調査2 はぐれ異世界転生者 その2
続きです
洋館に入ると、冷気の層は途端に厚くなり、体が凍りつくほどになった。
「ちょっとお、なにこの寒さ。」
空中に浮いたチェルシーはそのままひっくり返って下を向くと、指で床を触れた。
「ちべたい!何これ、凍ってるわよ。寒いはずだわ。」
「チェルシー、そんな寒そうな格好をしてるからだよ。」
「うるさいわね。これは私のポリシーなの。簡単には変えられないのよ。」
「…静かに。」
キラさんが声で制した。チェルシーは慌てて口を押さえる。確かにチェルシーの声は館内に響いていたから、ちょっと無用心だったかもしれない。僕は周囲に神経を張り巡らした。ジャリ…ジャリ…と何かを削るような音がする。
「上!」
キラさんが飛びかかる。同時に天井から黒い影が落ちてきた。その影はキラさんに大きな口を開けて襲いかかる。それを僅かに見切って避けると、キラさんは疾風の如く剣を振り抜いた。パーンと何かが砕ける音がして、欠片がふりそそぐ。
「ちべたーい。何これ?氷?」
僕は目を凝らした。気がつかなかったが、周囲から同じ影が近づいてくる。やがてその影は体の透けた狼の姿と分かった。その数は、ひとつ、ふたつ、みっつ…いや、もう数えきれない!
「ザイン!見て見て見て見て!狼、おおかみよお!」
「チェルシー、慌てないで。ちゃんと見えてるってば。」
僕は羊皮紙を開いた。同時に狼たちが飛びかかる。僕が身構えた途端、僕の前にキラさんが立ちはだかった。飛びかかる狼を次々となぎ払う。狼たちが砕け、辺りに氷の雨が降った。
「…鍛練不足。」
キラさんは僕をにらんだ。
「キラさんが速すぎるんだよ。」
急に館が大きく震えだした。メキメキと木が倒れたような音がする。やがて目の前の壁が崩れ、目の前に巨大な氷塊が現れた。いや、よく見るとそれは巨大な人間の姿をしていた。
「何しにきた!」
あれ、氷の巨人がしゃべってる?僕が戸惑っていると、チェルシーが「…あそこ」と指さした。見ると、動く氷の像の手の上に男が立っていた。
「俺のナワバリに何しにきたと言ってるんだ!」
怒鳴り声と同時に、氷像が右手を振り下ろされた。キラさんと僕は間一髪でそれを避ける。すさまじい音がして、床に大きな穴が開いた。
「はーはっはっは。どうだこの力、このパワー。お前が誰だろうが構わん、俺は最強だからな。」
キラさんが氷の巨人に挑む。重さを感じさせない身軽さで巨人の体を登っていき、男の頭上に飛び出すと、ためらいもなく剣を突き出した。しかし、剣が男に触れるよりも前に、氷の巨大な手がキラさんの前に立ち塞がる。ガキッという音がして、剣が分厚い氷の手に刺さり、それ以上の攻撃が阻まれた。
「く…抜けない。」
焦るキラさんが氷の手に包まれる。キラさんを掴み、握りつぶそうとしていた。
「キラさん!」
僕は羊皮紙を広げる。同時に氷の巨人の手に亀裂が入る。数秒後、氷像の右手は粉々になって砕け散った。空中に放り出されたキラさんは、猫のように体勢を整えて着地した。
「ほお、魔法使いか。なかなかやるな。」
男は意外そうな顔をした。邪魔な手が消えたおかげで、彼の姿がよく見えた。彼の顔はやはりというか美形で、女性なら放っておかないほど整っていたが、今は邪悪に歪んでおり、元が美形だけにその醜態さが痛々しい。職業は戦士かナイトであろうか、かなり重装備で高価そうな鎧をまとっている。手にしている武器は剣ではなく、細身で反りがあることから刀であろうか?だとすると、サムライ?しかし、他の装備にサムライの雰囲気は見られなかった。ただ、どの装備も寒気がするほど白い。これは元々白かったのか、彼の影響で色が抜けてしまったのかは不明である。この寄せ集め感も異世界転生者の証拠といえるが、やはり確認は必要だ。僕は叫んだ。
「あなたは異世界転生者ですか。」
「その通りだ。」男は言った。「何の因果か、この世界にやってきてしまった。ここでもう一度人生をやり直そうと思ったのに、街の人間は俺に冷たかった。俺は絶望したよ、そして決意した。こうなったら、こうなったら…」
彼の顔がさらに歪んだ。
「この世界を滅ぼしてやろうとなあ。」
そう、このパターンである。僕はため息をついた。自分の能力を活かしてこの世界に居場所を見つける者、英雄になる者、上級市民になる者、異世界転生者の成功例は枚挙にいとまがないが、それは一握りである。転生者のほとんどはさほど幸せではない。望んでもいないのに転生した者、望んだ世界に転生できなかった者、もともと人と交流することが苦手な者など、こう言っては転生者に失礼だが、異世界転生にも才能は必要なのだと思う。才能が無いと、悲しい話だが落ちこぼれる。落ちこぼれたらどうなるか、目の前の男のように世界を恨むようになる。世界征服を企んでしまうのだ。そういうトラブルを防ぐのも、僕の仕事なのである。
「あなたの異世界転生がこの世界に悪影響を与えています。僕たちはそれを防がないといけません。そのためにあなたを拘束します。最後に聞きます。僕たちに従うことができませんか。」
これは最後通牒のようなものだ。公務員である以上、法に基づいて執行を行う。だからこの宣言は必ず言わないといけない文言である。しかし彼の怒りに油を注いでいるのも間違いない事実だ。案の定、彼のこめかみがヒクヒク動いて、怒りが倍増しているのが感じ取れた。
「ああん。この俺様が誰に拘束されるってえ。お前みたいな、ろくすっぽ歩けない野郎にこの俺が捕まるとでも思うのか。」
差別的な表現があったが、今は聞かなかったことにする。
「俺の返事はな、これだあ!」
彼の手から巨大な火球が生み出された。「えっ、火…?」僕は驚いて思わず口に出してしまった。
「そうだ。恐ろしいだろう。この最大火球呪文で地獄に送ってやる。」
彼はそう言って火球を僕に向けた。
「業火焦熱呪文タキネススレイバー!」
僕を覆い尽くすほどの火球が撃ちだされる。チェルシーが「ヤバい、ヤバい、ヤバい」と僕に抱きつく。少し遠くで剣を構えていたキラさんは動かなかったが目で僕を追った。でも僕はにっこり笑ってそれに応えた。目の前に火球が迫った。
「きゃああああ。」
チェルシーの叫び声と同時に車椅子が横に飛んだ。僕が1秒前に居たところに火柱が上がった。
「ホエッ?」
「だから大丈夫と言ったでしょ、チェルシー。」
そう言うと、僕は相手に向き直った。
僕の車椅子には魔法がかけてある。通常は僕の意思に従って動いてくれるだけだが、同時に障害物が近づくと避けるように組んである。それも急激に近づけば近づくほど素早く動く。普段は僕の意思でこの効果は抑えているが、緊急時はこうして防御の役を果たしてくれるのだ。
「なぜだ。なぜ、当たらないんだ。」
男の顔に驚きの表情が見えた。僕はもう一度問いかける。
「あなたの名は何ですか?」
僕に尋ねられ、彼は一瞬戸惑ったが、すぐに自信満々な顔に戻り、
「ゴ、ゴードン=デュカキス、白き英雄ゴードン=デュカキス様だ。」
偽名なのは明らかだか、名前がある方が説明しやすい。
「ゴードンさん、あなた、もしかして神様に転生させられたんじゃあ?」
「そうだ!神に間違えましたと言われた時は、俺の心は正直荒れたぜ。俺の肉体はとうに無くなって、もう元の世界へは戻れないんだからな。そしたら神は申し訳なさそうにこの世界への転生を紹介され、すごい能力をあげるからと説得してきたんだ。新聞の勧誘でもやらないぐらい露骨だったよ。」
「やれやれ、転生者さんからよく聞く『チート能力』ってやつですか。」
実はこのパターンも多い。神様の隠蔽というやつだ。これのヤバいところは、神様が口封じの意味も兼ねるので、能力が強大になってしまうということだ。こういう転生者がこの世界に馴染まないと、この強大すぎる能力は世界に大きな影響を与えてしまう。転生者は世界の理に組み込まれてないから、世界は異物として処理しようとする。その過程で異常な現象が起こる。現象のパターンは様々だが、今回の場合はこの白い瘴気の森だった。
「今のあなたはこの世界に迷惑を与えてます。あなたのその力のためにこの地域は魔界化し、あなたの力に合わせるように魔物も強くなってしまうんです。あなただけでなく、この地方を旅する人たちにも迷惑になるんです。だから止めてもらえませんか。」
「止める?ハッ、バカも休み休み言え。なんで見ず知らずの、俺に冷たかった連中のことを心配しなくちゃならないんだ。」
「でも…」
「うるさい、うるさい、うるさい!お前こそ、そんな奴らの心配より自分の心配した方がいいんじゃねえか。」
そう言うとゴードンは耳に手をやった。
「さあ、そろそろお前たちの死刑執行人たちが現れる頃だ。」
周りが騒がしくなった。洋館の至るところからモンスターが現れる。狼や人間、牛、豚、派手な鳥まで、バラエティー豊かな動く氷像が僕たちを取り囲んでいた。
「ア、ア、ア、アイスゴーレムがいっぱいだよお。ザイン、どおしよう。」
チェルシーが叫ぶ。それを聞いてゴードンが気持ち良さそうに高笑いした。
「ハッハッハ。どうだ、私の忠実な部下たちは美しいだろう。まさか前の世界での経験がこんなところで活かされるとは思ってなかったが。どちらにしても、お前たちの逃げ場はないぞ。」
しかし、僕は見抜いている。氷像の中には足しかできていないものや、荒削りの物も多かった。まだ使用に耐えない物まで使おうというのは恐れがある証拠だ。
「さて、どう料理してやろうか。」
ゴードンの手に火球が生まれる。しかも両手にひとつずつ。ちょっと待て、最強魔法の連続攻撃なんてありえない。神様もちょっとは加減してくれないかな、と僕は心の中で悪態をついた。
「生意気なお前にはこれを食らわしてやる。」
「やっぱり、そうなんですね。」
恐怖を感じていない僕の声にゴードンは不審を感じたようだ。
「あなたの魔法はパッケージ魔法だ。」
「パッケージ魔法?」
キラさんが聞き慣れない言葉を繰り返した。ゴードンもキョトンとしている。
「なんだ、それは?」
「要は魔法の簡易版ということですよ。あなたの魔法は確かに強い。でもどんなに威力が強くても、火の玉がまっすぐ飛んで、ぶつかったところで爆発するという動きは変わらない。動きが決まっている魔法をパッケージ魔法というんです。」
「そんなの当たり前だろうが。」
「とんでもない。この世界の魔法は単純な魔法を組み合わせて複雑な動きを作ります。単純な魔法は魔力をあまり消費しませんし、ピンポイントで効果を発揮することができる。あなたみたいなパッケージ魔法はどんなときでも最大火力だから動きが雑だし、すぐに魔力が尽きてしまいます。」
「ぐぬぬぬぬ。」
「まあ、こうやって組んだ魔法をロゴスというんですけどね。この世界で一番ロゴスを早く的確に組めるのは、不肖センシステイカーの僕だけなんです。」
僕は少し自慢してみた。もちろんほんの少しである。
「かあっこいい!」
チェルシーが僕に抱きつく。キラさんも少し安心したのか、氷のような無表情に笑みが浮かんだ。この様子が異世界転生者がよく言う『リア充』に見えたのか、ゴードンには気に入らなかったようだ。
「この野郎、イチャイチャしやがって。じゃあ試してみるがいい。お前がほざくロゴスとかいう貧乏くさい魔法が、俺様の最強の呪文にかなうかどうかなあ。業火焦熱呪文タキネススレイバー!」
ゴードンが火球を撃ちだした。それは僕に向かって真っすぐ飛んでくる。
「ほら、いくら強力でも、動線が分かっていたらどうにでもなるでしょう。」
僕は羊皮紙を開いた。同時に呪文を書き入れる。これがロゴスになる。瞬時に僕とチェルシーの前に氷の壁が現れた。
「きゃは、すご~い。氷のバリアだあ。」
「ははっ!だが、薄いぞ!そんな氷の板1枚で防げると思っているのか。」
「1枚ならね。」
言うが早いか、氷の壁の前にもう1枚、氷の壁が現れる。その前にも1枚、また1枚と次々壁が生まれてくる。あっという間に厚さ数メートルの氷のバリアーができた。
「防魔氷壁呪文キョウソウ。本当なら周囲に張り巡らす氷壁バリアだけど、来る方向が分かっていたら集中することができる。」
いくら強大な火球でも強固な氷の壁を全て壊すことはできない。火球は激しい爆発と火柱を生んだものの、氷壁の3分の1も破壊することはできなかった。
「もう1発、撃ちますか。まだこの氷壁は持ちますよ。」
観念して下さい、という意味を込めて僕はゴードンに語りかけた。ゴードンもこの状況に驚きを隠せないようだが、努めて平静を装っている。
「そうだな、どうやらその氷の壁は意外に強いらしい。しかし、それではお前も動けないだろう。この一発をこう使うとどうだ。」
ゴードンは火球を構えた。しかし目標は僕ではない。離れてアイスゴーレムと戦っていたキラさんにである。
「仲間が死ぬのを指をくわえて見ていろ!」
火球がキラさんに向かって飛ぶ。僕は神に祈った。キラさんにではない。彼に対してだ。
「ゴードンさん、魔法には属性というのがあるんです。あなたはどうやら神様から火の属性呪文をもらったようですね。きっと前の世界では火が身近な生活を送ってきたからでしょうが、それにしてもこの状況は悪すぎます。こんな火の気のないところでいくら最強の火球呪文を使っても、威力には限界がありますよ。本当の業火焦熱呪文タキネススレイバーはこんなもんじゃないんです。」
そう言って、僕はキラさんを見た。
「それに彼女は氷の属性と相性がいい。彼女が持っている剣も氷属性です。氷の世界で彼女は最強になります。あなたの持つ火の属性のパワーを超えるくらいにね。」
キラさんは逃げなかった。大火球を見据えて呼吸を図ると火球を一閃した。火球は縦に割れて2つになり、1つは館の壁を破壊し、もう1つは、なんとこちらに向かってくる。やばい、この方向には氷の壁が無い!
…ドゴーン!
氷の壁を慌てて動かして、火球に衝突させて難を逃れたが、さすがにちょっと焦ってしまった。
「こらあ、切った後のフォローもちゃんとせんかい!」
チェルシーがキラさんに文句を言う。キラさんはそんな僕たちを見て、無表情のまま舌をペロッと出した。チェルシーの怒りに油は注いだが、これは余裕のある印だ。そして反対にゴードンの余裕はどんどんなくなってきている。
「こらあ、氷の僕しもべども、どうしたあ。奴らを倒すんだ。」
ゴードンの声が響く。しかし、さっきまであれだけ攻撃してきた氷像がピクリとも動かない。
「どうしたんだ、お前ら。」
「チェルが抜いたのよ。」
チェルシーが腕を組んで浮かんでいた。
「最初はアイスゴーレムがうじゃうじゃでびっくりしたけど、よく見たら、何、こんな粗末な魂。チェルみたいな最っ高のサッキュバスなら、こんな奴らから精気を抜くなんてお茶の子さいさいよ。」
パチン、とチェルシーは指を鳴らす。途端に氷像たちはひび割れ、ガラガラと崩れていった。ゴードンが乗っている巨大な人間の像も動きを止め、ところどころに亀裂が入っていた。
「さあ、どうします、ゴードンさん。」
僕の予想では、これでゴードンも観念して契約すると思っていた。しかし世の中は思った通りにいかないものである。僕はゴードンの様子がおかしいことに気がついた。
「う、う、うわああああああ!」
目の前が一瞬真っ赤になった。氷の壁に火球がぶち当たる。氷が吹き飛び、火柱が上がった。と、思ったら次の火球がぶち当たる!
「ちょっとお、なんでこんなに魔法が使えるのよ。」
「やりすぎだよ、神様。」
今度は声に出して、僕は神様に悪態をついた。ゴードンの変化に気がついて防魔氷壁呪文キョウソウを再度始動させたから、攻撃を防ぐことができたが、こんなに何発も防ぐほどは魔力が持ちそうもない。
「ザイン、どうするの?」
「キラさんにがんばってもらおう。」
キラさんは僕の意図を悟ったのか、僕らの前に立つと、さっきのように火球を切り裂いていく。いくらチート能力といっても、何発も撃てば威力が弱くなる。彼女は少し弱くなった火球を次々に切った。分裂した火球は氷像に当たり、砕け、蒸発した。辺りがだんだん白いモヤに包まれる。
「くそっ!モヤで何も見えんぞ!」
「よし、今だ!」
僕は車椅子を猛スピードで発進させた。急な発進に僕に取り憑いているチェルシーも弾かれたように動きだした。
「たあすけてえー!」
彼女が叫ぶが、僕の耳にはもう入っていない。思った通り、最強呪文は2発飛ぶと次の攻撃までに間隔が空く。最強呪文は最強なだけに発動までに時間がかかるのだ。パッケージ魔法なら尚更だ。僕は羊皮紙を広げた。サラサラとロゴスを組み上げる。車椅子は部屋の中をぐるぐると円を描くように回り始める。
「どうする?」
キラさんが車椅子に飛び乗ってきた。
「このモヤに上昇呪文ショウリュウをかけました。」
「分かった。」
さすがキラさんは理解が早い。それに比べて、
「いやあ、止めてえ。おえっ、気持ちが悪いよお。」
「うるさい。」
「できるだけモヤに触れないと魔法の効果が出ないんだ。もうちょっと我慢して、チェルシー。」
その間に白いモヤはどんどん上昇する。やがてゴードンの周りは白い霧で満たされていた。さっきまで、モヤで僕たちの場所が分からなかったが、今度は自身の周りが霧で見えなくなっていた。当然、火球の精度も低下した。これなら車椅子の自動制御で対応できそうだ。僕は車椅子を止めた。横でチェルシーが浮いたままのびていた。
「急げ。」
「もうかけてます。」
ロゴスは次の段階だ。上空の霧には既に集結呪文ロゼナがかかっている。白い霧はどんどん収縮していき、握りこぶし大の白い塊になった。
「はっはっは。見えたぞ、お前ら、これで終わりだ。」
僕たちが動かないのを観念したと受け取ったのか、ゴードンは十数発目の火球を燃え上がらせた。この無尽蔵の魔法力にはもう怒りしか沸いてこない。
「タイミング、忘れるな。」
「はい。」
キラさんは飛んだ。残った氷像を踏み台にして、ゴードンの高さまで飛び上がると白い塊を剣で叩きつけた。同時にキラさんは後方に飛ぶ。白い塊は真っ直ぐゴードンに向かって飛んだ。塊がゴードンに触れるのと、彼が火球を投げる瞬間が重なった。
そこで、僕がロゴスを解除した。
ボンという音がして、部屋の温度が急激に下がった。集結していた水蒸気が一度に解放されたのだ。水蒸気は膨張すると周りの熱を奪う。僕たちのいる辺りでは気温が下がるくらいだが、中心地では…
白い霧がかき消されると、ゴードンがいた大きな氷像の手の上には小さな氷像が立っていた。凍った火球を握ったまま、驚いた顔をしたゴードンの像だった。
「馬鹿のひとつ覚えみたいに最強魔法を使ってましたけど、」僕は指を立てて振った。「あなたのロゴスは甘かった。それが敗因ですね。」
「申し訳ありません。」
氷を溶かした後のゴードンさんは非常に友好的だった。この世界への登録も進んで行ってくれた。そのせいだろうか、少しずつ洋館の中が暖かくなっている気がした。周囲もうっすらと色がついてきていた。瘴気が消えてきているのだろう。
「何もかも、私の心の弱さが原因です。もう一度、初心に戻ってやり直そうと思います。」
「当てはあるのですか?」
「いえ、私はこの世界のみなさんとは拒絶してきましたから。」
僕は、彼が不憫に感じた。もともと神様の間違いから始まっているのだ。理不尽である。
「あなたは、きっといい人。」
キラさんが珍しく口を開いた。
「復讐するにしては、この場所は街から遠い。」
ここから街まで1日以上かかる。本当に復讐するのなら、もっと街の近くに拠点を構えたっておかしくはない。
「ああ、確かに。」
チェルシーが同意した。
「あんた、世界征服にも才能は無いのね。」
「お恥ずかしい。」
恐縮しているゴードンさんにもっと何か言おうとするチェルシーの口を塞ぐと、僕は言った。
「何か、あなたの能力が活かせる場があるといいのですが。」
そう言いながら、僕は何気なく館の奥を見た。そう言えば彼が現れた奥の部屋がぼんやり明るかったことを思い出したからだ。奥に見える風景を見て、僕は笑顔になった。いい方法を思いついた。
「ゴードンさん、あなたに紹介したい方がいます。その方ならあなたの能力を活かすことができると思います。」
「ほんとですか、ぜひお願いします。」
「ただ…」
「ただ…何でしょう?」
「怒らせないようにしてください。超怖いので。」
僕は頭をかいた。キラさんが不思議そうな顔をした。
まだ続きます