調査3 異世界周回者(タイムリーパー) その2
続きです
『いまだ!右に飛ぶんだ!』
突然、茂みの中から声が聞こえた。キラさんはその言葉に弾かれるように、右に身体を傾ける。キラさんの恐ろしさはその真偽を瞬時に判断するところだ。しかし後方から見ていた僕にはそのアドバイスの正確さが分かった。シャーマンクラブは右のハサミが切り落とされている。甲羅の顔から出された死の雲はハサミで集めていたようだ。しかし右側はハサミが無いせいか、やや雲の集まりが悪い。若干だが隙間が見えた。その隙間にめがけて、キラさんは飛び込んだのだ。そして賭けに勝った。死の雲を抜けてキラさんは地面の転がった。必殺のフォーメーションを崩されたシャーマンクラブは森の中に消えていった。
『誰?』
キラさんは剣を茂みに向けたまま動かない。僕もロゴスを組む準備を怠らない。なぜなら茂みから強い光が噴き上がっていたからだ。かなり魔法力の強い何者かがいることは確かである。
『例のごとく君たちか…』
僕には意味の分からない発言をしながら、茂みをかき分けて、少年が現れた。歳は僕と同じくらい。布の服を着ているが、この世界の物ではないようだ。それで僕はピンときた。
『確認なんですが…異世界転生者?』
僕がそう聞くと、彼はうんざりしたような顔をして、
『やれやれ、でもまあ、言わないと話が進まないし。』
そう言うと少年は深々と僕たちにお辞儀をした。
『正真正銘、異世界転生者さ。ても転生者じゃない。』
矛盾する発言だ。
『いったい…。』
僕の発言に、チェルシーは食いぎみに発言した。
『異世界転生者じゃなければ、何だって言うのよお。』
『俺は異世界周回者…だとお…。』
そう言ってから、少年は震える指でチェルシーを指差した。かなり驚いているようだ。
『お前は誰だ。』
『誰って言われても。』
僕は困ったように彼女を紹介した。
『ものすご~く、信じられないと思うけど、彼女はサキュバスで魔物…なんだよ。』
『よーっす!チェルシーだよお。』
彼女の言葉に、少年はひどく動揺しているようだ。
『お前、この前はいなかったんじゃあ。』
『あれは体の瘴気が抜けちゃって…って、ちょっとお、あの時、近くにいたの?』
この時、僕は全てを理解した。彼は異世界周回者なんた。
『残ってるんですね、記憶。』
『くやしいが、断片だけな。』
異世界周回者とは転生者の一種である。異世界転生者は他の世界から違う世界にたどり着いた者をそう呼ぶが、異世界周回者は同じ世界をぐるぐる回る。同じ場所、同じ時間に転生し、また同じ人生を歩むのだ。その期間は様々で、人生を全うして、また生まれ変わることもあれば、数日、時には数時間を何回も何回も巡る者もいる。この少年の言葉から、彼のサイクルはそれほど長くないようだ。
『何回目か、とか覚えています?』
僕の問いかけに、彼はため息をつき、
『数百回ぐらいか、もう数えちゃいない。』
『生き地獄。』
キラさんがつぶやいた。彼女なりに、彼の境遇に同情しているのだろう。
『くだらない人生だ。なんでこうなっちまったんだろう。よく分からねえ。』
彼の苦悩は僕には分からないが、気持ちはよく分かった。仕事柄、周回者とも何度か会ったことがあるからだ。彼らは一様に絶望し、パニックになっていた。それに比べると少年はずいぶん落ち着いている。自分の状況を理解した頭のいい人なのだろう。
『縁…なんです。きっと…』
僕の言葉に、少年はうなづいた。もう何百回と聞いた言葉なのだろう。表情に驚きは見られなかった。
『とんでもない悪戯だよな、神様の。』
『呪いみたいなものかな?でもそんな感じはしないのよね。』
チェルシーがくんくんと鼻を動かしながら言った。呪いというのは臭うのだろうか?どうもチェルシーの動作には説得力がない。
『ねえ、僕は君を何と呼べばいいのかな?』
僕の問いかけに、少年は少し考えるように目をつむった。
『名前…なまえ…シン、シ…』
『シンという名前なんですか?』
『完全だとは思わないけど、たぶんそんな名前だと思う。』
『うろ覚えじゃんかぁ。』
『あー!チェルシーったらそんなに責めないで。』
僕はチェルシーの口をふさぐ。異世界周回者はそれだけでも精神的に追い詰められている場合が多い。余計なことはしない方がいいのだ。
『でも、これでは解決しない。』
キラさんが僕に言う。当然ながら異世界周回者も僕の担当だ。
『いい方法が無いか考えるよ。彼の周回も、きっと何か原因があるんだと思う。』
僕が言うと少年に振り返った。すると少年の顔が明るくなり、僕の手を握った。
『嘘だろ…今までと違う会話だ。何百回と聞いた君の言葉じゃない。これなら…もしかしたら…』
『楽観的になってはだめだ。』
キラさんが釘をさす。
『だけど…』
少年は戸惑う。キラさんは僕の方に向き直った。
『どうなっているんだ。』
『だいだい…何となくはわかるんだけど。』
『どーいうこと?』
チェルシーが口を挟んだ。
『これもきっとロゴスだよ。』
『要は魔法ということか。』
なるほどとキラさんもうなづく。
『勘だけどね。きっと何か信じられない偶然が重なって、ロゴスが組まれちゃったと思うんだ。でも、それがどんなロゴスかは分からない。』
この世界の魔法は単純なものではない。複雑な理が組み合わさっている。当然、自然界も同様で、偶然組まれたロゴスによって魔法的な現象が起こることがあるのだ。神隠しや災害、戦争などもこれが原因の場合もあるのだ。
『今からどうなる。』
キラさんが少年に告げた。状況が変わっても、大まかな時間の流れは変わらないと思ったのだろう。
『ループは毎回同じじゃないけど…』少年は暗い顔になった。『どこに行くかはだいたい決まってるんだ。』
少年は森の向こうを指さした。朝日が昇る前の薄明りの中、森の奥には稜線が浮かび上がっていた。その先に巨大な城のシルエットがくっきりと浮かび上がっていた。
『ダーカン城じゃないか!』
僕は叫んだ。以前、この地を治めていたダーカン・オータンの居城だ。しかしダーカンはエディガルド王に討伐され、今は廃城になっていると聞いた。どうして、そんなところに向かうんだ?
『カニがいるんだ、さっきのな。』
さっきのカニとはシャーマンクラブのことか。僕が考えていると少年が続ける。
『なわばりなんだよ。周囲の町の人達から、ここで悪さをするカニの討伐を頼まれるんだ。』
『だったら、さっさと行けば…』
『バーロ。そんな簡単な話じゃない。』
少年が中指で眉間に触れた。そして苦しそうな表情で告げる。
『行ったら…全員、死ぬ。』
まだ続きます