四の段
睨まれる生活もそろそろ疲れてきた。
あんなに好きだったのに、今は姿を見ると睨まれると思って逃げたくなる。
「………ということなんですが、先輩どうしたら良いと思いますか? 」
最近元気のない私に気が付いた先輩が、本当は受験で忙しいのに帰り道待ち伏せして、私の悩みをあの手この手で聞き出した。
「あ〜、そうだよな〜。………んじゃさ、いっそお前の思ってることそのまんま言えばイイじゃん」
「そのまんま………ですか? 」
「ああ。だってお前困ってるだろう? 心の中にずっと言いたいことを溜めっぱなしだから辛くなるんだ。だからそれを吐き出せば良い。簡単だろ? いっつも俺には言いたいこと言ってんだからさ」
そう言って相良先輩は私の頭をグリグリした。
髪がぐしゃぐしゃになるから嫌だったのに、今はちょっと嬉しい。
「………わかりました! 私やってみます! 」
「おう、頑張れ。骨ぐらい拾ってやるからな」
縁起でもないことをいう先輩のお腹をグーパンしておく。
先輩はちょっと涙目になりながら私の髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
さて、心は決まった。
言いたいことを言う、けれど言う場所は選ばないといけない。
またあの野球部の人たちが絡んでくると非常に厄介だから。
私は素直にナツ兄とアキ姉を頼ることにした。
「もちろん協力するわよ。元はと言えばうちの愚弟が悪いんだもの。じゃあ、逃げないようにうちで話せば良いわ。私の部屋にアイツを呼ぶから二人でね」
そう言ってアキ姉が自分の部屋を提供してくれた。
日にちを置いたらきっとまた勇気が出なくなる、だから今日言ってやる!
私は学校から帰って家で着替えて、すぐにアキ姉の部屋にお邪魔した。
そこでハルが帰って来るのを待っている。
「ただいま」
玄関から声が聞こえた、ハルが帰って来た。
アキ姉がハルを部屋まで連れて来てくれることになっている、今になって心臓がドキドキしてきた。
「なんだよ話って、なんでアキ姉の部屋でわざわざ………」
「いいからこっちに来て、大事な事なんだから! 」
嫌がるハルをアキ姉が引っ張って来ているようだ。
そしてついにドアが開いた。
「ったく、なんなんだよ………って、なんでここに?! 」
「理沙ちゃんがあんたに言いたいことがあるからここに連れて来たのよ。逃げんじゃないわよ! じゃあ、理沙ちゃん私とナツは隣のナツの部屋にいるからなんかあったら呼んでね」
そう言うとアキ姉は部屋を出ていった。
「……………なんだよ、なんか話があるなら話せよ」
相変わらず睨むようにこちらを見てくる、でもここで威圧されちゃ駄目だ。
「うん。あのさ、面倒だから簡潔に言うね。学校で野球部の人たちと一緒に私のこと睨んでくるのやめて」
「はあ? 別に睨んでないし………」
「いや、睨んでるよ。うちのクラスの子や友達にもいつも心配されてるから、なんであの野球部の人達いっつも睨んでくるの? って。………ねえ、私のことが気に入らないならもう見なければ良いよ。私もそうするし、正直毎回学校で会う度に睨まれるのって精神的に辛い。これ以上続いたらたぶん体調にも影響が出るよ。絶対に野球も見に行かないし、これからは学校でも会わないようにする」
「な!? 何だよそれ! 」
「前に野球部の部長とマネージャーが私のところに、ハルの調子が悪いのは私が何かしたせいだから謝れって言いに来た。その時凄く怖かった。もうあんな風に野球部の人にも関わりたくない! もう、きっと昔のようにハルとは過ごせないんだよ。………学校じゃこんなこと話せないからアキ姉に頼んで家で待たせてもらったの。………じゃあ、そう言うことだから」
「ま、待てよ! そんないきなり………」
「いきなりじゃない。ハルが野球部に入ってからずっと辛かった。何で私が責められるの? 私が悪かったの? 私はもう少し待てば昔のハルに戻ってくれると思っていたけど、どんどん酷くなるだけだった」
「そ、それは………」
「だからごめん! 私はもう傷付きたくない。………じゃあ、もう行くね」
ドアを開けるとアキ姉とナツ兄がいた。
「ごめん、聞いちゃった。本当にごめんなさい、辛い思いさせて」
「俺たちがもっと話していれば………」
「別に二人のせいじゃないですよ。………じゃあ、帰ります。今日は協力してくれてありがとう」
『というわけで、今日言いたいこと言ってきました』
私は家に帰ってすぐに電話で相良先輩に報告した。
『そうか、頑張ったな。………ヨシ! じゃあ、頑張った後輩には俺が特別に奢ってやろう。お前の好きな紅茶のペットボトルで』
『先輩、そこはせめてコンビニスイーツぐらい下さい』
『しょうがないな〜。………今回だけだぞ』
こういうところが相良先輩って感じだ。