第11話『これはデートですか?』
6月22日、土曜日。
今日は咲夜と一緒に紗衣がバイトをしているスイーツ店に行き、紗衣のバイトが終わったら彼女の家にお邪魔する予定になっている。天気も一日中曇りで、そこまで暑くならないそうなので良かった。
明日は雨が降る予報なので、午前中に花畑に行って雑草を抜いたり、あじさいの花のスケッチを軽くしたりする。絵を描くことが好きで、スケッチをすると花が成長したことが実感できる。
「今年もあじさいの花が綺麗に咲いたなぁ」
青紫の花がとても綺麗だ。
他にはひまわりの花も育てているので、梅雨明けから8月にかけて楽しみだ。あと、月下美人の花もまた咲いてくれるといいな。写真は撮ったので、今度はスケッチをしたいなと思う。
スケッチしたこともあってか、午前中は花畑で充実した時間を過ごすことができた。
午後1時半過ぎ。
俺は咲夜との待ち合わせ場所である夕立駅の改札口前に向かう。咲夜とは午後1時45分に待ち合わせをしているけれど、少し早めに来てみた。
「咲夜は……あっ、いた」
改札の近くに、ノースリーブのワンピースを着た咲夜の姿が。右手に持つスマホを見ながら、左手で髪を整えている。
「咲夜」
俺が声をかけると、咲夜はゆっくりとこちらを向く。何を思っているのか、咲夜は疑った様子で俺のことを見ているぞ。
「白い髪にその背の高さ、それにこの低い声……もしかして、颯人君?」
「ああ、そうだ」
「サングラスをかけていたから、一瞬誰かと思ったよ」
「休日に外出をするときは、今みたいにサングラスをかけることが多いんだ。こうすれば睨まれたり、怯えられたりすることも少なくなるかなって」
「なるほどね。確かに、そのくらい濃いサングラスだと、今みたいに目の前に立ってじっくり見ないと鋭い目つきは分からないね。あたし、一瞬誰かと思ったもん」
確かに、目つきじゃなくて、白髪や背の高さ、声で俺だと分かったみたいだからな。
咲夜に言ったとおり、サングラスをかけることで怯えられたり、恐がられたりすることはかけてないときよりも格段に減る。ただ、
「なあ、咲夜。一つ訊きたいことがあるんだ」
「なに?」
「サングラスの効果はあると思うんだけど、サングラスをかけると普段以上に女性から見られることが多いんだ。ただ、怯えたり、嫌がっていたりはしてなくて。たまに顔を向けると、恥ずかしがって目を逸らされることが多くて。それってどうしてなのかこの見た目から分かるか?」
現に、今も周辺にいる何人かの女性が俺の方を見てきているし。みんな、恐がっていたり、怯えていたりしていないところが逆に恐い。
「颯人君。それは……颯人君がかっこいいからだと思うよ」
「……か、かっこいい?」
意外な回答を言われてしまったので、思わず変な声が出てしまった。
「うん。目以外の顔のパーツはかなりいいと思うよ。肌も綺麗だし。あと、背も高いしね。妹さんや紗衣ちゃんに言われない? 颯人君はかっこいいって」
「2人から何度か言われたことはあるけど、それは妹や従妹だから温情で言ってくれているのかと」
「な、なるほど。そう捉えちゃうか。……ちなみに、あたしはサングラス姿もかっこいいと思うし、外した普段の姿も結構いいって思ってるよ。目つきが恐いって思うことはあるけれど」
咲夜はチラチラと俺のことを見ながらそう言う。目つきは恐いという一言があるからか、お世辞ではなく本心で言ってくれている気がする。
いつもの休日とは違って、今日は友人の咲夜が一緒なんだ。この後、紗衣にも会うしサングラスは外しておくか。そう決めてサングラスを外すと、
「きゃあっ!」
「恐っ!」
周りにいる女性からそんな言葉を言われてしまう。こんな形でサングラスの効果を実感してしまうとは。悲しい気持ちになるな。思わずため息が出てしまった。
「まあ、その……気を落とさないで。あたしはちゃんと颯人君の側にいるからさ」
「……そうだな。すまなかった。休日にせっかくこうして会っているのに、ため息なんてついちまって」
「ううん、気にしないで。それに、颯人君のかっこいいサングラス姿を見ることができたし」
「……そうか」
咲夜は優しい女の子だな。笑顔も素敵だし。学校で人気が出るのも分かる気がする。
サングラスを外したことで、咲夜の着ているワンピースの色が淡い水色であることが分かった。夏の時期にピッタリで爽やかな感じがしていいな。胸元が少し開いていて、ノースリーブで、スカート丈が膝よりも上だから露出度が高めだけど。
「そのワンピース似合ってるな。ハートのネックレスも可愛いし。咲夜と一緒にいるときは休日でもサングラスを外した方がいいかもな」
「……ありがとう。颯人君にそう言われると凄くう、嬉しいです」
なぜか敬語でお礼を言う咲夜。彼女は顔を真っ赤にして、緩い笑みを浮かべながら俯きがちになる。そんな彼女が可愛らしいと思ってしまった。
「……色々と話していたら、約束の1時45分になったな。そろそろ清田駅に行くか?」
「そ、そうだね」
すると、咲夜は左手をそっと差し出してくる。
「……手、繋ごう? 清田駅があるのは知っているけれど、降りたことは一度もなくて。道に迷ったり、はぐれたりしちゃうかもしれないし」
「そうか。じゃあ、手を繋いだ方がいいな」
俺が右手で咲夜の左手をそっと掴むと、彼女は顔を赤くしたまま微笑んだ。それが可愛らしいし、手からはしっかりと温もりが伝わってくるのでドキドキしてくる。
「颯人君。紗衣ちゃんがバイトしてるお店までエスコートしてください」
「ああ、任せろ」
「よろしくお願いします」
そう言って軽く頭を下げるところが可愛いな。
俺は咲夜と一緒に歩き始める。程なくして改札があったけれど、すぐに手を離すのは味気なかったので、彼女の手を掴んだまま改札を通った。
夕立駅からだと、清田駅は都心とは反対側の下り方面の方にある。なので、下り電車が到着するホームへと向かう。
「上り方面のホームと比べてあまり人がいないね」
「そうだな。咲夜は友達と電車に乗って遊びに行くってことはあるのか?」
「夕立にショッピングモールがあるからね。普段は夕立で遊ぶことが多いけれど、映画を観に行くときは、映画館のある花宮まで行くよ」
「花宮か。俺も映画はそこで観るな。俺も今年のゴールデンウィークに観に行った」
「そのときはさっきのサングラスをかけて?」
「ああ。映画を観ているとき以外はずっとサングラスで通したな」
「へえ、そうなんだ」
ふふっ、と咲夜は朗らかに笑った。
それから程なくして、下り方面の各駅停車が到着する。
電車に乗ると、空いてはいるものの残念ながら席は全て埋まってしまっていた。なので、扉の近くに立つことにした。
あと、やっぱり乗客の中の何人かがこちらをチラチラと見ている。絡まれたりしないように咲夜か車窓からの景色を見ることにしよう。そんなことを決意した直後、電車はゆっくりと発進していく。3つ先にある清田駅までの乗車時間はおよそ10分。
「何だか、休日に男子と2人きりでお出かけしているとデートみたいだよね。こうして手をしっかりと繋いでいるし。デートと言った方が自然かも」
「……そうだな。妹や紗衣以外と、こうして女子と2人きりで出かけるのは初めてだからドキドキしてる」
「そうなの? 顔色とか表情とか普段と変わってないから平気だと思ってた」
それなりにドキドキしているんだけどな。そういうのが顔に出ないのか、俺って。今日は咲夜のおかげで学ぶことが多いな。
「あたしもドキドキしてるよ。他に女の子の友達がいる状況で、グループで男の子と一緒に遊びに行くことはあったけれど、こうして1対1でお出かけするのは初めてなの」
「そうなのか。意外だな。何度も告白されたことがあるっていうから、その中の何人かとは告白される前に2人きりでデートに行ったことがあるのかと思った」
「この前の佐藤先輩のように、一度も話したことのない人からラブレターで呼び出されたり、グループで遊んだ男子の1人から学校で2人きりの場所に連れて行かされたりして告白されたことはあったよ。でも、2人きりでデートはなくて。女子の友達と2人きりっていうことはあったけど」
「なるほどな」
それで、今日になって男子と2人きりの初めてのデートを俺と体験すると。そう考えると光栄な気分になるな。咲夜は何人もの人から告白されるほどの人気があるし。
「でも、初めての男子が颯人君で良かったかも。安心できるっていうか。佐藤先輩のラブレターの件があったからかな」
温かい言葉を言われて、優しい笑みを向けられると視線を咲夜から離すことができなくなってしまう。
「……理由は何であれ、そう言ってくれて嬉しいよ」
素直に言うと、咲夜の優しげな笑顔が嬉しそうなものに変わる。その瞬間、俺は彼女とデートをしているんだと実感する。
清田駅に着くまでの10分間、休日の過ごし方とか電車に乗った思い出など咲夜と話し続けた。もちろん、その間は一度も彼女の手を離すことはなかった。




