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調査2 はぐれ異世界転生者 その1

とても楽しく書いています。どうぞご覧ください。

 旅の宿 アキナさんとの契約から3日経った。


 僕たちはアッピア街道を西に進んでいる。エディガルド王国の中央部に位置する王都からは5日ほど経っているが、まだカント地方と呼ばれる中央平原からは抜けていない。キラさんが僕の車椅子に合わせてくれているとはいえ、我が国土は広大であることを痛切に感じてしまう。


「さっきの町での情報だと、この辺なんだけどなあ。」


 地図を広げながら、僕はキラさんに話しかけた。彼女は僕をジッとにらんでいたが、左手を挙げて一点を指さした。


「ああ…正解。」


 ため息をつきながら、僕はがっくりと肩を落とした。新緑がまぶしい、雲一つない快晴の長閑な1日である。なのに、キラさんの指の先にはどんよりと暗い森が見えたからである。


「見てよ、キラさん。木が枯れちゃって真っ白だよ。」


 これはもう、最悪のシナリオが進行していることは間違いない。前回は穏便に契約できたから、今回も大丈夫だと思ったのが甘かった。やれやれ今日は残業か。僕は気持ちを入れ替え、いや覚悟を決めた。




…数時間後。




「…暗いなあ。」


 あの明るかった陽光が一切差し込まなくなった。僕は冷たくなった車椅子のひじ置きから手を離すと、マントの裾を持って体に巻き付ける。それでも冷気は体をまとわりつき、寒気が止まらない。


「いやあな雰囲気だね、キラさん。」


 この領域に入ってから、まず色が無くなった。あれだけ豊かにあった緑が一瞬に、である。代わりに黒い空間に白く枯れ果てた幽霊のような木々が周りにたむろするようになった。冷気が辺りを包んだのもこの辺りからだ。それでもキラさんは平気な顔で僕の車椅子の隣を歩いている。寒くはないらしい。


「予想はしてたけど、こんなに寒いとは思わなかったよ。」


「…瘴気だ。」


「ショウキ?」


 しまった。急に思いがけない言葉を聞いたので、馬鹿みたいに聞き返してしまった。案の定、キラさんは僕をジロリと睨み付ける。


「冷気の正体は瘴気だと言っている。」


 私に長いセリフを吐かせるな、と言外に含ませている。僕は首をすくめた。


 瘴気とは正体不明の禍々しいガスとでもいえばいいのか。一部では、魔界の力で土が腐って発生したとか、土壌に含まれている魔法物質が太陽光で変化して発生したとか、魔法力の源と主張する学者もいる。結局は何が何だか分からない。分かるのは、こんな平野のど真ん中に発生してはならないということだ。そう言えば…


「しょ、瘴気?瘴気ということは…」


「あらあ、思い出してくれたあ?」


 僕の後ろで、気配が強くなっていく。それが人の形になったと思うと、僕の後ろで「よいしょ」とあぐらをかいた。


「チェルシ~。」


「あはは、おっひさ。」


 チェルシーはあぐら姿のまま、僕を追いこすと抱きつき、頬にキスをした。黒いボンデージに覆われた胸がゆっさゆっさと揺れる。ボンデージの革の部分は極めて少なく、生腕、生足。髪はくせっ毛だが、きれいなブロンド髪をしている。そこにコウモリの羽の髪飾りをつけている。ちなみに、彼女曰く、この髪飾りは彼女のアイデンティティなのだそうだ。


 そうだ。大事なことを忘れていた。ちなみに彼女は浮いている。彼女は魔族、サキュバスなのだ。


…ブン!「ヒッ!」


 チェルシーの顔が青くなった。キラさんが目にも止まらない素早さで剣の切っ先を彼女の喉元に突き付けたからだ。


「離れろ。」


「ちょっとお、キラ。危ないことは止めなさいよ。ねえ、ザイン。」


 チェルシーが僕の首に腕をからめる。それを見たキラさんが躊躇なく切っ先を押し込んだ。チェルシーが慌てて後方に飛んで、僕の後ろに隠れた。


「分かったわよ。冗談よ、冗談。もう、キラってば、すぐに怒るんだから。」


「離れろ。」


「離れろって言われても離れるなんてできないわよ。」


 チェルシーは僕を見てニコッと笑った。


「チェルはザインに憑りついてるんだから。」


 昔、僕はチェルシーに憑りつかれた。憑りつかれた理由は、…正直言いたくない。今の自分があるのもチェルシーに若干関係あるが、それも別の話だ。結局、彼女はここ数年、僕から離れず一緒にいる。そして僕から魔力を吸い取って生きている。やむを得ない妥協案だった。そうやって過ごしているうちに、時々、彼女の姿が消えることを発見した。どうもチェルシーの体の中にある魔界の力が無くなると彼女の姿が消えてしまうらしい。姿が消えると因縁も消えてしまうため、僕やキラさんは見ることも、触れることもできなくなる。しかし、今みたいな瘴気漂う場所に来ると体いっぱい魔界の力を吸い込んで、彼女は実体化するのだ。チェルシーはキラさんを怒らせるので困るのだが、それ以上に僕にも実害がある。それは…


「ねえ、ところで、今、どこに向かっているわけ。」


 チェルシーは僕の肩にまたがった。飛んでいるから重みは全く無いのだが、瘴気を吸った彼女の肌の実感はある。ふ、ふとももの感触が…。これが僕の実害だった。


「どうもこの辺りに異世界転生者がいるんだって。」


 瞳にチリチリと炎が見えるキラさんを必死に抑えながら、僕はチェルシーに説明した。


「ふうん。でも、こんなヤバそうなところに転生者なんているの~?」


「こんなところだから確実なんだよ。」


 2日ほど前、訪れた街の人からある情報を聞いていた。


「半年ほど前に旅人がやってきて、この街に住もうとしたが、馴染めず出て行った。」


 そいつは異世界転生者だ、と僕は直感した。転生の負の側面である。当たり前だが、異世界転生者は全てが全て、望んで転生するわけではない。引っ込み思案の人物が強制的に転生することもあるし、転生した先でうまく馴染めないことも多い。アキナさんのように旅の宿屋をするなど、世界に対してアプローチするなど本当に珍しいことなのだ。じゃあ、大半の転生者はどうなるのか…


「あれ?建物があるわよん。」


 チェルシーが指さした。目の前は白い樹木が広がっていたが、その中に真っ白な洋館が浮かび上がっていた。キラさんも剣の柄に手をかけると、僕の方に目配せした。準備はいいかという意味だ。僕はうなずく。


「よし、行こう。」


 僕とキラさんは洋館の入り口を開けると中に入っていった。ただ一人…


「チェルは何にも準備できていないってー!」という声を残しながら。

まだ続きます。

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