第36話『優しい友人達』
叶の元から立ち去ってすぐ、咲夜と紗衣は俺のことを追いかけてきた。ただ、麗奈先輩や叶達が追いかけてくる様子はなく。
それからは3人一緒に歩くけれど、自宅に到着するまで彼女達と言葉を交わすことはなかった。
「ただいま。さあ、2人ともあがって」
「ありがとう、颯人君。おじゃまします」
「おじゃまします。そういえば、颯人。小雪ちゃんってお昼に帰ってくるの?」
「終業式の前日まで、中学は基本的に6時限授業だ。たまに授業が午前中だけの日はあるけど、そういう日も給食を食べて、午後は部活動をするらしい」
「そうなんだ」
だからか、試験が終わってからは午前中で学校が終わる高校は楽だなぁと思っている。
ただ、私立では、期末試験が終わると家庭学習日という名の休日となり、終業式までの間はテスト返却する日しか登校しない高校もあると聞いたことがある。しかし、そう言う高校は夕立高校とは違って土曜日に授業もあるそうなので、一長一短か。
これからお昼ご飯を食べる予定なので、咲夜と紗衣をリビングに通す。
「2人はソファーに座ってゆっくりとくつろいでくれ。俺はどんな食材が残って――」
「颯人君」
咲夜が俺のことを呼ぶのでソファーの方を振り返ると、咲夜と紗衣は真剣な様子で俺の方を見ていた。きっと、叶達のことがあったからだろう。
早くいつも通りの時間を過ごしたいと思って、もう気にしていないかのように振る舞っていたけれど、2人にはごまかせないか。それに、俺が何も話さなかったら、2人もスッキリとできないか。
「……さっきはすまなかった。俺と一緒にいることで、叶達との嫌なやり取りを目撃させてしまって」
「そんなことはないよ。あの場にたまたま叶さん達がいただけで、颯人君は悪くないよ」
「咲夜の言う通りだね。叶さんは私達のことを一昨日の七夕祭りで目撃したから、叶さん達と再会するのは時間の問題だっただろうから。颯人は悪くないって」
咲夜と紗衣は笑顔でそう言ってくれる。優しい友人と従妹を持ったなと実感する。
「叶も、小さい頃から仲良くしていた麗奈先輩を慕う気持ちは本当にあったんだと思う。俺達が4人で一緒にいる様子を見て、また麗奈先輩が傷付くかもしれないと考えたのも、そんな想いからだったのかもしれない。……俺だけじゃなくて麗奈先輩も警告したから、2人が叶達から嫌な想いをされることはないと思いたい。ただ、万が一、何か起きてしまったら……ごめん」
ただ、咲夜も紗衣も、俺を味方する発言をしたので、そのことで叶の恨みを買ってしまった可能性はある。去り際の叶達の様子からして大丈夫だとは思うけど、実際、何が起こるかは分からないからな。3年前の放火事件も、まさか自分自身も巻き込まれるとは思わなかったし。なので、不安があるのも事実だ。
「きっと大丈夫だよ。もし何か起こったとしても、それは颯人が謝ることじゃないよ。それに、私達は颯人の味方だから」
紗衣はゆっくりと立ち上がり、俺の目の前に立つと柔らかな笑みを浮かべながら頭を優しく撫でてくれる。そんな彼女に続いて、明るい笑顔になって咲夜も俺の頭を撫でてきた。
「紗衣ちゃんの言う通りだよ。きっと大丈夫。万が一のことが3人の誰かに起きちゃったら、そのときはあたしが助けるよ。もし、あたしに何かあったらそのときは颯人君や紗衣ちゃん達が助けてくれると嬉しいな」
「……もちろんだ」
「咲夜は私の大切な親友の1人だからね」
紗衣は咲夜の頭も撫でる。すると、咲夜はとても嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ありがとう、紗衣ちゃん。あたしにとっても紗衣ちゃんは大切な親友だよ」
「嬉しいなぁ」
咲夜と紗衣は頭を撫で合う状況に。周りからこの光景を見たら、どんな風に感じるんだろうな。
叶達と実際に会い、俺や麗奈先輩とのやり取りを見て2人が不安になったかもしれないと思ったけど、2人の大丈夫という言葉のおかげで俺が安心させられたな。2人に支えられたのはもちろん今だけじゃない。
「あの場に咲夜や紗衣が側にいてくれたことで、俺は叶にしっかりと話すことができた。途中から麗奈先輩も来てくれたから彼女のおかげでもあるか。もし、俺1人だったらどうなっていたか分からなかった。何も言えなかったかもしれないし、冷静になれずに叶達に傷を負わせていたかもしれない。3人のおかげで支えられて、勇気を出せたんだ」
もし、3年前に咲夜や紗衣と同じ中学に通い、咲夜と友達になることができていたら。もし、麗奈先輩と今のように友人としてでも付き合っていたら。俺の中学生活は何か変わっていたのだろうか。そんなことを考えてしまうほど、俺にとって3人の存在は頼もしく、大切になっているんだ。
「あのとき、3人がいて良かった。……ありがとう」
その瞬間、俺は両眼から何が溢れ出したことが分かった。右手で拭うとそれは涙だった。泣いていると分かったからか、さらに涙が溢れ出てきたように思える。こんな感覚になるのはいつ以来だろう。
「颯人君……」
「……颯人が泣いたのを見るのは初めてかもしれない。3年前の放火事件で入院したときも、颯人は泣いてなかったよね」
「……俺も最後に泣いたのはいつ、どんな理由だったか覚えてない。少なくとも、中学になってからは泣いてないな」
記憶の限りでは、小学生のときも泣いてなかったと思う。いじめられて確かに悲しかったけれど、それよりも怒りの気持ちの方が強かったからだろう。
ただ、長い年月をかけてそういった想いが心に溜まっていき、3人の優しさに触れたことで、涙となって溢れ出したのかもしれない。2人の前だったら涙を流しても大丈夫だと本能で判断したのかも。
「じゃあ、あたし達はラッキーだね、紗衣ちゃん」
「ははっ、かもね」
「……何笑ってるんだよ。流したくて流しているわけじゃない。見世物でもないんだよ、まったく」
咲夜と紗衣に涙を流している姿を見せたくなくて。俺は彼女達から離れるでもなく、背を向けるわけでもなく……2人のことをぎゅっと抱きしめた。そのことで2人から確かな温もりと甘い匂いを感じる。だからなのか、俺は優しい友人達を持つことができたのだと実感できた。
涙が止まったところで咲夜と紗衣への抱擁を解き、彼女達の頭を優しく撫でた。
俺が突然抱きしめたことに驚いたのか、それともドキドキしたのか、咲夜も紗衣もはにかみながら俺のことを見た。俺も今、2人と同じような表情になっているのだろうか。
――ぐううっ。
咲夜のお腹からそんな音が盛大に鳴った。それが恥ずかしいのか、咲夜は両手で真っ赤になった顔を覆う。
「……恥ずかしい」
「終礼が終わって1時間くらい経つもんね、咲夜」
「……俺も叶のことがあったからお腹が空いたな。よし、今日は2人のために美味しい焼きそばを作るからな。2人はソファーでくつろいでて」
「ありがとう。咲夜、一緒にソファーでのんびりしよう」
「うん!」
さてと、まずは焼きそばの食材が冷蔵庫の中にあるかどうか確認しないと。
キッチンに行って冷蔵庫の中を確認すると、記憶通り、焼きそばが入っていた。キャベツやもやし、人参などの野菜はあるけど、豚肉がないな。
「豚肉がないから近所のスーパーに買いに行くよ」
「分かった。紗衣ちゃんとお留守番してるね」
「いってらっしゃい。お金は後で払うよ」
「ああ」
財布とスマートフォンを持ってリビングを出ようとしたときだった。
――プルルッ。
俺のスマートフォンが鳴る。それにしてはやけに大きな着信音だと思ったけど、咲夜や紗衣のスマホも鳴っていたようだ。2人もスマホを手に取っている。
確認してみると、麗奈先輩から先輩と咲夜、紗衣、俺のグループトークにメッセージが送信されていた。確認してみると、
『明奈ちゃんの様子が落ち着いたから、ついさっき学校から帰した。そのとき、みんなに何もしないことを約束させたわ。もちろん、あのときに明奈ちゃんと一緒にいた子達にも。だから、とりあえずは安心して』
という内容だった。俺達3人が立ち去ったとき、叶はその場に崩れ落ちていたからな。彼女の気持ちが落ち着くまで麗奈先輩が側にいてあげたのか。さすがは幼なじみといったところか。
「会長さんがこう言うんだから、とりあえずは安心だね」
「そうだね。叶さんもお仲間も、麗奈会長の言葉は受け止めている様子だったから」
「そう……だな。それにしても、本当に優しい人だよ、麗奈先輩は」
これまでに色々とあって3年以上も話していなかったのに、側にいてあげるなんて。幼なじみだからできることなのだろうか。もし、俺が麗奈先輩の立場なら先輩と同じようなことができただろうか。
『分かりました。先ほどはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。麗奈先輩が駆けつけてくれて心強かったです。本当にありがとうございました。あと、今日も生徒会の仕事を頑張ってください』
という返信を送り、俺は豚肉を買いに近所のスーパーへと向かった。
スーパーから帰ってきて、さっそく焼きそばと中華風の玉子スープを作り始める。
美味しい匂いがしてきて我慢ができなくなったのか、途中から咲夜が俺の隣に立って、料理をする様子を眺めていた。
そして、3人で俺の作った焼きそばと玉子スープを食べ始める。
「美味しい!」
「本当に颯人の作った料理は美味しいね。また腕を上げたね」
「ありがとう」
「とっても美味しいよ、颯人君。飴を舐めずに我慢した甲斐があった」
「……そうか」
2人が美味しそうに食べてくれて嬉しいな。特に咲夜の食べっぷりは凄い。そんな咲夜を見ているとこちらの食欲まで湧いてくるな。
しばらくの間、焼きそばとか卵を使った料理を食べると今日のことを思い出しそうだ。




