第32話『浴衣姿の美少女達』
7月7日、日曜日。
まだまだ梅雨が続く中、今日は束の間の晴れとなった。たまに雲が広がる時間もあるそうだが、雨が降る心配はないらしい。七夕の日にこういう天気になるとは、今年は運がいいなと思う。
そして、今日は夕立駅の近くで毎年恒例の七夕祭りが開催される。絶好の七夕祭り日和ではないだろうか。
「うん、これで大丈夫ね」
「ありがとう、お母さん!」
夕方。小雪は母さんに浴衣の着付けをしてもらった。水色の浴衣で、撫子の花柄が可愛らしい。小雪らしい浴衣姿になったんじゃないだろうか。
「今年も小雪の浴衣姿は可愛らしいな、颯人」
「ああ。ただ、去年に比べると大人っぽくなった気がする」
俺はスマートフォンのアルバムから、去年の小雪の浴衣姿の写真を表示する。やっぱり大人っぽくなった。成長期だし、この年頃の1年間はとても大きいな。
「お兄ちゃん、今年も写真撮って!」
「ああ、分かった。撮ったらLIMEで送るよ」
「うん!」
スマートフォンで浴衣姿の小雪のことを撮影する。そんな俺の横では父さんがデジカメでたくさん撮っている。
普通に立っている姿はもちろんのこと、ピースサインをしたり、着付けをした母さんと寄り添ったりと色々な写真を撮ることができた。それにしても、俺の母と妹は同じ白い髪で、母さんの顔が可愛らしいからか年の離れた姉妹って感じがする。
「いい写真がたくさん撮れた。さっそく送る」
「父さんもたくさん写真が撮れて満足だ。明日、さっそく現像を頼もう」
「ふふっ、お父さんったら。今夜は颯人も小雪も夕ご飯はいらないのね?」
「ああ。縁日で食べてくる。もし、あまり食えなかったら、帰るときにでもコンビニかスーパーで何か買ってくるよ」
「あたしも同じ感じ」
「分かったわ。じゃあ、今夜はお父さんと2人きりの時間を楽しもうかしら。颯人は大丈夫だと思うけれど、小雪は気を付けなさいね。夜だし、今年は颯人とは別行動をするそうだから」
そう、今年は小雪とは別行動することになった。金曜日の夜に小雪と七夕祭りのことで相談したら、小雪も友達と一緒に回る予定なので、去年までとは違い、別々に行動することに決めたのだ。
ただ、小雪は友達と会場の近くで待ち合わせしているので、そこまでは俺と一緒に行くことになった。その際は麗奈先輩も一緒だ。
「ところで、お兄ちゃんは浴衣って着ないの? 今年は紗衣ちゃん達と一緒だから」
「浴衣や甚兵衛は雰囲気があっていいと思うけど、俺は動きやすい普段着の方が好きだからな」
「そっか」
そういえば、3人はどんな格好でお祭りに行くんだろう。紗衣は小さい頃は浴衣だったけれど、去年会ったときは普段着だった。それもお祭りの楽しみの一つにしておくか。
「お兄ちゃん。そろそろ出発した方がいいね。待ち合わせの5時半まで近いし」
「ああ、そうだな。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
「楽しんでこい。あと、暗くなってからは特に気を付けろよ」
俺は小雪と一緒に家を出発し、麗奈先輩との待ち合わせ場所である花畑へと向かう。咲夜達も一緒だし、これから暗くなっていくのでサングラスはかけない。
「夕方になったからか、全然暑くないね」
「ああ。梅雨の時期だけど、今日は爽やかな陽気だったよな。この空模様のままだったら、今夜は天の川を綺麗に見ることができるかも」
「見ることができるといいなぁ。あと、あまり雲がないから織姫様と彦星様も安心だね」
「ははっ」
もし雲が広がっていたとしても、俺達から見えないだけで、織姫様と彦星様が会う分には何も問題ないと思うが。ただ、それを言ったら小雪の思い描く世界を破壊してしまいそうなので言わないでおこう。ロマンチックで素敵じゃないか。可愛いし。
それにしても、今年の七夕祭りは本当にいい気候に恵まれたな。楽しい時間になりそうな気がしてきた。
「はやちゃん! 小雪ちゃん!」
花畑の前には黒い浴衣姿の麗奈先輩がこちらに向かって手を振ってくる。笑顔だからか浴衣姿も綺麗だけでなく、とても可愛らしい印象もあって。
「こんにちは、麗奈先輩」
「こんにちは、麗奈さん! 浴衣姿、よく似合っていますね! 大人っぽくて、さすがは高校生だなって思います」
「ありがとう、小雪ちゃん。毎年あるけれど、せっかくだからね。はやちゃんは私の浴衣姿はどうかな?」
麗奈先輩は俺の目の前に立って、上目遣いで俺のことを見てくる。
「とてもよく似合っていますよ。黒い浴衣だからか、大人っぽい印象がありますね。白い水仙の花柄がいいですね。白の水仙の花言葉は神秘って意味だった気がします」
「さすがはお兄ちゃん! でも、神秘っていう言葉、麗奈さんにピッタリだと思う!」
「……そう言われると照れちゃうな。でも、はやちゃんに花言葉を教えてもらって、この浴衣を着てきて良かったって思えるよ」
ふふっ、と麗奈先輩は上品に笑う。その笑顔も色っぽいけれど、鎖骨を少し覗かせているところが艶っぽくて。それもあってか、普段以上に麗奈先輩の甘い匂いが感じられる。
「お兄ちゃん、ちなみにこの花と花言葉は何なの?」
「撫子の花だな。花言葉は確か……大胆とか、無邪気とか、純愛だったかな」
「へえ……」
「でも、小雪ちゃんらしいかも。浴衣姿の写真撮ってもいい?」
「もちろんいいですよ。あたしも麗奈さんの浴衣姿を撮ってもいいですか?」
「もちろん! はやちゃんも撮っていいよ。むしろ、撮ってほしい……」
「分かりました」
お互いに浴衣姿の写真をスマホで撮影し、俺達は七夕祭りの会場の方へと歩いていく。俺達高校生は夕立駅の改札前での待ち合わせなので、小雪とは途中で別れる予定。
駅へと向かう大通りに出ると、七夕祭りに行く人なのか、浴衣や甚兵衛姿の人がちらほらといるな。これも夏の風景の一つだな。すぐ両側にも浴衣姿の女の子がいるけども。
「ふふっ」
「楽しそうですね、麗奈さん」
「うん! 好きな人と手を繋いで歩いているからね」
「あははっ、そうですか。その気持ち、ちょっと分かりますね。あたしもお兄ちゃんのことは兄として好きなので」
そう、今は右手で小雪、左手で麗奈先輩と手を繋いでいる。2人が楽しそうなのでいいけれど、両手で女の子と手を繋いでいるのはちょっと恥ずかしいものがある。……おい、今すれ違ったオッサン、凝視した目でこっちを見やがったな。こんな人間が両手に可愛い女の子と一緒に手を繋いでいるなんて信じられないって言いたいのか? それとも、俺がいなければ2人のことを襲おうとか考えていたのか? あぁ?
「お兄ちゃん、いつになく目つきが恐いよ」
「すまないな。……小雪、今年は兄ちゃんとは別行動だけど、何かあったらすぐに連絡するんだぞ」
「はーい」
「私も初めて友達と一緒に回るときは、お姉ちゃんに色々と言われたな」
懐かしい、と麗奈先輩は笑みをこぼす。
3人で話ながら歩いたこともあって、あっという間に小雪の待ち合わせ場所に到着した。そこには既に小雪の友達が3人いた。小雪と同じように3人とも浴衣姿だ。3人中2人は俺とも面識があったので笑顔でお辞儀をしてくれたけど、1人だけは初対面。そこの子は緊張した面持ちで俺達にお辞儀をしていた。
また、麗奈先輩と手を繋いでいることもあってか、面識のある小雪の友達2人から俺が先輩と付き合っているんじゃないかと問いただされてしまった。年頃なのか結構喰い気味に。麗奈先輩が「友達だよ! 好きだけど!」と説明すると、3人全員が黄色い声を上げて興奮していた。
「じゃあ、俺と麗奈先輩はここで」
「うん! ここまで連れてきてくれてありがとう! 会場内で会えたら会おうね!」
「ああ。またな」
「またね、小雪ちゃん」
俺は麗奈先輩と一緒に、咲夜と紗衣との待ち合わせ場所である夕立駅に向かって歩き始める。もちろん、手を繋いで。
「はやちゃん、年下の子とは普通に話せるんだね」
「小雪の友達で、以前から何度も話したことがあるからですよ。今日初めて会った子は緊張していましたし」
「そうだったね。あと、こうして手を繋いでいると恋人同士に思われちゃうんだね」
麗奈先輩は顔を真っ赤にしながらもデレデレとした様子。友達だと否定していたけれど、恋人同士と思われたことが嬉しかったのだろう。
「俺と小雪のように髪の色が同じだったり、あとは顔立ちが似ていていたりすれば姉弟に思われたかもしれませんけど。これから年に一度の七夕祭りがありますし、浴衣姿で楽しそうに手を繋いでいれば、お祭りデートをするカップルに見えると思いますよ」
「だよね! ただ、咲夜ちゃんや紗衣ちゃんの前だと恥ずかしいから手は離すよ。あと、お祭りにはたくさんの人が来るし、はやちゃん達からはぐれないように気を付けないと」
「そうですね。離れそうなときは手を掴んでください。俺もそういうときは掴みますから」
「……うん!」
何のトラブルとかはなく、今日の七夕祭りを楽しむことができれば何よりだ。同じ小学校や中学校出身の奴らも着ているだろうけど、平和な時間になってほしい。
「あっ、颯人と会長さん!」
駅の構内に入るとすぐに、俺達に気付いた咲夜がそう言ってこちらに手を振ってくる。そんな咲夜は赤い浴衣を着ており、咲夜の側にいる紗衣は青い浴衣を着ていた。また、咲夜の声が聞こえたタイミングで麗奈先輩は俺から手を離した。
「咲夜、紗衣、お待たせ」
「小雪ちゃんは無事に友達と会うことができたよ。それにしても、咲夜ちゃんも紗衣ちゃんも浴衣姿が可愛いね!」
「ありがとうございます! 会長さんはとても綺麗です」
「ありがとう。紗衣ちゃんは浴衣美人って感じがする」
「ありがとうございます。浴衣を着るのはひさしぶりで、母のを借りたんですけど、咲夜も麗奈会長もそう言ってくれて嬉しいです。颯人は咲夜と私の浴衣姿を見てどう思う?」
「そ、そうだな……」
てっきり、咲夜から訊かれると思っていたのでドキッとしてしまった。
改めて、紗衣と咲夜の浴衣姿を見てみると、紗衣は先輩が言うように浴衣美人で、咲夜もとても可愛らしいな。
「紗衣も咲夜もよく似合っているよ」
「……嬉しいな。ひさしぶりに着て良かったよ、颯人」
「ありがとう、颯人君。颯人君は浴衣や甚兵衛は着ないんだね」
「そういえば、颯人ってこれまで一度もそういう服を着たのを見たことがないな」
「旅先のホテルで浴衣を着ることはあるけど、お祭りはいつも普段着だな。これが一番リラックスできるんだ」
「まあ、着たいものを着るのが一番いいよね! そうだ、会長さんの浴衣姿が綺麗ですから写真を撮ってもいいですか?」
「もちろんだよ。その代わり、咲夜ちゃんと紗衣ちゃんも写真を撮らせてくれるかな?」
「いいですよ!」
「麗奈会長であれば。颯人も……いいよ。似合ってるって言ってくれたし」
「分かった」
俺は咲夜と紗衣の浴衣姿をスマホで撮影する。麗奈先輩もそうだったけど、珍しい服装だから、雰囲気が普段と違っていいな。
2人の浴衣にも花柄があり、咲夜は桜、紗衣は菖蒲か。桜の花言葉には清純とか精神美、優美な女性。菖蒲の花言葉には礼儀正しい、優雅、「しょうぶ」とも読めるから必勝っていうのもあったか。2人に合いそうな花だなと思う。
「じゃあ、みんな集まって浴衣姿の写真も撮ったから、七夕祭りに行こうか!」
「そうですね!」
「麗奈会長も咲夜も元気ですね。期末試験も終わったし楽しもう」
「それがいいな、紗衣」
そして、俺達は4人で七夕祭りの会場へと向かうのであった。




