所で、あたしなんかの願いが届くはずもない。目を何度あけても、変わらない。変わらない、世界。
祈るのをやめ、組んだ手を広げた。
ひらり。
ピンク色の花びらが、手のひらに落ちてきた。見上げると、そこには1本の桜の木。あたしは桜の木の下に座っていたんだ。ずっと下ばかり見て、全く気付かなかった。
咲き始めの桜。
散るには、まだ早すぎる。
あたしは、心の中で賭けをした。手のひらに、1つだけ落ちてきた花びら。それをつまんで、飲み込んだ。鈴蘭の花には毒がある。桜の花は知らないけれど。飲み込んで平気だったら、あたしは生まれ変わる。新しい学校で、普通に暮らす。平気じゃない時は、その辺で死んでしまえばいい。どっちでもいいや。
本当は、死なないって思ってた。だから、賭けにはなっていなかったんだけどね。
本当は、咲き始めたばかりで散っていく桜を見た時に心は決まったんだ。
まだ、早すぎるって。
今となっては、絶望しなくて良かった。だって、高校に入ってからは嘘みたいに楽しかったんだもん。3年生になって、念願の共学生活までできちゃうなんて…。
だから、中野君にもそう思って欲しい。
あたしはもう、過去の事は箱にしまってどこかに捨ててきたんだ。
だから、柴田の事も恨んでいない。
柴田は何も知らず、横でお菓子を食べている。
でもね、決めてる事がある。
もう、柴田の事は絶対に名前で呼ばない。
柴田の事は、絶対に恋愛対象にしない。
絶対に。




