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第13話『従妹の家』

 午後3時過ぎ。

 紗衣のバイトが終わったので、俺達は紗衣と一緒にピュアスイートを後にする。清田駅に到着したときとは違って、雲の切れ間から青空が見える。


「バイトが終わるまでお店にいてくれてありがとう。そのおかげで、今日のバイトはいつも以上に楽しかったよ」

「いいんだよ。スイーツや紅茶もとても美味しかったし。颯人君とゆっくりとした時間を過ごすこともできたし」


 咲夜の笑顔を見る限り、その言葉に嘘はないと分かる。

 チョコレートケーキを食べ終えた咲夜は、もっとスイーツが食べたいと言ってスフレを追加注文していた。もちろん、そのスフレもペロリと平らげていた。


「清田って駅から歩いてすぐに静かな住宅街になるんだね」

「そうだね。これでも東京だし、夕立市と同じ東京中央線が通っているんだけどね。夕立の雰囲気もいいけれど、私は清田ののどかな雰囲気が一番好きだな。だから、地元のピュアスイートでのバイトで採用されたときは嬉しかった。お菓子作りも好きだから」

「そうなんだ。紗衣ちゃん、楽しそうにバイトしていたもんね」

「うん。最近は接客だけじゃなくて、厨房の手伝いも少しするようになって。店長や副店長、他のスタッフもいい人で良かった」


 そういえば、バイトが決まったことを教えてくれたとき、紗衣はいつになくとても嬉しそうな様子だったな。勉強に支障のない程度にバイトをしてほしいものだ。

 ピュアスイートから歩いて数分。紗衣の家に到着する。


「綺麗なお家だね」

「どうもありがとう。さあ、いらっしゃい」

「うん! おじゃましま~す」

「おじゃまします」


 紗衣の家の中に入ると、そこにはマグカップを持ったワイシャツ姿の数兄がいた。小さいときからメガネをかけているからなのか、昔から雰囲気が全然変わらない。

 数兄は俺達のことを見ながら微笑む。


「……紗衣。バイトが終わったのか、お疲れ様」

「ただいま、兄さん。颯人と友達の咲夜を連れてきたよ」

「初めまして、月原咲夜といいます。紗衣ちゃんや颯人君と同じ夕立高校に通っています。颯人君のクラスメイトです」

「初めまして、天野数馬(あまのかずま)といいます。妹の紗衣がお世話になっています。東都科学大学の理学部数学科に通う1年です。それにしても、颯人が紗衣や小雪以外の女子と一緒にいるとは。……そうか、颯人もついに恋人ができたのか。可愛らしい子だな」


 そうかぁ、と数兄は納得した様子で何度か頷くと、マグカップに入っているものを飲む。


「前に颯人に話したが、俺も大学のサークルで彼女ができた。ほんの少しだけ先輩ということになるが、何かアドバイスができるかもしれない。遠慮なく聞いてくれ」

「……数兄。俺が紗衣や小雪以外の女子と一緒にいるのを見るのは初めてかもしれないが、咲夜は恋人じゃなくて友人なんだ」

「……これはすまない。勘違いしてしまった。でも、友人ができて良かったな」


 ははっ、と数兄は小さく笑う。数兄はとても頭が良くて、普段は結構クールなんだけれど、たまにこういう勘違いをする。

 数兄の勘違いのせいか、咲夜は顔を真っ赤にしている。ここまで顔を赤くするのはピュアスイートに行くまでずっと手を繋いでいたり、スイーツを食べさせ合ったりしたからかもしれない。あとは、佐藤先輩からの告白されたときにキスしたことも一因かも。


「話し声が聞こえるけれど……あら、紗衣、帰ってきたのね。颯人君もいらっしゃい」

「お邪魔します、真弓(まゆみ)さん」


 リビングからパンツルックの真弓さんが姿を現す。真弓さんは紗衣と数兄の母親であり、俺から見ると母方の伯母に当たる。母さんと同じように白い髪がとても綺麗だ。


「あら、その子……もしかして、颯人君の彼女?」

「は、颯人君とはクラスメイトです。月原咲夜といいます」


 咲夜のことを俺の恋人だと考える気持ちも分からなくはないけど、紗衣の友達だとは考えないのか?


「そうなのね。初めまして、紗衣の母親の天野真弓といいます。知っているかもしれないけれど、颯人君は私の甥で、紗衣とはいとこ同士なの」

「2人からお話を聞いているので存じています。髪の色に血の繋がりを感じます。お兄さんは黒髪ですけど、落ち着いているところは颯人君に似ていますね」


 咲夜は快活な笑みを浮かべながらそう言う。


「ごめんね、咲夜。お母さんと兄さん、今みたいに勘違いすることが昔からあって」

「ううん、気にしないで。おじゃまします」

「うん。さっそく私の部屋に案内するね」


 咲夜と俺は、紗衣の案内によって彼女の部屋に通される。


「結構落ち着いた感じの部屋なんだね。机やテーブルの上も綺麗」

「ありがとう。適当にくつろいでて。私、紅茶とクッキーを持ってくるから」

「ありがとう」


 紗衣は一旦、部屋を出ていく。

 俺と咲夜はテーブルの近くにあるクッションに腰を下ろす。

 初めて来たからか、咲夜は部屋の中を見渡している。そんな彼女と一緒に来たからか、数え切れないほどにここには来ているけれど、これまでとは違った雰囲気がする。


「あっ」


 咲夜と目が合うと、彼女は頬をほんのりと赤くしながら声を漏らし、俺から露骨に顔を背ける。


「お、お兄さんや真弓さんにあんなことを言われたからか、2人きりだとドキドキしちゃって」

「……そうか」


 俺も2人きりだとドキドキしてくるな。ここは紗衣の部屋だけれど。

 数兄や真弓さんのせいで咲夜のことを普段以上に意識してしまう。だからか、咲夜からいい匂いがしているように思える。


「お待たせ」

「お、おかえり! 思ったより早かったね!」

「そう? あと、咲夜は顔が赤くなっているけれど、部屋の中が暑い? もう少し冷房の温度を下げようか?」

「う、うん! お願いします」

「じゃあ、俺がやっておく」

「よろしくー」


 俺も体が熱くなり始めていたので、冷房の温度を2℃下げた。

 紗衣はアイスティーとクッキーをテーブルの上に置くと、俺とテーブルを挟んで向かい合うようにして座った。

 咲夜はアイスティーをゴクゴクと飲み、その流れでクッキーをモグモグと食べている。


「うん、アイスティーもクッキーも美味しい!」

「それは良かった。……お母さんや兄さんが勘違いしちゃうのも仕方ないかも。家に颯人が来るときって、颯人だけか小雪ちゃんと一緒か、家族みんなで来ていたもんね。友達と一緒に来ることって多分これが初めてだよね?」

「そうだな」

「その初めてがあたしっていうのは嬉しいかも」


 咲夜はぱあっと明るい笑みを浮かべ、それを俺にもしっかりと向けてくれた。

 紗衣の部屋がこれまでと違う雰囲気に感じるのは、自分の友達と一緒にここに来たからかもしれない。しかも、その友達が紗衣と同い年の女子高生だからか、『従妹の部屋』という印象が強かったこの部屋も『1人の女子高生の部屋』に変わり始めている。


「ちなみに、紗衣ちゃんが颯人君の家に行くことってあるの?」

「小さい頃からたくさん行ってるよ。特に颯人と私が小学校を卒業するくらいまでは、夏休みとか冬休みにお互いの家に泊まることもあったんだ。小さい頃は兄さんや小雪ちゃんと4人一緒に寝たこともあったよね」

「そうだな」


 紗衣と一緒のベッドに寝たこともあったか。

 あと、俺達が小学校高学年になると、この家で泊まるときは俺が数兄の部屋に、俺の家で泊まるときは紗衣が小雪の部屋に寝るようになったな。


「高校生になってからは、颯人の家が夕立高校から徒歩圏内ってこともあって、バイトがない日はたまに颯人の家に遊びに行ってる。水曜日にも行ったんだ」

「そうなんだ。そういう話を聞くと、あたしも颯人君の家に行ってみたくなるな。小雪ちゃんにも会ってみたい」

「咲夜さえ良ければ、明日、家に来てもいいぞ。もちろん紗衣も」

「明日はバイトないし、私と一緒に颯人の家に行こうか、咲夜」

「うん! 紗衣ちゃんと一緒だと安心だよ。じゃあ、明日、紗衣ちゃんと一緒に颯人君のお家に行かせてもらうね」


 俺の家に行くことができるのが咲夜はそんなに嬉しいのか。あと、男子の家に行くんだから、1人よりも2人で行く方がいいか。


「それにしても、紗衣ちゃんの部屋は綺麗だな。本棚も漫画の巻数は順番にちゃんと入っていて、抜けてる巻数もないし。CDの段もあるけど、同じアーティストの作品は発売日順に並んでいるのかな? あっ、玄米法師(げんまいほうし)さんいいよね!」

「玄米法師は颯人からのオススメなんだ」

「ここ2、3年で知ったアーティストの中で一番好きだな。『Melon』ってバラード曲が特に好きだ」


 玄米法師さんは20代後半の男性シンガーソングライターだ。自分と同じくイラストも描いている。歌詞やメロディーがとてもいいので、紗衣にオススメした。彼女もとても気に入ってくれて嬉しい。


「部屋にいるときは漫画を読んだり、CDなどで音楽を聴いたり、テレビを観たりすることが多いな。2人が今日家に来るから、昨日の夜に整理したんだ。普段、漫画や文庫本は勉強机やテーブル、ベッドの枕元とかに置いてるよ。整理すると、たまに漫画で抜けてる巻があって、それを見つけるのに時間がかかっちゃうことがあるんだよね」

「それ分かる! ベッドと壁の間とか、勉強机の裏に落ちてることもあるよね」

「あるある。そんなときって取るのが結構大変だよね」

「うんうん。ひどいときなんて、タンスの中に入っている下着の中ってこともあったな。そのときは、さすがにどうしてここにあるのって思った」

「わ、私も今同じことを思ったよ。さすがに下着の中はないな」


 女子同士だと、こういう片付け話でも盛り上がるのか。俺の部屋はベッドの下が収納スペースになっていて、そこに衣服を入れるけれど、そこに本やCDが落ちていたことはないな。


「……あれ? 一番下の段の端にあるのは本っぽくない背だけど……」

「それはアルバムだよ。私が写っている写真を中心に貼ってあるんだ。確か、颯人や小雪ちゃんの写っている写真もあったはず」

「そうなんだ。見てみたいな!」

「分かった。じゃあ、一緒に見てみようか」

「ありがとう!」


 その後、紗衣のアルバムの鑑賞会が行なわれた。

 小さい頃の紗衣の写真を見ていると、色々な記憶が蘇ってくるな。あと、紗衣は随分と大人っぽくなったと思うけど、写真を見ると幼い頃から持つ可愛らしさが今もしっかりとあるんじゃないかと思った。

 紗衣の言っていたとおり、俺や小雪の写っている写真が何枚も貼ってあった。それについて咲夜は、


「ちっちゃい頃の颯人君って結構可愛いんだね。目つきはあんまり変わってないけど、今の颯人君を知っているからか、颯人君らしさがあっていいなって思うよ」


 と意外にも好印象だった。そんな咲夜の言葉に紗衣は納得といった様子で頷く。そんな光景に嬉しくもあり、ほっとしている自分がいた。


「でも、颯人君も写っている写真って、2人が小学生くらいまでの間なんだね。紗衣ちゃんが中学に入学したときの写真の後には一切ないからさ」


 咲夜のその言葉にドキッとした。思わず紗衣と見合ってしまう。


「中学に入学したくらいから、颯人は写真を撮られるのがあまり好きじゃない性格になったんだよ。ね?」

「……ああ、そうだな」

「なるほどね。大きくなると恥ずかしくなったり、嫌になったりする子っているよね」


 そう言って、咲夜が納得してくれたのでほっとした。紗衣がとっさにフォローしてくれたからだろうな。

 その後もアルバムを見たり、紗衣や数兄の小さい頃のホームビデオを観たりしながらゆっくりとした時間を過ごすのであった。

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