第12話『ピュアスイート』
午後2時過ぎ。
俺と咲夜の乗る電車は定刻通りに清田駅に到着した。ホームに降りると、夕立駅よりものどかな風景が見える。
「3駅で離れただけだけど、随分とゆったりとしたところになるんだね」
「フェンスの向こうはすぐに住宅街だもんな。今見ているのは南口の方だ。紗衣の家は反対側の北口の方にある。歩いて5、6分ぐらいか」
「そうなんだ。ちなみに、紗衣のバイトしているスイーツ店は?」
「同じ北口の方。出てすぐのところにある」
「そんなに近いんだ! じゃあ、さっそく行ってみよう!」
咲夜、小さい子のようにはしゃいでいるな。とても可愛らしい。
清田駅の改札を通り、俺達は北口の方に出る。夕立駅と同じく駅のすぐ近くにショッピングモールがあるけれど、落ち着いた感じがして個人的には好きだ。
「颯人君、もしかして……あそこ?」
咲夜が指さした先にあるのは白い外観のお店。入口の上に落ち着いた字体で『Pure Sweet』と描かれた看板が取り付けられている。
「正解。あそこが紗衣のバイトしている『ピュアスイート』っていうスイーツ店だ」
「ピュアスイート……その名前を聞いただけで、美味しいスイーツを楽しめるんだなって想像できるよ」
「そのお店には何度か来たことがあるけど、本当に美味しいスイーツを堪能できるぞ」
「今の話を聞いたらより期待が高まるね。よし、行ってみよう!」
早くスイーツを食べたいのか、咲夜は俺の手を引いて紗衣がバイトをしているピュアスイートに向かう。
カウベルの鳴るお店の扉を開けると、そこにはショートケーキやアップルパイ、マカロン、スフレ、フルーツタルトなど様々なスイーツの並んだショーケースが。この光景を見て、咲夜は笑顔で「すごーい」と言っている。
「いらっしゃいませ」
黒を基調としたスタッフの制服姿の紗衣が、爽やかな笑みを浮かべながらこちらにやってくる。さすがに紗衣に見られるのは恥ずかしいのか、咲夜はパッと手を離した。
「颯人に咲夜、来てくれて嬉しいよ」
「ふふっ、颯人君と一緒に来たよ、紗衣ちゃん。その黒い制服似合ってるね! あと、髪を下ろした姿もかわいいね!」
「普段のポニーテールだと帽子を被ることができないからね。咲夜にいいって言ってもらえて良かったよ。そういえば、颯人も前に来たとき、この制服姿が似合ってるって言ってくれたね」
そのときのことを思い出しているのか、紗衣はほんのりと頬を赤くして嬉しそうな笑顔になる。
「咲夜もそのワンピース、とっても可愛いよ」
「ありがとう」
「今日のバイトは3時くらいに終わるから、それまではうちのスイーツを楽しみながらゆっくりと過ごしてね。……2名様、お席までご案内します」
紗衣によって、咲夜と俺は窓側の奥の方にある2人用のテーブル席へと案内される。咲夜が一緒だからか、こちらをチラッと見るお客さんはいるけれど、恐がったりする人はいなかった。
紗衣は俺達にお水を持ってくるとすぐに、スイーツを買いに来たお客さんの接客をしに行った。
「紗衣ちゃん、落ち着いて接客しているね。笑顔も素敵だし、大人だなぁ」
「クールな性格もあってなのか、バイトを始めてすぐの頃にもここに来たんだけど、紗衣は落ち着いていたな」
「そうなんだ。凄いなぁ。来月になったら夏休みだし、それを機にバイトを始めようかな。あたし、部活にも入ってないし」
「それもいいと思うぞ」
実は俺も高校生になったからバイトしようと思って、5月くらいに本屋などの面接を受けたことがある。でも、目つきの悪さや髪が白いからうちには合わないという理由に不採用となってしまった。
メニュー表を見て、今日はどのスイーツを食べるか考える。前回来たときは期間限定の抹茶ケーキを食べて、その前はモンブランを食べたんだよな。できれば、ここで食べたことのないスイーツを食べたいところ。
「颯人君、決まった?」
「……うん、今決まった」
「分かった。すみませーん、注文いいですか?」
「はーい」
紗衣が俺達のテーブルやってくる。彼女の様子を見ると、ここでのバイトにも慣れてきたことを伺わせる。
「はい、どうぞ」
「ええと、チョコレートケーキのアイスティーセットをお願いします」
「俺は……アップルパイのアイスコーヒーセットで」
「チョコレートケーキのアイスティーセットに、アップルパイのコーヒーセットですね。かしこまりました。少々お待ちください」
紗衣は爽やかな笑みを浮かべて軽く頭を下げると、カウンターの方へと戻っていく。その様子を咲夜はじーっと見ている。
「後ろ姿も綺麗だなぁ。もし、紗衣ちゃんに兄弟や姉妹がいたら、きっとかっこよくて落ち着いているんだろうな」
「紗衣には3歳年上の大学生のお兄さんがいるんだ。紗衣とは違って髪は黒いけれど、基本的な雰囲気は似ているな。ただ、紗衣以上にクールで寡黙な人だよ。顔は……メガネを外せばかっこいいかも」
「そうなんだね。やっぱり、落ち着いていてかっこいい人か。ちなみに、あたしは3歳年上の大学生のお姉ちゃんがいるの。今年の3月まで夕立高校に通っていたんだよ」
「へえ、そうなのか。お姉さんは夕立高校のOGか」
「うん。高校受験のとき、お姉ちゃんは自分の受験勉強もあるのに、たまにあたしの勉強を教えてくれて。とっても優しいお姉ちゃんなの」
そんなお姉さんのことが大好きなのか、咲夜はとても明るい表情で話している。咲夜が妹っていうのは納得できるかな。
咲夜のお姉さんか。咲夜に似て活発な性格の人なのか。それとも、落ち着いていた感じの人なのだろうか。友人のお姉さんだし、こうして話題に出ると一度会ってみたくなる。
「お待たせしました。チョコレートケーキのアイスティーセットに、アップルパイのアイスコーヒーセットになります」
「うわあっ、美味しそう!」
「そう言ってくれて嬉しいよ。2人とも、ごゆっくり」
再び、紗衣はショーケースの方へと戻っていく。
注文したチョコレートケーキとアイスティーが置かれたからか、咲夜はとても目を輝かせ、スマートフォンで写真を撮っている。
俺の注文したアップルパイもとても美味しそうだ。育てた花の写真はよく撮るけれど、こういうスイーツの写真はあまり撮らないな。せっかくだし、俺もスマホで撮っておくか。
「写真も撮ったみたいだし、さっそく食べようか。いただきます」
「いただきます」
俺はフォークで一口サイズに切り分けたアップルパイを口の中に入れる。甘味はしっかりしているけれど、りんごの酸味のおかげで後味がさっぱりしている。
「アップルパイ美味しいな」
「チョコレートケーキも美味しいよ!」
そのおかげか、咲夜は今日一番と言っていいほどの笑顔になっている。
今週は咲夜にとって色々なことがあって、涙を流すこともあった。だけど、彼女の可愛らしい笑顔をまた見ることができるようになって良かった。
アイスコーヒーを一口飲むと、苦味がしっかりとしていて俺好みだ。とても美味しい。
「ねえ、颯人君。颯人君さえ良ければ、スイーツを一口交換しない?」
「俺はいいけど、咲夜は大丈夫なのか? 昨日のタピオカドリンクではかなり赤面していたけれど」
「そうだね。そりゃあ、今でもドキドキはするよ。でも、昨日のタピオカドリンクで、颯人君と食べ物や飲み物を一口交換することの壁が崩れた感じがするの」
「そ、そうか。そう言うなら、大丈夫そうだな」
確かに、俺も昨日のタピオカドリンクのことがあって、昨日よりは咲夜と食べ物や飲み物を一口交換することの抵抗感は薄れているかな。
「じゃあ、あ~ん」
咲夜は一口サイズに切り分けたチョコケーキを俺に食べさせようとしてくる。
「ちょっと待って。一旦、皿ごと交換して自分で一口食べればいいんじゃないか?」
「こ、この状況でその言葉はないんじゃない? それに、こうやって食べさせる方があたし的には簡単な気がしたの! あと、これまで友達と食べ物を一口交換するときは、こうすることが多いから」
「そ、そうか。ここまでしてもらって、さっきの言葉はなかったな。すまない。じゃあ、ご厚意に甘えて」
「それでいいんだよ。颯人君、あ~ん」
「……あーん」
咲夜に食べさせてもらったチョコレートケーキはカカオの苦味が利いているけれど、甘味もしっかりとしている。あと、咲夜に食べさせてもらったからなのか、それとも彼女の唾液のせいなのか甘さが口の中に残るな。もちろん、それは悪くない。
「美味しい。ありがとう」
「うん。じゃあ、今度はあたしの番だね」
「ああ」
自分のフォークでアップルパイを一口サイズに切り分け、それを咲夜の口の近くまで持っていく。
「咲夜。はい、あーん」
「いただきます。あ~ん」
アップルパイを食べさせると、咲夜はさっきチョコレートケーキを食べたとき以上の可愛らしい笑みを見せてくれる。その笑顔を見たとき、もしかしてこのためにチョコレートケーキを俺に食べさせようとしたのかなと思った。
「アップルパイ、とても美味しいよ。ありがとう、颯人君」
「どういたしまして」
「……ふふっ」
紗衣のそんな笑い声が聞こえたのでカウンターの方を見てみると、紗衣は右手の甲を口に当てて上品に笑っていた。
あと、周りのお客さんも朗らかな様子でこちらを見てくる。もしかしたら、この中には俺達が恋人だと思っている人もいるかもな。ただ、咲夜はチョコレートケーキを幸せそうに食べているので、そのことは彼女に言わないでおくか。
その後、俺はアップルパイを食べる。咲夜に食べさせてもらったチョコレートケーキがとても甘かったからか、さっきよりも酸味を強く感じるのであった。




