46.里帰り
でやぁ!更新!
「――で、なんで陛下がついて来ているんですか?」
大量の荷物を背負い歩く傍ら、私のすぐ横を歩く陛下を見上げながら当然の疑問を口に出す。
陛下の装いはいつもとは違い、目立たずシンプルな物だった。袖も長くなく、飾りもなく、柄もなければ色もほぼ一色のみ。
けれどよく見れば素材が良い事が分かるので、目敏い者にならすぐに金持ちだとバレる程度の変装だ。
「私も休暇を取った」
「いやそれ答えになってないんですけども」
皇帝陛下ってそんな簡単に休暇が取れる立場でしたっけ? てか勝手に休んだらベルナール様がキレませんかね。
「夫としてレイシーの家族に挨拶をと思ってな」
「何を言ってんすか」
私の家族を紹介するのは構いませんけど、わざわざここでも偽妃を演じる必要はないんじゃないですかね。てかむしろダメでしょ。
「冗談だ。いい機会だから、帝都の最下層がどんな暮らしをしているのか自分の目で見ておきたい」
「なるほど、これも仕事の一環と」
いやぁ、陛下は相変わらず変なところ真面目だなぁ……皇帝なんて、私みたいな下々の者からの報告を待つだけでも良いのに。
税も納めない最下層の暮らしぶりを見る為だけに、わざわざ休暇と偽って視察に来るとは。
「何も貧民街に巣食うのはならず者ばかりとは限らないだろう? ある程度は法と行政の手が届く場所にしておきたいのだ」
「まぁ確かに、他国の間者が忍び込んだり逃げ込んだり、お金で釣って協力者を募るのにも都合のいい場所ではありますね」
私の目が黒いうちは、私の家族の周囲でそんな変な事はさせないが……下手したら家族がスパイ容疑で捕まってしまうし。
でもなぁ、暫く休みが取れなかったからなぁ……これからも休めるのは不定期になるだろうからなぁ……そこがちょっと心配なんだよなぁ。
「それで、陛下は本当に私に着いて来る気ですか?」
「そうだが?」
「……なんとお呼びすれば?」
「言っただろう? シルと呼んでくれと」
私が背負っていた荷物を取り上げ、そして手を取って口付けを落とす。
恥ずかしげもなく自然とそんな事をやってのける陛下に動揺し、視線があっちこっちに右往左往してしまう。
誰かに見られていないか、他人の視線が急に気になって確認した。
「いや流石に……陛下とバレなさそうな名前にしましょうよ」
「ははっ、シルというだけならいくらでも同じ名前が居るさ」
心のザワつきを気取られないように、少しだけ視線を逸らして、何でもない風を装って返事を返す。
「今の私はただの職場の上司だ。……そうだな、いつもお世話になっている部下の手伝いに来たとでも言っておけ」
「む、むぅ……休暇になるのかな?」
「あぁ、私の護衛ならしなくて良いぞ、せっかくの休暇だからな」
「それは……」
い、良いのかなぁ……?
「ベルナールには黙っておけば良いし、もしもの時は私から言っておく。なに、自分の身くらい自分で守れるさ」
「へい――シルがそう言うのでしたら……」
陛下本人が良いって言ってるし、私が怒られないなら別に良いのかな……良いのか? 良くないか? いや良いのか?
「それよりも重いな、何が入っているんだ」
「食料と板材です」
「板材?」
「棲家がボロボロなもんで」
日持ちする保存食、それと雨漏りなんかを防ぐ為の簡単な建材が里帰りのお土産である。
「本当はもっと良いの持って行きたいんですけどね……」
美味しいお菓子とか沢山持って行きたいんだけど、美味しい物を渡すと計画性もなく食べ過ぎちゃうし、取り合いの喧嘩になっちゃうから今日のうちに食べ切れる量だけだ。
建材も、あまり良い物で補修すると、他のグループに「あそこは儲かっている」と思われて襲撃されてしまう危険性がある。だから本当に簡単な物しか用意していない。
それでもチビ達の人数を考えればかなりの荷物になる。力持ちの陛下が持ってくれて助かった。
いや、本当は陛下にこんな事させるのダメなんだけど……本人が返してくれないし。
「なるほど、だがレイシーなら貧民街のチンピラ程度なら簡単に排除できるのではないか?」
「私も常に一緒に居られる訳じゃありませんし、チビ達が私の力を当てにして買わなくても良い喧嘩を買って来る可能性もあるのでダメです。それに家族は私の仕事内容を全く知らないので」
もちろん家族に危害を加えられたら全力で報復するし、降りかかる火の粉は振り払うけど、自分から誰かに喧嘩を売る事はしない。
それに他のグループを従えるって事は彼らに対する責任が生じる事でもあるし、今の私に家族以外を養う甲斐性は無いのだ。
「家族にはなんと説明を?」
「超絶美少女で優秀なレイシーちゃんがお偉いさんに見出されて宮廷勤めする事になりましたー! いぇーい! って感じです」
「……そうか」
残念な子を見る目で見詰められてしまったけど、私の仕事内容なんて他言できる物じゃないから仕方ないのだ。
暗部として暗殺や工作活動やってまーす、なんて言ったって家族を心配させるだけだし。
「レイシーの家族はどんな人達なんだ?」
「えっーと、皆のお母さんデボラおばさんでしょ、それと近々子どもを産むエマの姐さん、姐さんの旦那のギー、私と同じく今年成人したばかりの幼馴染のシリル、後は上の子が二人、下の子が三人って感じですね」
「思ってたよりも大所帯だな」
「そうなんですよー、もうその日の食い扶持を探すだけで大変で大変で」
戦力になるのなんて姐さん、ギー、シリルの三人くらいで、デボラおばさんは足を悪くしてるし、チビ達なんて論外……いや、上の二人は最近動けるようになって来たかな? まぁ、その程度。
今はエマの姐さんが妊娠中で動けないし、どうしたって働き手の方が少なくなっちゃうんだよね。
「だから宮廷勤めの私は一家の大黒柱という訳なんですよ」
「なかなか責任重大だな」
「それに今回は正式に暗部として雇われて初めての里帰りですからね、お土産の量も増えるってなもんですよ。……ただ、全く顔を出さなかったから皆んな心配してるかもなぁ」
もしかしたら、おばさんや姐さんに怒られるかも……それだけは覚悟しないと。
「立派に稼いで来たのだから問題ないのではないか?」
「いやぁ、実は家族は私の宮廷勤めに反対してて……」
「そうなのか?」
「シルの前で言うのもアレなんですけど、あんな腐り切った役人共の下に付く必要はない! バカ貴族共にも何をされるか分かったもんじゃない! ……って、そんな感じで」
「……なるほど、まぁ、自分達の目が届かない場所に行くのだから心配はするか」
皆んな何かしら役人に嫌な思い出があるし、兵士たちに追い回される事なんてしょっちゅうだったから、なんていうか、公僕に悪い印象しか持ってないんだよね。
「あー、確かに追い回されたなぁ……」
「? シルもそんな経験があるので?」
「……仕事を抜け出した時など、ベルナールの奴にな」
「あぁ〜」
ベルナール様に追い回されるとか、下手な兵士よりもよっぽど怖い経験をされてらっしゃる。
「それよりも、レイシーの実家はまだか? 大分歩いたと思うが……」
「もうそろそろ着きますよ」
帝都の郊外からさらに外側へと歩いた先、朽ちた建物が複雑に入り組んだ、廃棄された地区が貧民街だ。
私の実家は、その貧民街の中心からやや外れた位置にある。
よく分からない物が散乱した、ぬかるんだ地面を歩き、時折手を伸ばしてくる浮浪者を躱しながら、日の光が届かない薄暗い道を歩き続ける。
陛下と話しながらだと、なんだかいつもより時間の流れが早い気がする。
「そこの角を曲がれば――」
目の前を指差すため、伸ばした手が横から掴まれる。
「――お前、レイシーか? 生きてたのか?」
私の手首を掴んだのは、幼馴染のシリルだった。
新キャラ登場!




