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第22話『好意』

 放課後。

 昨日までとは違い、咲夜は終礼が終わるとすぐに、バッグを持って俺のところにやってくる。笑顔ということもあってか、彼女の姿が見ると気持ちが和むな。今日は、友人と普段通り過ごすことができることがいいものだと実感する日だった。


「あとは紗衣ちゃんを待つだけだね」

「ああ。ちなみに、咲夜って特に不安な教科ってあるのか?」

「……り、理系科目全般。数学ⅠAはまだしも、物理基礎や生物基礎は中間でも危なかった。夕立高校に受かったのが奇跡じゃないかって思うよ……」


 はあっ、と咲夜はため息をついている。大げさな気がするけれど、高校初めての定期試験で苦戦したらそう思ってしまうのは仕方ないのかも。


「……そうなのか。分かった。理系なら俺はもちろん、紗衣も教えることができるよ。紗衣は理系科目と英語が得意だから」

「そういえば、紗衣ちゃんが昼休みに理系科目と英語は得意だって言っていたね。2人もいると心強いよ」


 咲夜はほっと胸を撫で下ろしている。教えることができる人がたくさんいれば、それに越したことはないよな。

 ――プルルッ。

 うん? スマートフォンが鳴っているな。

 確認してみると、皇会長からメッセージが届いていた。


『授業お疲れ様、神楽君。今から生徒会室に来てくれないかな? 話したいことがあるの。月原さんとかと一緒に来てもいいよ』


 俺に話したいことって何だろう? 咲夜が一緒でもいいと言うくらいだから、そこまで重要なことではないと思うが。


「颯人、咲夜。お待たせ」


 紗衣が俺達のところにやってきた。爽やかな笑みを浮かべて、こちらに手を振ってきている。紗衣の人気は健在で、教室の中に入ると女子達の黄色い声が。


「紗衣ちゃん、おつかれ。そういえば、颯人君。スマホが鳴っていたけれど」

「皇会長から話があるから、生徒会室に来てほしいってメッセージが来たんだよ。咲夜達が一緒でもいいらしい」

「会長さんに呼ばれているの? じゃあ、行った方がいいね。あたし達が一緒でもいいなら、お言葉に甘えて一緒に行こうよ。あたし、生徒会室がどんな感じなのか気になるし」

「確かに、生徒会室の中を一度見てみたいね」

「じゃあ、一緒に生徒会室に行くか」


 咲夜も紗衣も行く気満々のようだ。特に咲夜は皇会長のことを気に入っているからか、今から興奮気味に。

 俺は皇会長に咲夜と一緒に行く旨の返信を送り、2人と一緒に生徒会室へと向かう。咲夜や紗衣が一緒だと、こちらを見られることはあっても何かを言われることはほとんどなくなったな。2人のおかげで、俺の印象が変わってきているのだろうか。

 生徒会室のある3階に到着する。5階と比べて全然人がいないな。


「そういえば、3階に来るのって初めてかも。紗衣ちゃんはどう?」

「私も初めてかな。3階は生徒会室の他に会議室や自習室、進路指導室、生徒指導室くらいしかないもんね」

「俺も、昨日の昼に皇会長に呼び出されるまでは来なかったな」


 生徒会のメンバーにならなければ、この階にはあまり来ることはないだろう。家が近いから勉強するなら家でするだろうし。進路指導室はせいぜい2年の後半辺りにならないと使わないだろうな。生徒指導室は……この風貌のせいでお世話になってしまう可能性は否めないな。あの部屋に入ることはないことを祈ろう。

 俺達は生徒会室の扉の前に行き、俺がノックをする。


『はーい』


 中から皇会長の声が聞こえてきた。昨日、咲夜に自分の過去を話したからか、彼女の声を聞くとドキッとするな。

 ゆっくりと扉が開き、中から皇会長の姿が。


「あっ、神楽君。来てくれてありがとう。月原さんもこんにちは」

「こんにちは。お言葉に甘えて来ちゃいました!」

「ふふっ、いらっしゃい」


 咲夜に向ける笑顔は3年前から変わっていないな。当時から人気が高いことが頷ける。


「ところで、こちらの銀髪の子は? そういえば、一昨日くらいに神楽君と一緒に歩いているところを見たなぁ」

「俺と同い年の従妹で、天野紗衣っていいます」

「従妹さんだったんだ! そっかぁ。私の姿は見たことがあると思うけれど、初めまして。2年2組の皇麗奈です。生徒会長をしています」

「初めまして、1年3組の天野紗衣です。颯人の従妹で、咲夜とも友人です。よろしくお願いします」

「うん、よろしくね」


 紗衣と皇会長は握手を交わしている。2人とも微笑んでいることもあってか、とても美しい光景だな。

 そして、俺達は皇会長によって生徒会室の中に招き入れられる。


「もう試験直前で、生徒会の仕事もあまり残ってないから、今日は私だけがここに来ているんだよ。適当なところに座ってね」

「はーい」


 咲夜と紗衣は隣同士に椅子に座る。

 席の数の都合上、俺は2人とテーブルを介して向かい合うようにして座った。

 すると、昨日の昼休みのように、皇会長は俺の近くにある椅子に腰を下ろし、俺の方を向く。


「月原さんと仲直りできて良かったね」

「……ええ、おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。あと、3年前のことも月原さんに話したんだよね。ちなみに、天野さんは知っているの?」

「あの事件があった後、颯人から少しずつ聞いていましたし、私の母が颯人のお母様が姉妹なので、母や叔母様からも聞いていました。なので、皇会長のお名前は存じていました」

「そうだったんだね」


 3年前のことが話題に上がったからか、咲夜も紗衣もしんみりとした様子になる。


「ご、ごめんね。こんな話しちゃって。私が神楽君に話したいのは、今の私のことだから」


 すると、皇会長は両手で俺の右手をぎゅっと掴み、俺のことを見つめてくる。だからなのか、彼女はほんのりと赤くなっている。その顔は3年前に俺に告白してきたときの顔と似ていた。


「3年前、神楽君に告白してフラれた。そのことで神楽君には色々なことがあって、もう私達は関わらない方がいいって言ったよね」

「……そうですね」

「それは神楽君の優しさなのは分かってる。でも、告白したときも、関わらない方がいいって言われたときも、そして……今も。私はずっと神楽君のことが好きだよ。でも、神楽君のことについて知らないことはたくさんあるし、神楽君にも私のことを知ってほしい。だから、まずはお友達として私と付き合ってくれませんか?」


 皇会長は俺の右手を強く握ってくる。

 好きな気持ちを伝えているのは3年前と変わらないのに。当時と比べるととても爽やかで、彼女の言葉が俺の心にすっと入ってきた。そうなったのは会長が俺と友達として付き合いたいからなのか。それとも、あのときとは違い俺には友達がいて、今、ここにいるからだろうか。

 咲夜と紗衣のことを見ると、皇会長が俺のことが好きだと言ったこともあってか、咲夜は顔を真っ赤にしている。紗衣も頬をほんのりと赤くし、俺と目が合うと視線を逸らした。


「どうかな、神楽君」

「……友達からならいいですよ」


 恋人なら躊躇ったかもしれない。ただ、咲夜や紗衣という存在もあってか、友達なら今の俺でも付き合っていけるんじゃないかと思った。

 皇会長は嬉しいのか、顔に赤みを帯びていることは変わらないが、とても嬉しそうな笑顔を見せる。それは俺が育てているひまわりの花のようだった。


「ありがとう、神楽君。あと……あなたの微笑む姿を見るのは初めてだよ。凄く素敵でより好きになった」

「……そうですか」


 微笑んでいる自覚はないんだけれどな。そういえば、前にも咲夜に微笑んだっけ。彼女達のおかげで俺も変わってきているのかな。


「そうだ。せっかく友達になったんだから、これからは他の呼び方で神楽君のことを呼んでもいい?」

「はい。会長の呼びやすい言い方であれば」

「うん。じゃあ……はやちゃん!」

「……ははっ」

「あははっ!」


 予想外の呼び方だったので思わず声に出して笑ってしまった。それ以上に咲夜が大きな声で笑っている。失礼だな、まったく。紗衣のように口に手を当てて笑えよ。


「ダ、ダメかな? 親しみを込めてあだ名にしてみたんだけど。可愛いかなって」

「先輩がそれでいいのであれば。じゃあ、俺は……麗奈先輩って呼びます。生徒会長ではない中学生の頃から、俺の先輩ですから」

「うん、分かった。今までも距離が近づいた感じがするよ。嬉しい」


 えへへっ、と笑う姿がとても美しくて可愛らしいので、思わずキュンと来てしまった。きっと、こういう姿も見せて人気を得たのかなと実感する。


「あと、月原さんや天野さんともお友達になりたいんだけど、いいかな?」

「もちろんですよ、会長さん!」

「私で良ければ、よろしくお願いします。麗奈会長」

「……ありがとう、咲夜ちゃん、紗衣ちゃん」


 ここにも新しい友人関係ができたか。麗奈先輩はさっそく咲夜と紗衣と連絡先を交換している。

 とても嬉しそうな麗奈先輩の顔を見た瞬間、3年前に起きた一連の出来事が現在と繋がったように思える。

 ただ、今だったら。咲夜や紗衣、麗奈先輩が側にいるなら、前を向いて歩くことができそうな気がした。


「……ふっ」


 きっと、俺は今、彼女達を見ながら微笑んでいるのだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人の距離が毎回だんだん縮まる事と、会長や叶との放火事件など過去が出されアドルフのキャラにより深みが与えられていると思います。
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