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調査1 国勢調査人のお仕事

 春が終わりかかっている。陽射しも日増しに強くなり、木々の緑も深みを増してきた。その木々がまるでアーチのように道の脇に植えられていた。そのため、道には、ほどよく木漏れ日と木陰が共存し、旅の心地良さをプラスしてくれていた。

「いや~いい天気ですね、キラ…さん。」

ザインは隣の女性を見上げるようにして、へりくだった。

「はい。」

キラと呼ばれた女性はそれだけ言うと、ザインに見下ろした。春風が彼女を吹き抜け、キラの長い銀髪が舞った。キラさんはエルフの戦士だ。エルフという種族は、非力な印象があるが、実際は個人によって大きく能力が違う。キラは魔法の力よりも剣を扱う方が性に合っていたようだ。その証拠に、背中には彼女だけのために鍛練された剣が背負われていた。まあ、エルフとしては変わっているのかもしれない。

かく言う僕も変わっている。本来はキラと僕も同じ背丈なのだが、日常生活では僕の目線は低くなる。それもそのはす、僕はいろいろあって今は車椅子生活なのだ。とは言うものの、僕にはそれが特段不都合には感じない。理由は二つ。今、旅をしているアッピア街道はエディガルド王国から延びる主要な街道で、しっかりした石畳と広い道幅で交通の便が非常に良かった。おかげで車椅子でも気にならず旅ができている。そして、もうひとつは…

「着いた。」

キラの声で、車椅子が止まった。僕が視線を上げると目の前にログハウス風の建物がたたずんでいる。今回の目的地だった。僕たちは玄関に回った。上には看板がかかっている。

『旅の宿 オーキニ』

「オーキニ?」僕は首を傾げた。「どんな意味かな。キラさんは知ってる?」

「…ハークネー山脈の中腹に『オーキニ』と言う名の毒トカゲかいる。」

そう言って、キラさんは深いため息をついた。

「毒トカゲ?なんかすごい名前をつけたんだなあ。」

僕が思った時、玄関の扉が開いた。

「いらっしゃい。センサステイカーのザインさん。」


 僕を出迎えてくれたのはアキナさん、この宿の女主人だった。この世界では美形といわれる幻の風の精霊シルフィードはきっとこんな顔なのかと思うほどの美人だ。オレンジ色の髪を後ろに束ねて、緑のバンダナを巻いている。服装も清潔そうなワンピース姿だし、バンダナの色に合わせた緑のエプロンも清潔そうである。

「さあ、どうぞどうぞ。」

 アキナさんが僕たちを奥へと案内した。この宿はそれほど大きくはなく、アキナさん1人が切り盛りしていた。テーブルまで来ると椅子を1つ片づけて、そこに僕を促した。

「ありがとうございます。」

 僕は席に着いた。当たり前のようにキラさんは僕の後ろに立った。僕の護衛のためである。

「どうぞ。」

 アキナさんはテーブルに木製のカップを3つ置くと、向かいの席に座った。僕はカップを持って口をつける。う、うまい。

「とてもおいしいですね。」

「ありがとうございます。お連れの方も、どうぞ。」

 アキナさんはキラさんにも飲み物をお勧めしたが、キラさんは眉1つ動かさず、目線だけで辞退した。

「初めて飲みましたが、何という飲み物ですか?」

「紅茶と、呼べばいいのでしょうか?」

「コーチャ?」

「はい、ある植物の葉を乾燥させ、発酵させてからお湯で煮出したものです。」

「へえ、不思議ですね。こんな飲み方があるんだ。」

 紅茶と呼ばれた飲み物はとても良い香りがした。味も上品で、フルーティな酸味や穏やかな苦みが口の中で合わさって楽しい。アキナさんによれば、人によってはミルクやレモンを入れて味の変化も楽しむのだそうだ。

「私の世界では普通の飲み物だったんですよ。私は好きでけっこういろいろ研究してたんですけど、まさかこんなところで役に立つとは思いませんでした。」

 僕は周りも見渡した。

「この建物の造りもあなたの世界では普通なんですか?」

 実は建物を全て木材で作るというのは、この世界では珍しい。この世界では王都はもちろん、かなり田舎の村でも建物は石造りがほとんどだ。このように木だけで作るのは壊れやすいと心配されるからだ。しかし僕が見ているかぎりは、そのような心配はなさそうだった。逆に木目を活かした壁や柱は不思議な統一感と自然の趣があって、むしろいい雰囲気を作り出している。

「いえ…さすがに私たちの世界でもログハウスは珍しいですね。でも木造の家は一般的ですよ。」

「そうなんですか。それにしても、この宿はアキナさんお1人で作ったんですよね。すごいなあ。」

「まあ、昔取った杵柄きねづかですから。」

 アキナさんは笑顔で木製のポットから紅茶のおかわりを注いでくれた。そろそろ…かな。

「では、本題に入りましょう。」

 僕が切り出すと、アキナさんは真顔になって頷いた。

「アキナさん、あなたは異世界転生者、でよろしいですか?」

 僕の問いに、彼女は深くうなずいた。

「ありがとうございます。本来は本当に転生者かどうかの調査もするんですが…」

 僕は紅茶の入ったカップを持ちあげて、笑った。

「こんな飲み物は我々の世界では考えつかないと思います。宿の造りからも考慮すると、異世界転生者で間違いないと判断します。」

 馬鹿馬鹿しい話だが、異世界転生者を自称して世間の注目を浴びようとするやからもけっこういるのだ。特に転生者が増えてきた最近は多い。その分、僕の仕事が増えてしまって辟易へきえきしていた。

「あの…私、何かの罪になるんでしょうか?」

 アキナさんが心配そうに僕に言った。

「罪にはなりません。ただ異世界転生者は2つのタイプがあります。1つは私たちの国民の子として生まれる場合。これは出生届が出されますし、わが国でも把握することができます。もう1つはある程度成長した姿や異世界と同じ姿で転生した場合。これは出生届が出されませんから、国民としての登録ができません。すると国民としての義務を行えなくなる。これは罪です。」

「…はい。」

 アキナさんが不安そうな顔をしたので、慌てて僕は付け加えた。今日は詰問をしにきたのではないからだ。

「あ、でも、必ず罪になるわけじゃないから。それに、もちろん義務だけではなくて、権利も享受できませんからね。それはあなた方、転生者としても不利益だと思いますよ。」

「すみません。連絡が遅くなってしまって。」

「いえ、連絡していただいて助かりました。最近、自薦他薦で異世界転生者と称する方が多くなって、私の調査だけは追い付かなくなってしまっていたので…」

「いえ、お噂は聞いておりますわ。凄腕のセンサステイカ―と評判ですわよ。」

「はは…センサステイカ―と言えば聞こえはいいですが、要は国勢調査員です。しがない公務員ですよ。」

「いえ、私が覚えている公務員と、ザインさんは全然違います。」

 アキナさんは笑顔を見せたが、また不安そうな影に覆われた。

「あの…それで、どうすれば。」

「ということで、魔法を組んできました。」

 僕は彼女の前に羊皮紙を広げた。

「サインをすれば、正式に我が王都の国民として登録されます。また組んだ魔法で、アキナさんはこの世界のことわりの中に組み込まれます。」

「あの…この世界に組み込まれると何か、変化があるのでしょうか?」

「大きな変化はありません。ただ多少、異世界での記憶とかが薄くなったり、持っている力が制限されることはあります。また、この世界での寿命が設定されるので、この世界で生きて、そして死ぬことになります。」

 そこまで言って、僕は気がついた。これではアキナさんを追い詰めていることになりはしないか。でも、これは事実だ。事実はしっかりと伝えないといけない。

「でも、逆にこの世界に組み込まれることで、本来は無かった人々との縁ができます。また運勢も再構成されます。そのままではあなたの身に起こらなかったであろう、新しい出会いや素晴らしい出来事も起こるんです」そこまで言ってから、また僕の声が小さくなった。「もちろん、反対もあるんですが…」

「いいえ。」

 アキナさんが言った。決然とした表情で、顔には気品すら見えていた。

「こちらに来た時、最初はわけが分からなくて、途方に暮れていました。やがて自分の周りの状況を理解して、残っている知識や技術を元に、もう一度生きていこうと決めたんです。幸い、宿屋は少しずつですけど繁盛して生活はできるようになってます。でも、なぜか、なぜか、この世界は自分の世界じゃないような気がしていたんです。だから昔の世界にすがりつくしかなかった。昔の記憶が私の最後の絆なんです。でも、こうやって正式に登録できたら、私は世界の正式な一員になれる。そりゃあ、良い事や悪い事、これからいろいろなことが起こるでしょう。でも嬉しいです。私、ようやく故郷ふるさとができたのですから。」

 彼女はにっこり笑った。心からの笑顔だった。

「あ、私は元の世界と2つの故郷ふるさとができたのですから、他の方より幸せですよね。」

「そう言っていただけると助かります。あと、登録すれば、税などの徴収にも協力していただかないといけません。」

「もちろん、国民の義務、ですものね。」

 アキナさんは羊皮紙に名前を書いた。名前は、人の思いがこもっていれば、異世界の時の名前でも良いらしい。彼女は敢えて異世界の文字で書いた。僕は彼女の角ばった図形のような文字を見たが、さっぱり読めなかった。

「これでこの名前を書くのも、おしまい。」

 そして羊皮紙を僕に差し出した。

「よろしくお願いします。」

「ありがとうございます。」

「あの…これから、どうされるおつもりですか?」

「どうされるって…」

 アキナさんに言われて、ふと、宿の風景が薄暗くなっていることに気がついた。いつのまにか日没間近のようだ。今日はきれいな人と会って、素敵な話も聞けた。楽しい時間は過ぎるのが早いらしい。

「どうでしょう?今日はお泊りになっていっては?幸い、部屋も空いてますし。」

「え、いいんですか?」

「もちろん、歓迎いたしますわ。」

「では、お願いします。宿泊代は払いますので。」

「はい、聞き及んでおりますよ。ザイン様はけっして不正なことはされない、とね。」

「は、はははは。それで、部屋は2つでお願い…」

「ダメ。」

 初めてキラさんが声を出した。

「ダメって、キラさん。僕とキラさんと2人いるんだから、部屋は2つないと…」

「絶対にダメ!」

 キラさんが顔を真っ赤にして抵抗した。こうなったらもうテコでも考えは変わらない。僕はため息をついた。

「アキナさん、すみません。ベッドが2つある部屋はありますか。」

「あら、いいんですか?ダブルベッドの部屋もありますけど。」

「え…いや、それはダメ。ダメです。ベッド2つでお願いします。それと…」僕はアキナさんの耳元に口を近づけると、「部屋を分ける簡単な仕切りをお願いできませんか?」

「はいはい、分かりました。」アキナさんはクスクス笑いながら、「仲がおよろしいんですね、お二人は。」

「はあ、すみません。」

「いえいえ、今日はお越しいただいてありがとうございました。今日は精一杯おもてなしさせていただきますので、よろしくお願いします。」

 アキナさんはお辞儀をした。凛としたお辞儀だった。


「ザインはデレデレしすぎ。」

 酔ったキラさんが絡んでくる。今飲んでいる赤ワインと同じくらい真っ赤な顔で、しかも目つきが怪しい。そして態度もつややかになってくる。

「してないよ、キラさん。」

「してた。やらしい。」

 彼女はグラスを空ける。僕は空いたグラスに赤ワインを注いだ。

 夕食はアキナさんの手料理がふるまわれた。アキナさんはこちらの世界に来てから料理を必死に勉強したそうで、目の前の料理はどれもおいしかった。でもメニューの中には知っている料理もあれば、見たこともない料理もあった。それはアキナさんの前の世界でよく食べていたものだったらしい。

「楽しんでくれてますか?」

 アキナさんがあいさつに来てくれた。僕はとてもおいしいとお礼を言った。特に今、食べている肉や海鮮を水に溶いた小麦粉と混ぜて焼いたこの料理はおいしかった。

「この料理は小さい頃、よく母が作ってくれたんです。貧乏だったので、今日みたいな具だくさんじゃなく、ほとんどが小麦粉だったんですけど、それでもおいしくて、大好きでした。それが懐かしくて、こうやってメニューに加えたんです。」

「思い出の味なんですね。おいしいはずだ。」

「ありがとうございます。」

 アキナさんは別のテーブルに向かった。今日の彼女はひっぱりだこだ。

「こら、ちゃんと聞いてるのか?」

 腕枕に顔を埋めて恨めしそうにキラさんは僕を見ている。酒に酔った時だけは、キラさんはよくしゃべる。本音もよく語ってくれる。しかし質が悪いことに、酔いつぶれるとその時の記憶が一切無くなってしまうのだ。

「あのさあ。」

「なに、キラさん。」

「胸が大きい方が、好きか?」

「ブッ!」僕はエール酒を吹き出した。「…な、なんで、そんなこと。」

「だって、アキナさんの胸、じっと見てた。」

「見てない。見てない。」

 僕は全力で否定する。夜になり、この宿を利用するお客さんもたくさん訪れていた。食事は食堂で食べることになっていたので、自分たち以外にも何組かのお客が食事をとっていた。その中でもキラさんは音量調整をしないから、周囲の注目の的だった。僕は痛い視線を振り払うので精一杯だったが、キラさんは独自の世界をまっしぐら。服の上から自分の胸をもみ、

「これじゃあ、ザインは好きになってくれない。」

「そうじゃないって、キラさん。」

 僕が否定しようとすると、キラさんの目がギラリと光った。

「こうなったら…」

「え、ちょ…」

 キラさんは背中の剣を引き抜く。細身で長い刀身が僕の前でゆらゆらしている。刀身に映る自分の顔色が死んだように…白い。

「キラさん、早まらないで。こわい、こわいって。」

「てやあーーーーーー!!!!!」

 キラさんは僕に向かって剣を突き出した。刺される!と思った瞬間、目の前に次の料理がドンと置かれた。剣はその料理に深々と突き刺さった。

「はい、ザイン様。今日のお礼。牛の丸焼きでございます。」

「う、牛の丸焼き?」

「おおー!すごいぞ!ザイン。」

 キラさんは剣で牛から肉を切り取ると口に放り込む。

「ちょっと…キラさん。行儀悪いよ。」

「大丈夫。やっぱり胸を大きくするためには肉だ、肉を食べないと。」

 そういいながら、塊肉にかぶりつく。そんな彼女を見ながら、僕もこのひと時に酔いしれた。

「きゃあ。」

 突然、叫び声が聞こえた。僕とキラさんが声の方へ目を向ける。明らかに冒険者風の男性2名が他のテーブルに居た女性の手を引っ張ろうとしていた。どうも口説いていたらしい。

「嫌です。離して。」

「何言ってるんだ。お前も勇者様にお酌ができる機会なんてめったにないぞ。ありがたく思えよ。」

 こりゃ、ひと波乱あるな。僕は懐に手を忍ばせる。見るとキラさんの目も戦闘モードで爛々と輝いていた。

「お待ちください。」

 アキナさんが止めに入った。

「お客様、他のお客様の迷惑です。お代はけっこうですから、お引き取り下さい。」

「はあ、せっかくこのぼろ宿屋に箔をつけてやろうと泊まってやったのに。」

「いいから、お引き取り下さい。」

「ああ、じゃあお前でいいわ。俺たちに酌をしろ。何せ俺たちは勇者様だからな。」

「申し訳ございませんが、そのようなサービスは行っておりません。」

「はああ、黙ってやりゃあいいんだよ。せっかくの夕食だが、あんたみたいな年増のブスで手を打ってやるっていうんだからなあ。」

 ピキッ…

 あれ?なぜかアキナさんのこめかみが動いたのか、はっきり分かった。

「あ~~~~~~~~~ん。誰が年増のブス、だってえ~~~~~~~!!!!!」

 アキナさんは自称勇者の胸倉を掴んで、ガンを飛ばすと、

「誰に口聞いとるんじゃあ、われえ!いい加減にさらせって言うとんのが分からんのか!ああ!それ以上周りに迷惑かけると、鼻の穴から手え突っ込んで、奥歯ガタガタ言わしたるぞ、ゴルア!」

「え、いや、その、た、助けて。」

「やかましいわ。お前らみたいな、性根の腐った連中は根性を叩き直さなアカンのじゃ。ほら、お前も逃げんじゃねえ。」

「ひいい!」

「これでもまだ分からんか!泣くな、こら。勇者なんやろうが。ほら、謝れ、土下座して謝らんかい!」


…以下、自主規制


 僕は思い知った。この仕事に就いた時、上司に言われたルールを…


ルール① 

異世界転生人が元の世界で、どんな人間だったか、どんな性別だったか、など余計な詮索しない。


「先生、よーく分かりました。」

 僕がそう言って、キラさんを見ると、彼女はテーブルに座ったまま眠っていた。良かった。このままにしておこう。明日になったら、きっとこのことも忘れてくれるに違いない。それにしても…

「異世界人って、こわいんだなあ。」



   

 


 

まだ続きます

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