戦う委員長と6人の…7
朝の駅。
透き通るような寒さは、吐く息をよりいっそう白くさせた。
学校指定のコートのポケットには、カイロ。
いつもより、窮屈に巻いたマフラー。
あたしは中野君と話をするために、駅で待ち伏せをしている。
電車通学の学園の生徒は、みんなこの改札を抜けていく。
だから、あたしは改札を抜けてすぐのベンチに腰掛けて待っている。
わざわざ早起きして、三本も速い電車にのってきたんだから。
「…おい。」
「うわぁ!」
背後からいきなり声を掛けられた。
「…柴田じゃん…。」
そこには、何故か柴田が立っていた。
「ホラ。これ。」
茶色い、ロング缶の甘い缶コーヒー。
「飲め。」
そう言うと、柴田はあたしの隣に座った。
「あ、あたしのと違う。」
ショート缶の青い缶コーヒー。
「お前と一緒にするな。…そっちの方が多い分暖まるだろ。」
柴田は向こうを向いたまま、ぶっきらぼうに答えた。
何カッコつけて…。
あたしは、幼稚園に通ってた頃のかわいらしい柴田の事だって知ってるんだから。
声変わりする前の、甲高い声だって知っているんだから…。
缶コーヒーを持ったままのあたしから、柴田は缶コーヒーを奪い取った。
プシュっと、大きな手で缶を開けてまたあたしに手渡した。
「…アリガト。」
でも、あたし自分であけれる。
柴田の知ってる、小学生のあたしじゃないんだから。
「お前さぁ。どうしたんだよ。一体。俺、昨日は笑ってたけど…。」
「あたし、もう小学生じゃないんだよ。柴田は中学生と高校生のあたしを知らないじゃない。」
幼馴染。
ずっと一緒の学校。
からかったり、仲良かったり…そんな感じだった。
でも。中学に入ってから、柴田はあたしの周りにいなかった。
小学生の時は、手をのばせばすぐにつかまるような近い位置にいたのに。
中学生になると、柴田は遠くに行ってしまった。
あたしとわざと距離を置いていたみたいに…。
いて欲しい時に、いなかった。
「あたしは、共学クラスで良い思い出を作りたいの。中学の時には、出来なかった事をやりたいの。だから、柴田。他の人に何も言わないでよ。昨日みたいに、みんなと同じように仲良くしててよ。それに…。邪魔したら、今度こそ恨むわよ…。」
柴田の顔が曇る。
幼馴染だから。
あいつの弱味がわかる。
まだ、温かい柴田のコーヒー。
優しさなら、もっと早くに欲しかった。
「そんな事より、楽しい話をしましょ。柴田は誰と仲がいいの??」
「ん…。リョウかな。あいつ、結構良い奴だぞ。」
「えぇ!柴田は人の事、あんまり悪く言わないからアテになんないよ~。」
「そうかぁ?」
久しぶりに柴田と2人。
イケメンの話で笑い合う。
あたし達、仲は悪くなかったんだから。
今日だって多分、柴田はあたしを心配してここに来たんだと思う。
ここで待ち伏せする事は、昨日みんなの前で宣言してきたんだから。
茶色くて甘い缶コーヒー。
ゆっくりと飲み込むと、少しだけ温まった気がする。
そういえば、ここに来てから柴田が改札から出てきたのを見ていない。
もしかして…。
「はい。これ。お返し。」
ポケットのカイロを一つ、柴田にあげた。
「お前が持ってろよ。」
「あたしはもう一つ持ってるし。もう、寒くないからいいの。」
強引に、柴田のポケットにカイロを突っ込んだ。
「あたしはもう大丈夫。寒いのは柴田の方だよ。…このお人好し。」
偶然触れた柴田の指が、冷たかった。
あいつは本当に優しい。
昔の事はもう思い出さなくて…良いのに。
下りの電車が駅に到着。
数分遅れで、上りの電車も到着。
改札から出て行く人達は、みんな寒そうで足早に通り過ぎていく。
あたしはそれを、ずっと見ていた…。
「来ないね…。」
「…そうだな。」
「先に行ってて、いいのに…。」
「別に…。ほっとけよ。」
また電車が来る。
中野君は来なかった。
「じゃ。俺行くから…。」
柴田はそう言って、2人分の空き缶を持ってベンチから立ち上がった。
カツン。カツン。
空き缶は控えめな音を立てて、ゴミ箱に消えた。
柴田の後ろ姿。
昔よりも背が高くて…あたしの知らない柴田に見えた。
「おーはーよっ。」
「あ、おはよう。マナ今日早くない??」
マナは、いつも遅刻ギリギリ。
なのに今日はいつもより、全然早い。
「ゆいが待ち伏せするっていうから、頑張ってきちゃった。」
両てのひらをすり合せながら、マナがベンチに座った。
そこは、さっきまで柴田のいた場所だ。
「ゆいの隣に誰かいたでしょ?向こうから見てたんだけど、あたしが着く前に行っちゃったみたいだね。もしかして、中野君?」
「違うよ~。ずっと待っているんだけどね。」
「え…。じゃあまさか…リョウ君!!」
悔しげな表情のマナが、恨めしそうにこっちを見ている。
「違うよ!それに、イケメンは朝早く来ないでしょ?なんか低血圧~って文句言いながら遅刻してきそうじゃん。」
「な~にそれ?ゆいはリョウ君に厳しいんだから。」
マナはイケメンに甘そうだけどね…。
「何か、こうやって待ち伏せするとドキドキしない?あたしなんて、ゆいの告白の付き添いに来ている気分よ。」
「それだったら、こんなに冷静でいられないって!!」
なんて、他愛の無い話をしていた。
マナとおしゃべりばかりしていたら、寒いのも気にならなくなりそう…。
「あ。まな!来たよ!!あれ、中野君じゃない??」
ゆっくりと階段を下り、中野君が改札の方に向かってきた。
ホッペが赤くて、なんかカワイイ…。
猫背のまま、改札を通ってあたし達の前に来た。
「ちょ、ちょっと!!」
中野君は気が付かなかったのか、あたし達の前を素通りした。
急いで追いかけて声を掛けても気付かない。
「あの!中野君!」
背中を叩いて、呼び止めた。
中野君は少しだけ驚いて、こちらを振り返った。
「あ、あのね。共学クラスの事なんだけど…。」
「はい…。」
話しかけると、小さな声で返事が返ってきた。
「共学クラスの事なんだけど。」
「はい。」
「みんなで仲良くやりたいから…来てくれない??」
「はい。」
中野君は、あたしが話しかけると小声で返事をした。
イエスなのか、相槌なのか…。
「来てくれる?」
「はい。」
「今日も来てくれる?」
「はい。」
「…。」
「…。」
会話が続かない。
中野君は話しかけると、返事する。
でも、自分からは話してくれない。
あぁ。じれったい。
「では。」
中野君はまた、背を向けて歩き出した。
「ちょっと!ゆい。中野君。どうなってるの??」
マナが駆け寄ってきて、あたしに尋ねる。
でも、そんなのこっちが聞きたいくらいだよ…。
「一応、来てくれるって言ったけど…。」
ワカラナイ。
「ま、いっか。寒いし、行こう。」
マナがあたしの手を引っ張る。
いつの間にか、2人とも手が冷たくなっていた。
冬の朝。
中野君とこれから仲良くなれるのか。
冷たくなった手を、温めながら考えていた。
あ。
そうだ。
これで全員揃ったみたい。