第14話『2文字の爆弾』
6月23日、日曜日。
今日は梅雨らしく朝から雨がしとしとと降っている。ただ、これまでと違ってじめっとした蒸し暑さはなく、涼しくて快適だ。
今日は咲夜と紗衣が家に来ることになっている。彼女達が来るのは昼過ぎなので、午前中は課題を終わらせたり、部屋の整理をしたりした。これだけ綺麗にすれば大丈夫だろう。
――コンコン。
うん? 誰だろう。母さんか小雪かな。
「はい」
ゆっくりと扉を開けると、そこには数学の教科書とノートを持った小雪の姿が。
「どうした、小雪」
「お兄ちゃん、明日提出する数学の宿題で分からないところがあって。今、大丈夫かな?」
「ああ、いいぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
本当に笑顔の可愛らしい妹だ。毎日見ているけれど、ショートヘアの白い髪がよく似合っていると思う。ここまで可愛いと、小雪のことを狙っている人がいそうだな。どうか、佐藤先輩のようなしつこい人に目を付けられませんように。万が一、そんなことになったら兄貴として全力で守ってやる。
ベッドの横にあるテーブルで、俺は小雪の数学の宿題を手助けすることに。
「それで、どの問題が分からないの?」
「方程式の分野で、この文章問題なんだけど」
「……ああ、なるほどな。まずは……」
俺はルーズリーフを取り出し、図や式を書いていきながら、小雪がつまずいている問題の解説をしていく。
「それで、この答えになるんだ」
「なるほどね。分かったよ! ありがとう!」
「そう言ってくれて兄ちゃんは嬉しいよ。中学も期末試験が近いし、それまでに理解できるように頑張れよ」
「うん! よーし、これで明日提出する宿題は終わった!」
「おー、偉いな」
俺は小雪の頭を優しく撫でる。すると、小雪はとても嬉しそうな笑みを見せる。天使みたいに可愛らしい。
「ねえ、お兄ちゃん。今日はお昼過ぎに紗衣ちゃんと、咲夜……さんが来るんだよね? あたしもここにいていい?」
「もちろんいいぞ。咲夜も小雪に会いたがっているし。小雪だから大丈夫だとは思うけれど、粗相のないように気を付けような」
「うん! それにしても、お兄ちゃんが女の子を連れてくるなんて。あたし、そのことを聞いたときはついに彼女ができたと思ったよ」
「……昨日、数兄や真弓さんにも同じことを言われたよ」
男女問わず、友達を連れてくるのは今回が初めてだからな。咲夜と恋愛的な意味で繋がりができたんじゃないかと小雪が勘違いするのも理解はできる。
「あたし、お兄ちゃんと付き合うのは紗衣ちゃんだと思っていたのに。小さい頃から仲がいいし、紗衣ちゃんもお兄ちゃんと一緒にいるときは楽しそうだから」
「同い年ってこともあって、確かに紗衣とは本当に長い付き合いだな。あと、咲夜と付き合っている前提で話すんじゃありません」
ただ、咲夜と関わるようになって、紗衣への意識が変わり始めている。単なる同い年ではなく、従妹という繋がりもある一人の女子高生に。だから、咲夜ほどではないものの、紗衣が来ることにもちょっと緊張しているのであった。
昼過ぎになり、咲夜と紗衣と3人で作ったグループトークに、2人から『駅で合流したからこれから家に行く』という旨のメッセージが送られた。『駅まで迎えに行くか』と俺からメッセージを送ったけど、紗衣から『家までの道筋は分かっているので大丈夫』という返信がすぐに届いた。
「紗衣と咲夜、これから2人で来るって」
「そうなんだ。咲夜さんがどんな人なのか楽しみだな。可愛い感じの人?」
「……可愛い女子だな」
これまで見てきた咲夜の顔が次々と頭に浮かんでくる。その中でも笑顔がとても多くて、どれも可愛らしい。
2人がもうすぐ来ると分かったからか、かなり緊張してきたな。女性の友達が来るのってここまで緊張するものなのか? ソワソワするな。
――ピンポーン。
インターホンが鳴る。あっという間に、2人からメッセージをもらってから15分近く経ってしまったのか。
「2人だろう。行ってくる。小雪はここで待ってて」
「うん」
俺は部屋を出て玄関へと向かう。
咲夜が来ることを事前に話しているからか、両親はリビングの扉のところでワクワクした様子で立っていた。
「はーい」
ゆっくりと玄関の扉を開けると、そこには咲夜と紗衣の姿が。2人ともパンツルックで、咲夜は黒いノースリーブの縦セーター、紗衣は淡い桃色のワイシャツを着ている。よく似合っているな。
「咲夜、紗衣、いらっしゃい」
「おじゃまします、颯人」
「お、おじゃまします! 颯人君!」
さすがに初めて来るだけあって、咲夜は紗衣と違って緊張しているな。そんな咲夜のことを紗衣は微笑みながら見えている。
2人のことを招き入れると、リビングから両親が姿を現した。俺ほどじゃないけれど、父さんの眼も鋭いからか、咲夜は体をビクつかせた。
「お邪魔します、陽子さん、健介さん」
「お、お邪魔します! 颯人君のクラスメイトの月原咲夜といいます。よろしくお願いします」
「颯人の母・神楽陽子といいます。よろしくね」
「父の神楽健介です。息子の颯人がお世話になっています。颯人が友人を連れてくるのは初めてだからか、胸にくるものがあるな」
そう言って、父さんは涙を流している。そこまで感激することなのか? そんな父さんに母さんや紗衣だけでなく、咲夜までクスッと笑った。
「ふふっ、お父さんったら」
「……紗衣ちゃんも月原さんも今日はゆっくりとしていきなさい」
「2人とも、俺の部屋に案内するよ」
俺は咲夜と紗衣のことを2階にある自分の部屋に案内する。
部屋の扉を開けると、そこには勉強机の椅子に座ってスマホを眺めている小雪の姿が。
「小雪、紗衣と咲夜を連れてきたよ」
「こんにちは、小雪ちゃん」
「こんにちは、紗衣ちゃん。紗衣ちゃんの隣にいる黒髪の方が月原咲夜さん?」
「そうだ。小雪、挨拶をしようか」
「うん!」
すると、小雪は笑顔で椅子からゆっくりと立ち上がって、咲夜の目の前まで行く。
「初めまして、神楽小雪といいます。夕立市立夕立第一中学校に通う1年生です。絵を描くことが好きなので、美術部に入っています」
「初めまして、月原咲夜です。都立夕立高校に通う1年生です。颯人君から聞いているかもしれないけど、彼とはクラスが一緒でお友達です。紗衣ちゃんとはクラスが違うけれど、颯人君繋がりでお友達になったの。甘いものや可愛いものが好きだけど、部活は入ってない。ただ、夏休みくらいからバイトを始めようかなって思ってるよ。これからよろしくね、小雪ちゃん」
「はい! これからよろしくお願いします。咲夜さん」
すると、小雪の方から手を差し出して、咲夜と握手を交わす。
うんうん、ちゃんと自己紹介ができて偉いぞ、小雪。そんな小雪に自己紹介をしっかりとする咲夜が微笑ましい。
「あぁ、もう可愛すぎる!」
すると、咲夜は握手していた手を引き寄せ、小雪のことを抱きしめる。その際、「きゃっ」という小雪の声が聞こえた。
「何て可愛い子なの! 可愛すぎてあたしの妹にしたいくらいだよ」
「えへへっ」
咲夜はとても柔らかい笑みを浮かべ、小雪の頭を撫でている。そんな2人のことを見て、紗衣は右手を口に当てながら笑っている。
まったく、小雪のことを突然抱き寄せて。咲夜だからいいけれど、これがどこの馬の骨とも知らない奴だったら俺が全力で引き離していたところだ。特に男なら。
あと、妹にしたいくらいに可愛いと思う咲夜の気持ちはよく分かる。でも、残念だったな。小雪と妹と言えるのは俺だけなのだ。
すると、小雪は可愛らしい笑みで咲夜のことを見つめ、
「お兄ちゃんと結婚すれば、義理ですがあたしのことを妹にできますよ? それに、紗衣ちゃんとも親戚関係になれますし」
「……ほえっ? 颯人君と……け、結婚ですか……」
結婚という言葉がかなり響いたのか、咲夜の頬が見る見るうちに赤くなっていく。俺と視線が合うと、その赤みが強くなりながら顔全体に広がり、体をビクつかせる。その姿がとても可愛くて、思わずドキドキしてしまう。俺も顔が赤くなってそうだな。
「ま、まったく小雪は。何てことを言うんだ。まあ、言っていることは正しいが。咲夜、小雪があんなことを言ってすまなかった」
「結婚……颯人君と結婚……」
咲夜は顔を赤くしたままそんな言葉を漏らしている。思考が停止してしまっているのだろうか。それだけ「結婚」の2文字に破壊力があったんだな。
「颯人君のファーストキスをあたしがもらっちゃったし、責任を取るためには結婚するのが一番なのかな……」
「えっ、咲夜さんってお兄ちゃんとキスしたことがあるんですか! ど、どのようないきさつなんですか? お兄ちゃんは友達と言っていましたけど、実は恋人なんですか? あたし、凄く気になります!」
小雪も年頃の女の子だからか、そういったことには強く興味を示すんだな。最近の中では一番目を輝かせている。俺と咲夜のことを交互に見る。
「……そ、それには色々と事情がありまして。ええと、その……ごめん、颯人君。ちょっとベッドを借りるね」
あまりにも恥ずかしかったのか、咲夜は俺のベッドに突っ伏して、掛け布団を被ってしまった。そんな咲夜の背中を紗衣が優しく撫でている。
責任を取るため……か。佐藤先輩に俺と恋人であると嘘を付き、その上で彼から「キスしてみろ」と言われてキスを交わしたからな。あのキスがなかったことにするのは寂しいとも言っていたけれど、今でも罪悪感を抱いているのかもしれない。
「小雪ちゃんには佐藤先輩のことを話していなかったんだね」
「……咲夜にも関わることだし。今はもう佐藤先輩のことは解決したからな。ただ、俺が咲夜とキスしたことを知られてしまった以上、小雪にも話しておいた方がいいな。小雪、実は……」
たまに紗衣の助けを借りながら、小雪に咲夜と関わるようになったきっかけと、佐藤先輩のラブレターの件について話した。その間、咲夜は言葉を挟むことなく、俺のベッドから顔を出すことはなかったのであった。




