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第34話『カルマ-前編-』

 7月9日、火曜日。

 期末試験も終わったこともあり、昨日から終業式の前日までは午前のみの授業となる。

 また、続々と期末試験の答案が返却されており、俺は今のところ全て90点以上獲得できている。

 返却された教科の中には数学Ⅰや生物基礎もあったけれど、苦手にしている咲夜も平均点を取ることができて大喜びしていた。七夕祭りで書いた短冊の効果がさっそく現れているのだろうか。友人として、このまま赤点科目が出ないことを祈る。


「颯人、咲夜」


 紗衣が教室の中に入ってきて、小さく手を振りながら俺のところまでやってくる。


「紗衣ちゃん、今日もお疲れ様」

「お疲れさん」

「2人ともお疲れ様。今日もテストを返されたんでしょう? どうだった?」

「俺はまあまあだったな」

「あたしも今のところ赤点はなし! 今日は生物基礎を返却されたけど平均点を取ることができたよ!」

「おっ、凄いね! 私も今日、世界史のテストが返却されたけど、みんなのおかげで80点取れたよ」

「凄いじゃない!」


 咲夜は喜んだ様子で紗衣とハイタッチ。紗衣も苦手な文系科目でもいい点数を取ることができているようで一安心だ。


「さてと、紗衣も来たし、今日も一緒に帰るか。今日はバイトはあるのか?」

「ううん、ないよ」

「じゃあ、今日はゆっくりと遊べるね。どこか遊びに行く? それとも誰かの家に行く?」

「そうだね……ただ、まずはお昼ご飯を食べないとね」

「そうだ、お昼ご飯がまだだった」


 咲夜はう~ん、と考えている。昨日は3人で駅前のショッピングモールの中にあるファストフード店で食べたんだよな。

 ちなみに、麗奈先輩は終業式の前日まで、放課後は生徒会の仕事があるので別行動だ。お昼ご飯は家から持ってきたお弁当や購買部で買ったものを、生徒会室で生徒会メンバーと一緒に食べるとのこと。


「颯人君、どこか行きたいお店ってある?」

「そうだな……急に言われるとなかなか思いつかないな。2人さえ良ければ、家で俺が昼飯を作るのもありだぞ。今日は母さんも昼から夕方までパートでいないからさ。確か、家には焼きそばがあったはず」

「それいいかも!」

「颯人の料理は美味しいもんね」

「じゃあ、俺の家で昼飯を食うか。ただ、冷蔵庫の中を確認しないといけないし、足りない食材があったら、食べられるまで時間がかかるけどそれでもいいか?」

「もちろん! 足りなかったらお金出すよ!」

「それがいいね、咲夜」


 こういうところにもお金を出そうとする姿勢、いいと思うな。もし、足りない食材を買うことになったら、きちんと3分の1ずつ出すことにするか。

 お昼ご飯のことも決まったので、俺達は教室を後にして校舎を出ることに。

 まだ梅雨も明けていないからか、どんよりとした空模様だ。天気予報だと雨が降る時間もあるらしい。

 しかし、校門を出て自宅の方向に向かって歩き始めたときだった。


「お前は……」


 目の前に立っていた制服姿の女子達の姿を見て、思わず立ち止まってしまう。

 数人の女子達の中心にいる小柄で茶髪のショートボブが印象的な少女。俺の中で最も出会いたくない人間の1人。女性に限れば、間違いなくこいつがトップだ。どうしてお前らがここにいるんだ。


「こうして話すのはひさしぶりだね、神楽君」


 可愛らしい顔から放たれる可愛らしい声を耳にして、全身に悪寒が走る。


「颯人君。このちっちゃくて可愛い女の子と知り合いなの?」

「ち、ちっちゃくないわよ! 身長は153cmあるし、胸だってBはあるんだから!」


 不機嫌な彼女の顔を見ると、中学のことを鮮明に思い出してしまうな。段々と胃がキリキリしてきたぞ。


「颯人、もしかして……」

「……ああ。こうして話すのは3年ぶりだな。……叶」


 そう、この小柄な少女は、俺の中学時代にひどいいじめを行い、放火事件の首謀者である叶明奈。周りにいる取り巻き達も、中学生当時、俺をいじめていたので覚えている。みんな夕立高校とは違う制服を着ているな。

 俺が叶の名前を呟いたからか、紗衣はもちろんのこと、叶のことを小柄で可愛いと言った咲夜も真剣な様子になる。


「神楽君は相変わらず髪が白くて、目が鋭いんだね。知ってるよ? 夕立高校でも『狼』とか『アドルフ』って恐れられているみたいじゃない」

「ああ。ただ、白い髪や鋭い目つきは両親からもらったものだ。変えるくらいなら、周りの生徒に言われている方がよっぽどマシだ」

「ふうん。そんな大多数の人間にはないものを持ってるとハブられるよ。でも、もう遅いか。それにしても良かったね。高校では『お友達』ができたみたいで」


 ふふっ、と叶は俺のことを嘲笑う。その醜い笑みは取り巻き達の女子にも伝染していく。

 俺1人だったら恐くて震えていたかもしれない。ただ、今は咲夜と紗衣がいるんだ。彼女達のためにも、しっかり叶と立ち向かわなければ。


「それ以上笑わないでくれるか? 俺だけじゃなくて、彼女達まで侮辱されているようで気分が悪い」

「あぁ、ごめんねぇ。……彼女達は知ってるのかなぁ。神楽君の中学時代にどんなことがあったのか」

「颯人君から聞いているよ。3年前、あなたが中心になって颯人君にひどいことをしたっていうのは」

「あたしが中心となってしたことは、世間にとってはひどいことだったみたい。だからこそ、補導されて法に則った裁きを受けさせられてしまった。でも、ひどいことをしたのはあたしだけじゃないよ。神楽君だってしたじゃない。……麗奈お姉ちゃんの告白を振った。そもそも、そんなことをしなければ、あなたが学校で色々されることもなければ、あなたの大好きな花と一緒に燃えることはなかったんだよ。文字通り、業火に焼かれちゃったね!」


 あははっ! と叶は取り巻きの女子達と楽しげに笑った。


「何を言ってるの、叶さん。当時の颯人君は麗奈先輩からの告白を振っただけだよ」

「咲夜の言う通り。颯人のその行為が、当時の麗奈会長の心を傷つけてしまったと思う。でも、それが颯人をいじめてもいいっていう口実にはならないんだよ。ましてや、花畑を燃やして、颯人自身を突き飛ばして殺そうとするなんて」


 咲夜や紗衣がそう反論すると、叶はニヤリと笑う。


「あれは、神楽君の受けるべき罰なんだよ。ていうか、あのときに別の学校にいた部外者は黙っててくれる?」

「明奈の言う通り!」

「正義面しないでよ!」

「何ですって……!」

「咲夜、落ち着いて」


 紗衣は怒った様子の咲夜の肩をしっかりと掴む。

 咲夜、田中が俺にダサいって言ったとき以上の怒りの表情を見せているな。その想い、ちゃんと俺が受け止めたぞ。


「……お前ら、3年前のことを全く反省していないみたいだな。特に叶は」


 俺のことをいじめたり、放火事件を起こしたりしたことは間違っていない。叶達にとっては当然の報いなのだと考えているのだろう。

 すると、叶は今までの中で一番と言っていいほど鋭い目つきで俺のことを睨み、


「反省していないのはどっちだよ!」


 俺に向かってそう怒号を放った。それもあってか、周囲にいる夕立高校の生徒達がこちらを見て、ざわつき始める。


「地元だし、麗奈お姉ちゃんと同じこの夕立高校に通っていることはまだ許せる! でも、麗奈お姉ちゃんと仲良くしているじゃない! こんなに可愛い女の子が2人もいるのに! 神楽君のせいでお姉ちゃんがまた傷つけられるかもしれない! だから、あたしがこうしてここまで来たんだ!」

「……なるほど。そう言うってことは、俺達が4人で一緒にいる姿を見たんだな?」

「そう。一昨日の七夕祭りでね」


 やっぱり、そのタイミングだったか。地元の祭りだし、叶と出会ってしまう可能性は考えていた。あのときには会わなかったけれど、俺達が4人で楽しんでいる姿を叶は目撃したんだな。


「ただ、遠くからチラッと見えただけで。麗奈お姉ちゃんも浴衣姿だったし、確証は持てなかった。だから、夕立高校に通っている友達に、麗奈お姉ちゃんやあなた達のことについて調べてもらったの。そうしたら、半月くらい前から麗奈お姉ちゃんとあなたが話すところを見かけるようになって、女子生徒2人が加わって4人で一緒にいる場面も見たことがあるって教えてくれたわ」


 すると、夕立高校の制服を着た女子生徒が叶の後ろに立つ。彼女も中学に叶と一緒にいた奴らの1人だ。おそらく、彼女が俺達のことを叶に教えたのだろう。


「それで、さっき言ったみたいに、また麗奈先輩が傷つけられるかもしれないと考えたってわけか」

「……そうだよ。あの放火事件があってから、麗奈お姉ちゃんとは一切話してない。それでも、お姉ちゃんのことは大切に想ってる! もし、また麗奈お姉ちゃんのことを傷つけるようなことをしたら、神楽君を夕立高校にいられなくしてあげるよ。それで、今度は花畑だけじゃなくて、あなたやそこにいる2人の家まで燃やしちゃおうかなぁ……?」


 ふふっ、と叶は笑っている。この恐ろしい笑み……中学時代から全く変わっていないな。取り巻きの女子達が俺の後ろで笑っていることも。

 ただ、これで一つ叶の新たな犯罪の証拠を掴むことができた。

 ――ピッ。

 俺はスマートフォンを手にとって、それを叶に提示させる。


『そうだよ。あの放火事件があってから――』

「……スマホで録音して正解だった。お前が取り巻きを連れてここに現れたってことは、俺に何かしようと企んでいる可能性が非常に高いから。特に、叶は今言ったことが脅迫とかの罪にあたるだろうな。今は15歳か16歳だ。今度は補導じゃなくて逮捕になっちまうな」

「そんなことをしようとするなら、今すぐにでもあなたの家や花畑を燃やすよ! 場所は今でも分かっているし、あたしの仲間達が……」

「明奈ちゃん」


 背後から叶の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。その声はよく知っている人の声だ。

 ゆっくりと振り返ると、そこには息を乱した麗奈先輩が立っていたのであった。

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