『ろくでなしロックス』(仮題)
カーテンの隙間から差す陽射しが、瞼の上でゆらゆらと踊る。
ゆらゆらと、ゆらゆらと、ゆらゆらと……。
(なんでワルツなんだよ。どうせなら16ビートをくれ……)
横を向いて再び眠りにつこうとしたが、すでに陽は高く昇り、眩しさと蒸し暑さで目を閉じ続けるにも苦痛を感じるほどだった。
クーラーは止まっている。むき出しの肌の上を汗の粒が這い落ちる感覚が、耐え難い。
(くそっ)
なのに……。
(雨の音が聞こえる?)
アルコールの抜けきらない脳が、違和感だけを伝えてくる。
どこからともなく流れてくる水音が喉の奥にまで響き、いやおうなしに渇きを掻き立てる。このまま外に飛び出して、頭から浴びてやりたい衝動に駆られた。
だがいまだ目覚めぬ身体が、動かない。苛立ちが募る。
ライブの翌朝はいつもこうだ。というより、その後の打ち上げの乱痴気騒ぎのせいか。
一夜の狂騒に、肉体も精神も金も時間も、持てる全てを注ぎ込み、空っぽになった身体に残るのは、澱のように粘りつくどす黒い疲労と倦怠感のみ。
やがてキュッという擦過音とともに雨音がやみ、続いてバタタッと、バスルームのドアが開く音が響いてきた。
室巌緒は、寝転がったままゴロリと向きを変え、音のする方角に身体を向けた。
部屋の奥から出てきたのは、半裸姿の若い女性だった。
バスタオルを肩にかけ、長い金髪の先からポタポタと水滴を床に垂らす。
白い肌。華奢な手脚。タオルと髪で隠されながらそれを押しのけるように存在を主張する、豊かな胸。でもなぜか、男物のトランクスをはいている。
彼女はけだるげな足取りで部屋の中に入って来ると、隅に置いてある冷蔵庫を開け、牛乳パックを取り出した。
直接口を当て、コクコクと喉を鳴らしながら、横目で室の方を見る。
目が合うと、パックを離し「おはよう」と笑った。
室は横になったまま、表情も変えずに言い放つ。
「なんでお前、俺のパンツはいてんだよ」
「んー?」
彼女は口元に指先を当て、上をむいてしばし考えるそぶりをした後、こちらを指差した。
「わかんないけどー。ムロちゃんがわたしのパンツはいてるからじゃないかなー」
言われて初めて気付く。己の股間を見ると、そこを覆う小さな布切れの脇から、覆いきれない何者かが四方にはみ出している無様な姿があった。
「ちっ」
慌てて隠すのも、脱ぐのも、格好がつかない。
室はやおら身を起こし、ベッドの上に胡坐をかいた。
「俺にもよこせ」
女の持つ牛乳パックに手を伸ばす。何事もなかったふりで。
彼女はクスリと笑った後、パックをあおって中のものを口に含み、片手で室の首を抱え込んで唇を押し付けてきた。
冷たいような、温かいような。ほの甘い液体が口の中に流れ込んでくる。飲み下すと、続いて柔らかな舌が侵入してきた。
生き物のようにうごめくそれが、室をゆっくりと舐り始める。室が応えると、相手はさらに激しく口腔を暴れまわった。
やがて彼女は唇を離し、上気した目で満足げに笑った。
「うふっ、美味しっ」
室は無言で女の手から牛乳パックを取り上げると、中身を一気に飲み干す。
その喉の動きを、彼女はじっと見つめる。
空になったパックを受け取り、ベッド脇のテーブルの上に置いた後、彼女はふたたび室に身をあずけ、首を両手で抱え込み喉元に唇を当てながら、その身体を押し倒した。
* * * * *
「ねー、今日はどうすんのー?」
うつ伏せでタバコを咥える室の背中を指先でもてあそびながら、彼女が訊ねる。
「バイト」
「えーっ、休んじゃいなよー」
「そんなわけにいくか。これでも仕事だけは真面目にやるんだ」
「女にはいい加減だけどねー」
「うるせえよ」
「じゃあ、音楽はー?」
「真面目な音楽なんか、つまんねーだろ! っと」
室は勢いをつけて身を起こすと、バスルームに向かった。
熱水でベタ付く汗を流した後、冷水に切り替え、ふやけた肌を引き締める。
泡立てた髪を乱暴に掻きむしりながら、次第に明瞭になってくる意識の中で、室は考えていた。
(あの女、誰だっけ……)