第26話『ゆうだちえにし』
6月30日、日曜日。
今日も午後に咲夜、紗衣、麗奈先輩と一緒に期末試験対策の勉強をする。
ただ、今までは俺の家で勉強していたので、今日は咲夜の家で勉強会を開くことになった。俺も紗衣も麗奈先輩も咲夜の家には行ったことがないので、午後1時半に夕立駅の改札の近くで待ち合わせをすることになった。
ちなみに、小雪はクラスメイトの家で試験勉強をする約束になっているので、今日は別行動だ。
「咲夜ちゃんの家、どんな感じなのか楽しみだね」
「そうですね」
俺は麗奈先輩と一緒に夕立駅へと向かっている。午前中に彼女から夕立駅まで一緒に行きたいとメッセージをもらったのだ。なので、花畑の前で待ち合わせをして、夕立駅まで2人で行くことにした。
今日は麗奈先輩と一緒に歩くのでサングラスはかけていない。なので、すれ違うときなどに見られることは多いけれど、麗奈先輩と一緒にいるおかげか何か言われることはない。
「まさか、2日連続ではやちゃんと一緒に歩くことができる日が来るとは思わなかったよ」
「そうですね。俺も想像できなかったです」
3年前の事件もあって、麗奈先輩と関わらないようにしていたからな。友達になって、こうして休日に一緒に歩くなんて考えもしなかった。
「今日は咲夜ちゃんの家に行くけれど、近いうちに私の家にも招待したいな」
「楽しみにしています。……そういえば、家の話をして思ったことがあるんですけど、今って叶とはどうしているんですか? 確か、叶の家と近所なんですよね」
「……うん。私の家から歩いて1分もかからないところにあるよ」
叶のことを話題に出したからか、麗奈先輩はどこか寂しげな笑みを浮かべる。
「すみません、突然こんな話をしちゃって」
「ううん、いいんだよ。……明奈ちゃんとは例の放火事件があってから一切話してない。たまに姿は見かけるんだけどね。はやちゃんをいじめていることを叱ったり、止めてって注意したりしたことも影響しているだろうけど」
「そうですか……」
「ただ、私のお姉ちゃんとは今でもたまに電話やメッセージでやり取りしていて。それで、今の明奈ちゃんのことも分かってる。今は夕立駅から数駅離れた都立高校に通っているんだって。私の知る限りだと、いじめをやったり、犯罪に手を染めたりはしていないみたい」
「そうなんですね」
卒業式で叶も中学を卒業できたことは分かっていたけれど、今は彼女も高校生活を送っているのか。人を傷つけたり、法に触れたりするようなことをしていないだけマシか。俺の事件で彼女も補導されたから、それも影響しているのだろうか。
「それにしても、麗奈先輩にはお姉さんがいたんですね」
「うん。優花お姉ちゃん。私の3歳年上で、今は多摩中央大学の法学部に通っているの。私とは違ってクールでかっこいいお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんは夕立高校のOGで、在学中は2期連続で生徒会長をしてた」
「そうだったんですか。そういえば、咲夜にも3つ上のお姉さんがいて、彼女も夕立高校出身だと言っていました」
「そうなの? じゃあ、咲夜ちゃんのお姉さんは私のお姉ちゃんのことを覚えているかもしれないね。咲夜ちゃんの3歳上ってことは、お姉さんは今年の3月に卒業したのか。ということは、私のことも覚えているかも。私、1年の秋から生徒会長になって、3月の卒業式には送辞を読んだから」
そっかぁ、と麗奈先輩は楽しげな笑みを浮かべる。麗奈先輩と咲夜のお姉さんは2学年差だし、麗奈先輩が送辞を読んだのなら今も覚えている可能性は十分にありそうだな。
地元の高校ということもあってか、この地域に住んでいると兄弟姉妹で夕立高校に通うことが多いのかも。
家族の話をしたこともあって、麗奈先輩と俺はあっという間に待ち合わせ場所である夕立駅に到着する。待ち合わせの時刻の1時半よりも少し早めに来たけれど……あっ、改札口の近くに紗衣と咲夜の姿が。周りにも女性は結構いるけれど、2人は特に可愛らしいな。
「あっ、颯人君と会長さん!」
咲夜は大きく手を振り、紗衣も咲夜ほどではないけれどこちらに手を振ってくれる。そんな2人に対して俺は手を挙げる程度だったけれど、麗奈先輩はしっかりと手を振っていた。
「こんにちは、颯人、麗奈会長」
「こんにちは、咲夜、紗衣」
「こんにちは、颯人君、会長さん。今日も一緒に来たんですね」
「同じ方向だからね。せっかくだから待ち合わせして一緒に来たの」
「そうなんですか。じゃあ、さっそくあたしの家に行きましょう」
そして、俺達は咲夜の案内で彼女の家に向かって歩き始める。咲夜曰く、南口を出て徒歩7、8分のところにあるらしい。
夕立高校も駅の南側にあるけれど、そっちとは方向がやや違うんだな。南口を出て少し歩いたら全然知らない景色になった。
あと、咲夜達が一緒だからか、周りの人から睨まれることがない。むしろ、男性を中心に好奇な視線を送る方が多い。
「咲夜ちゃん。ここに来る途中ではやちゃんから聞いたんだけど、夕立高校出身の3歳年上のお姉さんがいるんだって?」
「そうです。美里お姉ちゃんに会長さんも来ることを伝えたら、会長さんのことを覚えていましたよ。卒業式の送辞を言ったからって」
「ふふっ、そうなんだ」
「そうか、咲夜のお姉さんと麗奈会長は2学年だから知っているのか」
うんうん、と紗衣は納得している様子だった。あと、咲夜のお姉さんの名前は美里さんって言うのかな。
「ただ、皇麗奈という名前を言ったら、美里お姉ちゃん……会長さんのお姉さんなのか、1学年上に皇優花さんっていう生徒会長さんがいたことも話してくれました。会長さんとは違ってクールなタイプだったって」
「ああ、それ私のお姉ちゃん。ちょっと待って、スマホにお姉ちゃんの写真があるから」
すると、麗奈先輩は立ち止まってスマホを手に取る。どんな姿が楽しみなのか、咲夜はワクワクとした様子になっている。
「あった。この写真に写っているのが優花お姉ちゃん」
そう言って、麗奈先輩は咲夜にスマホを渡す。
咲夜の後ろから覗くようにしてスマホを見てみると、画面にはピースサインをして微笑んでいるワイシャツ姿の女性が映っていた。ワンサイドアップに纏めた金髪がとても綺麗だ。確かに、麗奈先輩や咲夜のお姉さんの言う通り、クールでかっこいい雰囲気だ。紗衣と重なる部分があるかな。
「素敵なお姉さんだね。紗衣ちゃんに雰囲気が似てるかも。ワイシャツ姿だし」
「俺も同じことを思った」
「そうかなぁ? 金髪や綺麗な瞳は麗奈会長との血の繋がりを感じますね」
「ありがとう。ただ、見た目は似てるって言われることはあるけれど、中身が似ているって言われたことは全然ないんだよね」
麗奈先輩は笑顔でいることの多い柔らかな雰囲気の人って印象だからな。先輩からクールだと感じたことは……うん、全然ないな。
咲夜の家に向かって再び歩き始める。
南口の方は少し歩くと閑静な住宅街になるんだな。全く知らなかった。自宅から徒歩圏内のところだと思うと不思議な感じがする。
「着きました」
咲夜の立ち止まったところにあったのは、黄土色を基調とした落ち着いた外観の一軒家だ。表札には確かに『月原』と描かれている。友達の家に行くのはこれが初めてだから、何だか緊張するな。
咲夜について行く形で、俺達は彼女の家にお邪魔する。
「ただいま~」
「おじゃまします」
「おじゃまします!」
「……おじゃまします」
玄関の音や俺達の声に気付いたのか、リビングから3人の男女が出てくる。雰囲気からして、美優先輩の御両親とお姉さんの美里さんかな。
「咲夜、おかえり」
「ただいま、お母さん。友達も連れてきたよ。神楽颯人君、天野紗衣ちゃん、皇麗奈先輩。颯人君はあたしのクラスメイトで、紗衣ちゃんとはいとこ同士なの。それで、お姉ちゃんは知っているけれど、会長さんは夕立高校の生徒会長をしているの」
「そうなの。初めまして、咲夜の母の月原純子といいます」
「父の健介です」
「姉の月原美里です」
御両親もお姉さんも穏やかそうな人だなぁ。元気で活発な性格の咲夜が珍しく思えてくる。ただ、お母様もお姉さんも咲夜と同じようにスタイルがかなりいい。そこは血の繋がりを感じるな。そんなことを考えたことに罪悪感が。
あと、俺と初対面なのに恐がるような様子を見せないところが凄い。何度も会っている親戚でさえも、ひさしぶりに会うとビクッとされることがあるのに。
「初めまして、神楽颯人といいます。咲夜さんとはクラスメイトで、最近になってから友達として仲良くしています」
「初めまして、天野紗衣です。従兄の颯人繋がりで友達になりました」
「初めまして、皇麗奈といいます。颯人君とは同じ中学校出身で、紗衣ちゃんと同じようにはやちゃ……颯人君をきっかけに咲夜ちゃんとも仲良くなりました」
さすがに咲夜の御両親やお姉さんの前ではやちゃんと言うのは恥ずかしいのか。麗奈先輩は頬をほんのりと赤くして、頭を何度も下げていた。
「やっぱり記憶通りだ。皇麗奈ちゃん。私達の学年の卒業式で送辞を言ってくれたよね」
「はい。生徒会長ですから、在校生代表として言いました」
「うんうん。あと、お姉さんなのかな。私の1学年上に2期連続で生徒会長を務めた皇優花先輩っていう人がいたんだけど」
「私の姉です。今は多摩中央大学の法学部に通っています」
「そうなんだ! 私も多摩中央大学に通っているの。私は文学部なんだけど」
「そうなんですね」
「……それにしても、近くで見ると本当にかわいい」
美里さんは麗奈先輩のことをぎゅっと抱きしめる。
多摩中央大学というのは、文系学部中心にレベルの高い私立大学だ。夕立高校の案内にも、卒業後の主な進路先として多摩中央大学の名前が書いてあった気がする。
「紗衣ちゃんも咲夜の話通りかっこよくて綺麗な女の子だね。銀色の髪も綺麗。大学でも紗衣ちゃんみたいな素敵な女の子がいるよ」
「そうなんですね」
美里さんは紗衣のこともぎゅっと抱きしめている。
「神楽君も咲夜ちゃんの話の通り、目がとても鋭くて、背が高くて、白い髪が綺麗で、声が味わい深いのね」
俺まで抱きしめられるかと思ったけれど、さすがに男だからかそこは握手だけ。目の前に立っても恐がっている様子は全然ないな。凄ぇな、月原家。
「あの、咲夜は俺のことをご家族に話されるんですか?」
「半月くらい前からよく話すようになったよ。ね? お父さん、お母さん」
「そうね。とっても楽しく話すから、神楽君と恋人として付き合うことになったのかと思ったわ」
「父さんは一瞬、寂しくなった。でも、友達だと聞いて安心したよ」
今の話からして、咲夜はご家族に事情があるとはいえキスをしたことは話していないみたいだな。あと、キスのことを考えたら急に緊張してきた。
「前に娘から写真を見せてもらったが、実際に見てみると神楽君はなかなか立派な男性じゃないか。声も低くて落ち着いているし。目は確かに鋭くて迫力もあるが、娘のことを守ってくれそうだ」
そう言うと、咲夜のお父様は両手で俺の右手をぎゅっと掴んで、
「これからもどうか娘のことをよろしくお願いします! 最近、娘はしつこい男子に告白されましたが、そのときの神楽君の活躍は聞いています。娘のことを守ってくれると嬉しいです」
「ふふっ、お父さんったら」
「……分かりました」
まさか、咲夜のお父様から娘を守ってくれと言われるとは思わなかった。それだけ、咲夜のことが大好きで大切に思っているんだろうな。そんなお父様の横でお母様や美里さんが上品に笑っている。
あと、俺の写真を咲夜は見せていたのか。いつの間に撮ったんだろう。花畑で花の写真を撮ったときとかかな。写真で俺の顔を予め知っていたから、怯えたりすることがなかったんだろうな。
「もう、お父さんったら。恥ずかしいよ。さあ、お部屋に案内しますからついてきてください! こちらです!」
父親の行動に恥ずかしいと感じたのか、咲夜は頬を赤くしながら玄関の近くにある階段から2階に上がってしまう。俺達は咲夜のご家族に軽く頭を下げて、彼女の後をついていくのであった。




